判官贔屓の恋

第一二話

「……はぁ、やっぱり格好いい」

 家に帰ってベッドに寝転んで見ているのは、真田先輩と弁木(わけぎ)先輩の練習試合の動画。
 弁木(わけぎ)先輩の真っ直ぐに伸びた背筋と、面の間から覗く切れ長の瞳と、瞬きに合わせて上下する短いまつ毛。
 動画の中の弁木(わけぎ)先輩は、真田先輩の誘うような竹刀の動きに、体を動かした一瞬の隙を突かれ小手を取られていた。

「もう一本、お願いします!」

 そう言って、何度も真田先輩に食らいついていく姿に、胸がきゅうっと縮こまる。
 真田先輩の名前は剣道界でも有名で、弁木(わけぎ)先輩は真田先輩がいるから時津高校に進学を決めた、と聞いた。

(……そんな理由で、家から遠い高校を選ぶんだもんな)

 真田先輩は、小学生から剣道を始めたこともあって、剣道部の中で文句なく一番上手い。竹刀を振り下ろす速さも、足捌きも、何もかもが段違いのようにすら思える。説明も分かりやすくて、一年生は基本的に真田先輩から教えてもらっていた。
 
 ちなみに時津高校剣道部で、二番目に上手い人といえば、実は弁木(わけぎ)先輩ではなく、佐竹先輩だ。前回の大会でも、副将をしていたのはこの佐竹先輩。
 以前、真田先輩が布陣を発表した時、弁木(わけぎ)先輩が自分が副将だったことに驚いていたのは、これも理由の一つだろう。布陣は強い者順というわけじゃないけど、やっぱり副将という響きが、弁木(わけぎ)先輩にとってすごく嬉しかったみたいで、気合いの入り方が違っている気がした。

 佐竹先輩はお兄さんの影響で小学校の高学年から剣道を始めて、強豪の中高一貫校に進学。練習もかなり厳しくて、その頃にメキメキと頭角を現したのだとか。だけど、途中で合わなくなってしまったのか、時津高校に進学することになった、と。
 対して、弁木(わけぎ)先輩は中学で剣道を始めて今に至り、歴も含め真田先輩と佐竹先輩の二人に劣るというわけだ。

(……でも、強豪校出身じゃないのに、弁木(わけぎ)先輩ってやっぱりすごいんだな)

 弁木(わけぎ)先輩の動画を何度も繰り返し見ながら、僕は金木犀の香りを思い出していた。シトラスの香りが断トツで一番だったけど、金木犀が追い上げを見せてきている。もしかしたら、一位が入れ替わる日も近いかもしれない。
 動画を止めると、僕はベッドの上でごろんと寝返りを打った。

 弁木(わけぎ)先輩は、高校に入学してから一〇センチ以上身長が伸びたという。ということは、一年前に出会っていたとしたら、僕との身長差も今ほどなかった、ということだ。もっと近くで弁木(わけぎ)先輩の顔を拝めたかもしれないのに、勿体無いことをした。
 話は戻すが真田先輩曰く、急に背が伸びると間合いまで変わってしまうらしく、弁木(わけぎ)先輩はこの一年、成長痛に悩んだり、距離感に戸惑うことも多かったみたいだ。

(――だから、弁木(わけぎ)先輩は、これから、もっと強くなる)
 
 明日は、いよいよインターハイ予選。
 皆が実力を出せるように、マネージャーとして僕も頑張ろう。
 
(……明日は、何の柔軟剤の匂いだろう)

 そんなことを考えながら、僕はエア弁木(わけぎ)先輩を抱きしめて眠りについたのだった。