判官贔屓の恋

第一一話

 僕は皆が練習に集中できるように、率先して雑用を引き受け続けた。そうすることで、僕が竹刀で叩かれる機会がほぼゼロになるからだ。
 ――ほんの小さな何かでいい。
 ちょっと面倒だけど、しなければいけない仕事を見つけること。それが、僕の生き残りを賭けた大きな戦いでもあった。
 でも、その甲斐あってか。
 僕は補欠選手から徐々にマネージャーへと、確実にポジション変更していくことに成功した、と言って間違いはなかっただろう。
 誰に言われなくても、皆が飲むクエン酸飲料を用意する。
 面を脱いだ後にタオルも差し出す。
 竹刀が割れていないかなどの確認や、手入れもする。
 そういった仕事も、かなり手慣れてきた。
 
 そして仕事が無くなった時に、次に見つけたのが、他のメンバーの面を打つ時の姿勢のチェック用の録画係。
 地味な作業だけど、ずっと録画してると不要な部分も多くなってしまう。
 試合のシーンだけを細かく録画しなきゃいけないというなかなかに大変な仕事だった。
 だけど、撮った動画を見返しながら、僕は改めて思った。

 剣道は、不思議なスポーツだ。
 他の多くの競技なら、多少姿勢が崩れていても、ルール通りなら得点になるし、点を取った時のパフォーマンスだって許される。例えばサッカーなら、ゴールを決めた選手が、オリジナルダンスを披露したりするんだから、それは顕著だろう。
 だけど、剣道は違う。
 竹刀が当たっただけでは勝ちにならない。
 勝ちと認められるには、「気合」と「姿勢」と「残心」が、全部そろっていないといけないんだ。

 ちなみに「気合」は、ちょっと恥ずかしいと思わなくもないけど、「メエェェン!」と叫んだりすること。
 特に剣道を始めたばかりの一年生は、声を出すことで恐怖心を無くせる場合もあるから、とにかく声を出すように指導されている。
 声が出ていなければ、技が決まっても一本と見なされないこともあるため、発声練習も毎日義務付けられていた。
 
「姿勢」は、しっかりとした体勢で打ち込むこと。
 竹刀がたまたま当たっただけでは一本にはならないし、踏み込みや体の使い方まで含めて「狙って打った」と審判に認められる必要がある。
 ちなみに僕ら一年トリオは、「ドタドタうるさい」と真田先輩に怒られることが多々ある。
 足の運び方が悪いんだと言われているけど、僕は最後に足が跳ね上がってしまう悪い癖もある。

 そして「残心」。
 面を打ったあとも気を抜かず、すぐに振り返ったり、ガッツポーズをしたりせず、「まだ戦える」という心と姿勢を見せ続けること。
 相手への礼儀を重んじるからこそ、勝ったからといって飛び跳ねるなんてパフォーマンスをしてはいけない。
 剣道では勝負がついてもなお、相手へ真摯に向き合うことを求められるスポーツなのだ。
 
 動画を撮っていると、何となく皆の癖が見えてくる。
 そして審判をしている顧問の先生が、勝ちを認める時、認めない時の見極めもできるようになってきた。

 公式戦では、一試合につき三人の審判が勝敗の行方を見守っていて、赤白の上げられる旗の数によって一本が決まる。
 審判によっては「何かが足りていなかった」と旗を上げないこともあるらしい。
 部員の数が少なくなってしまった今、顧問の先生の隣で、マネージャーの僕が練習試合の副審を務めることも多くなってきた。
 こうして、僕の剣道の腕前は伸びないままに、弁木(わけぎ)先輩が認めてくれた「見える目」だけが、更に磨かれていくこととなった。

 ――だけど、僕はそれが悲しいとは、ちっとも思わなかった。

 マネージャーなら、弁木(わけぎ)先輩のタオルを気兼ねなく渡せる。
 つまり、そのたびに柔軟剤の香りも楽しめるということだ。

 (……今日の柔軟剤は、金木犀の香り!!)