第一三話
インターハイ当日は、学校に集合してから会場へ向かうことになっていた。僕も大会には出ないけれど、道着に着替えて剣道場へ向かった。
そっと中を覗いてみると、既に真田先輩と弁木先輩の姿があった。
言葉を交わすこともなく、高いところに置かれた神棚に向かって正座をして、精神統一をしているようだった。
僕も一礼してから剣道場に静かに入ると、そのすぐ後ろに裾を整えて座った。
僕は少し伸びてきた弁木先輩の刈られた襟足を見つめながら、静かに祈った。
(――弁木先輩と、他の皆が、いい成績を残せますように)
そして、時間が近づくに連れ、一人また一人と部員が増えていき、最後に顧問の清水先生が剣道場に現れた。
「部員が半分になるという想定外の事態を乗り越えた君たちです。当然、勝ちたいと思う気持ちは何より大事です。ただ、負けたとしても、そこから得るものは、きっと勝ち以上に意味がある。皆が、日頃の練習の成果を存分に発揮できるよう、今日は頑張りましょう」
清水先生の言葉に、部員たちが真剣な顔で頷く。
「そうだ、時間が掛かってしまったが、一年の垂れが出来上がったんだ」
真田先輩が思い出したように、端に置いてあった袋を引き寄せた。
中に入っていたのは、胴の下につける垂れ。
黒い布に、白い字で高校名と名前が入っている。
「うわ……」
田中くんも加藤くんも、嬉しそうに自分の垂れを見下ろしている。
そして――補欠の僕にも、当然のように配られた。
(……僕の名前、入ってる)
少しだけ眺めたあと、僕はそれをカバンにしまった。
別に、試合に出るわけじゃない。
だから、僕には必要ない。
こうして準備を整えた時津高校剣道部は、インターハイ予選へと臨むことになった。
◇◇
会場が近づくにつれて、見慣れない道着姿の生徒が増えていく。
中には、何人いるのか分からないほど、たくさんの部員を抱える強豪校もあるらしい。
(……あの人、めちゃくちゃ背が大きい)
前回の大会では、僕たち一年は制服姿で、応援席に座っていた
すれ違う時に、どこの高校だろうと名前を探るような視線を向けられることなんてなかった。
けれど今日は違う。
周囲を歩く生徒たちは、全員が選手なのだ。
僕は試合に出る予定なんてないのに、思わず震え上がりそうになって、弁木先輩の後ろに隠れるように動いた。
「どうした?」
「あ…いえ、ちょっと虫がいて」
「虫? 何だそれ」
そう言って、弁木先輩がいつものように笑う。
その顔を見て、今日初めて八重歯が見れたことに、ちょっとだけホッとしたのは、ここだけの話だ。
会場の建物の前まで来ると、先頭を歩いていた真田先輩が立ち止まった。
「皆はここで待っててくれ。俺が受付に行ってくる」
そう言って、真田先輩が会館に入ろうとした、その時だった。
紺色の道着の集団から、一人だけ明らかに雰囲気の違う生徒が、ふらふらと歩いてくる。
白に近い金髪。
派手な髪色。
そして――
「さーなーだー、さんっ!」
その生徒は、迷うことなく真田先輩の背中に飛びついた。
(……真田先輩にあんなことできるなんて! 一体誰なんだあの派手髪!)
真田先輩って、部内で一番剣道が上手いこともあるけど、それ以上に、硬派なイメージがある。
気軽に飛び付けるような人じゃない。
突然現れた派手髪の生徒に、僕だけじゃなく、その場にいた部員全員がギョッとした。
そして――
真田先輩に憧れて進学した弁木先輩の表情が、今まで見たことがないほど険しくなっていた。
「……あいつ、誰だ?」
低く呟いた弁木先輩は、無礼とも言える振る舞いに、まるで般若のような顔をしていた。
インターハイ当日は、学校に集合してから会場へ向かうことになっていた。僕も大会には出ないけれど、道着に着替えて剣道場へ向かった。
そっと中を覗いてみると、既に真田先輩と弁木先輩の姿があった。
言葉を交わすこともなく、高いところに置かれた神棚に向かって正座をして、精神統一をしているようだった。
僕も一礼してから剣道場に静かに入ると、そのすぐ後ろに裾を整えて座った。
僕は少し伸びてきた弁木先輩の刈られた襟足を見つめながら、静かに祈った。
(――弁木先輩と、他の皆が、いい成績を残せますように)
そして、時間が近づくに連れ、一人また一人と部員が増えていき、最後に顧問の清水先生が剣道場に現れた。
「部員が半分になるという想定外の事態を乗り越えた君たちです。当然、勝ちたいと思う気持ちは何より大事です。ただ、負けたとしても、そこから得るものは、きっと勝ち以上に意味がある。皆が、日頃の練習の成果を存分に発揮できるよう、今日は頑張りましょう」
清水先生の言葉に、部員たちが真剣な顔で頷く。
「そうだ、時間が掛かってしまったが、一年の垂れが出来上がったんだ」
真田先輩が思い出したように、端に置いてあった袋を引き寄せた。
中に入っていたのは、胴の下につける垂れ。
黒い布に、白い字で高校名と名前が入っている。
「うわ……」
田中くんも加藤くんも、嬉しそうに自分の垂れを見下ろしている。
そして――補欠の僕にも、当然のように配られた。
(……僕の名前、入ってる)
少しだけ眺めたあと、僕はそれをカバンにしまった。
別に、試合に出るわけじゃない。
だから、僕には必要ない。
こうして準備を整えた時津高校剣道部は、インターハイ予選へと臨むことになった。
◇◇
会場が近づくにつれて、見慣れない道着姿の生徒が増えていく。
中には、何人いるのか分からないほど、たくさんの部員を抱える強豪校もあるらしい。
(……あの人、めちゃくちゃ背が大きい)
前回の大会では、僕たち一年は制服姿で、応援席に座っていた
すれ違う時に、どこの高校だろうと名前を探るような視線を向けられることなんてなかった。
けれど今日は違う。
周囲を歩く生徒たちは、全員が選手なのだ。
僕は試合に出る予定なんてないのに、思わず震え上がりそうになって、弁木先輩の後ろに隠れるように動いた。
「どうした?」
「あ…いえ、ちょっと虫がいて」
「虫? 何だそれ」
そう言って、弁木先輩がいつものように笑う。
その顔を見て、今日初めて八重歯が見れたことに、ちょっとだけホッとしたのは、ここだけの話だ。
会場の建物の前まで来ると、先頭を歩いていた真田先輩が立ち止まった。
「皆はここで待っててくれ。俺が受付に行ってくる」
そう言って、真田先輩が会館に入ろうとした、その時だった。
紺色の道着の集団から、一人だけ明らかに雰囲気の違う生徒が、ふらふらと歩いてくる。
白に近い金髪。
派手な髪色。
そして――
「さーなーだー、さんっ!」
その生徒は、迷うことなく真田先輩の背中に飛びついた。
(……真田先輩にあんなことできるなんて! 一体誰なんだあの派手髪!)
真田先輩って、部内で一番剣道が上手いこともあるけど、それ以上に、硬派なイメージがある。
気軽に飛び付けるような人じゃない。
突然現れた派手髪の生徒に、僕だけじゃなく、その場にいた部員全員がギョッとした。
そして――
真田先輩に憧れて進学した弁木先輩の表情が、今まで見たことがないほど険しくなっていた。
「……あいつ、誰だ?」
低く呟いた弁木先輩は、無礼とも言える振る舞いに、まるで般若のような顔をしていた。
