「加納くん、九条さん、そっちの椅子の数、数えてもらってもいい?」
「了解」
「翠ちゃん、壊れてるやつはどうする?」
「壊れてるのは使用可能数に入れちゃダメだよね。それは別に書いておこっか」
「分かった!」
千昭と九条さんが椅子を数えだしたのを見届けてから、私も佐々木くんと立て看板や延長コードのチェックに移る。
それが一通り終わり、スクールバッグをテーブル代わりにチェックシートにメモを残していると、ふと影が落ちた。見上げれば千昭がいつの間にか私と同じようにしゃがみ込んでいて、私の手元を覗き込んでいる。
「結構そのまま使えそうで良かったね」
「だな」
「ただ、延長コードがいくつか古いのがあったから、それは委員長たちに確認取ったほうがいいかも」
「じゃあ、それは俺が戻ったときに伝えとく」
「うん、ありがとう」
チェックシートの余白に、確認が必要そうな延長コードに記されている番号を記入していく。そのとき、ふと、
「……よかった」
と、小さく呟いた千昭の声が聞こえた気がして顔を上げた。千昭は、相変わらず私の手元のプリントに視線を落としたままだ。
「うん? なにか言った?」
首を傾げる。
「ああ、いや」と、千昭は視線を上げてから、どこか気まずそうに自分の頬を軽く掻いた。
「前みたいに、翠と話せるようになって良かったなって思って」
眉を下げた千昭と目が合う。千昭がまさかそんな風に思っていたなんて思っていなかった。
私は軽く目を伏せる。
一時期の気まずさが抜けたことは私も嬉しかった。あの日の告白はなかったことにはならないし、何もなかったころのような無邪気さを完全に取り戻すことは難しいかもしれない。
それでも、せっかくの幼稚園からの関係なのだ。変に避けるよりは、これからも仲良くできたほうがお互いに良いに決まっている。
「うん、そうだね。私も、よかった」
肩を竦めて笑ってみせる。
なにがキッカケだとか、どんな心の変化があっただとか、そういうことは言わなくてもいいような気がした。
「翠ちゃん、ちょっとこっち来てー」
九条さんから声が掛かる。
「うん、すぐ行くね」
立ち上がろうとした私を、千昭が「翠」と呼び止めながら、私の腕を掴んだ。ぐいっと軽く引っ張られて、驚いて振り向く。
「な、なに? どうしたの?」
私が振り向き首を傾げると、千昭は慌てたようにパッと私の腕から手を離した。
「あ……いや、なんでもない。忘れた」
「本当? じゃあ、また思い出したら教えて」
「ん。そうする」
九条さんのほうへ向かいながら軽く千昭を振り返ると、千昭は首の後ろに手をやり、俯いたまま、私が置いていったプリントをまだ見つめていた。
◇
内海先輩と約束した水曜日。昼下がりのカフェは平日ということもあって、あまり混んでいなかった。
先輩と向かい合って座るテーブルには、期間限定の夏らしいフルーツで彩られた爽やかなケーキがいくつも並んでいる。
「翠、そっちの一口ちょうだい」
「はい。じゃあ、先輩のところにあるマスカットケーキください」
「いいよ」
お皿を交換してケーキをシェアしていく。今までもこうやってシェアすることはあった。最初のころはたぶん、私は顔が真っ赤になっていたと思う。もちろん今だってドキドキはするけれど、それよりも先輩とこういう時間を楽しめることの喜びのほうが大きかった。
それこそ、私にとって先輩と食べるケーキは、髪を切ってもらうお礼だったし……。
「うまっ」と言いながら、嬉しそうにケーキを頬張る内海先輩を見る。
今日は、そういう、お礼のためとかじゃなくて……純粋に一緒にケーキを楽しむ日なんだって思ったら、ケーキをシェアすることよりも、そっちのほうで心臓がうるさくなる。
その相手に、私を選んでくれたことが嬉しくて――。
「翠、なんか顔赤くね?」
「え!? あ、暑くないですか? なんか、今日……! 窓際だからかな!?」
「席変えてもらう?」
先輩が軽く店内を見回す。私は慌てて両手を顔の前で振った。
「いやいやいや! 大丈夫です! このままで……!」
「それよりも!」と、話題を変えるために少し前のめりになる。
「先輩に話したいことがあって!」
「なに?」と、先輩は桃のタルトを掬いながら首を傾げた。
「ほら、前に言ってたじゃないですか。実行委員、私だけが働くことになるんじゃないかって」
「あー……言ったな」
先輩が眉を寄せる。
「なに、そうなってんの?」
「違います、逆です、逆」
私はひとつ息をついて、浅くなっていた呼吸を整える。
「大丈夫そうだから、安心してくださいって言いたくて。みんな、ちゃんと一緒に頑張ってくれてて」
私は先日の備品チェックの話を簡単に先輩に説明する。
「五組の九条さんも、同じクラスの佐々木くんも、千昭も。特に千昭と佐々木くんは、たくさん椅子とか机とか運んでくれたんですよ」
やっぱり男子って力ありますよね、と私は拳を握る。
「ふぅん」
先輩はフォークでクリームをつつきながら、私を見た。
「あいつともうまくやってんの?」
「千昭ですか? はい」
私は頷いて、マスカットケーキをフォークで一口サイズに切る。
「この前より、普通に話せるようになりました」
そう返すと、一瞬の沈黙が落ちる。聞こえていなかったかな、と私が顔を上げるのと同時に、先輩がフォークをお皿に置いた。
「そういえば、前、聞き逃したんだけどさ」
からん、と小さく音が鳴る。
「いつから、吹っ切れてたの? あいつへの気持ち」
先輩の目が、私を真っ直ぐ、射抜くように捕らえた。
――……あ。
頭の中に、花火の音が響く。
その眼差しが、あのときの先輩に、とてもよく似ていたから――。
「了解」
「翠ちゃん、壊れてるやつはどうする?」
「壊れてるのは使用可能数に入れちゃダメだよね。それは別に書いておこっか」
「分かった!」
千昭と九条さんが椅子を数えだしたのを見届けてから、私も佐々木くんと立て看板や延長コードのチェックに移る。
それが一通り終わり、スクールバッグをテーブル代わりにチェックシートにメモを残していると、ふと影が落ちた。見上げれば千昭がいつの間にか私と同じようにしゃがみ込んでいて、私の手元を覗き込んでいる。
「結構そのまま使えそうで良かったね」
「だな」
「ただ、延長コードがいくつか古いのがあったから、それは委員長たちに確認取ったほうがいいかも」
「じゃあ、それは俺が戻ったときに伝えとく」
「うん、ありがとう」
チェックシートの余白に、確認が必要そうな延長コードに記されている番号を記入していく。そのとき、ふと、
「……よかった」
と、小さく呟いた千昭の声が聞こえた気がして顔を上げた。千昭は、相変わらず私の手元のプリントに視線を落としたままだ。
「うん? なにか言った?」
首を傾げる。
「ああ、いや」と、千昭は視線を上げてから、どこか気まずそうに自分の頬を軽く掻いた。
「前みたいに、翠と話せるようになって良かったなって思って」
眉を下げた千昭と目が合う。千昭がまさかそんな風に思っていたなんて思っていなかった。
私は軽く目を伏せる。
一時期の気まずさが抜けたことは私も嬉しかった。あの日の告白はなかったことにはならないし、何もなかったころのような無邪気さを完全に取り戻すことは難しいかもしれない。
それでも、せっかくの幼稚園からの関係なのだ。変に避けるよりは、これからも仲良くできたほうがお互いに良いに決まっている。
「うん、そうだね。私も、よかった」
肩を竦めて笑ってみせる。
なにがキッカケだとか、どんな心の変化があっただとか、そういうことは言わなくてもいいような気がした。
「翠ちゃん、ちょっとこっち来てー」
九条さんから声が掛かる。
「うん、すぐ行くね」
立ち上がろうとした私を、千昭が「翠」と呼び止めながら、私の腕を掴んだ。ぐいっと軽く引っ張られて、驚いて振り向く。
「な、なに? どうしたの?」
私が振り向き首を傾げると、千昭は慌てたようにパッと私の腕から手を離した。
「あ……いや、なんでもない。忘れた」
「本当? じゃあ、また思い出したら教えて」
「ん。そうする」
九条さんのほうへ向かいながら軽く千昭を振り返ると、千昭は首の後ろに手をやり、俯いたまま、私が置いていったプリントをまだ見つめていた。
◇
内海先輩と約束した水曜日。昼下がりのカフェは平日ということもあって、あまり混んでいなかった。
先輩と向かい合って座るテーブルには、期間限定の夏らしいフルーツで彩られた爽やかなケーキがいくつも並んでいる。
「翠、そっちの一口ちょうだい」
「はい。じゃあ、先輩のところにあるマスカットケーキください」
「いいよ」
お皿を交換してケーキをシェアしていく。今までもこうやってシェアすることはあった。最初のころはたぶん、私は顔が真っ赤になっていたと思う。もちろん今だってドキドキはするけれど、それよりも先輩とこういう時間を楽しめることの喜びのほうが大きかった。
それこそ、私にとって先輩と食べるケーキは、髪を切ってもらうお礼だったし……。
「うまっ」と言いながら、嬉しそうにケーキを頬張る内海先輩を見る。
今日は、そういう、お礼のためとかじゃなくて……純粋に一緒にケーキを楽しむ日なんだって思ったら、ケーキをシェアすることよりも、そっちのほうで心臓がうるさくなる。
その相手に、私を選んでくれたことが嬉しくて――。
「翠、なんか顔赤くね?」
「え!? あ、暑くないですか? なんか、今日……! 窓際だからかな!?」
「席変えてもらう?」
先輩が軽く店内を見回す。私は慌てて両手を顔の前で振った。
「いやいやいや! 大丈夫です! このままで……!」
「それよりも!」と、話題を変えるために少し前のめりになる。
「先輩に話したいことがあって!」
「なに?」と、先輩は桃のタルトを掬いながら首を傾げた。
「ほら、前に言ってたじゃないですか。実行委員、私だけが働くことになるんじゃないかって」
「あー……言ったな」
先輩が眉を寄せる。
「なに、そうなってんの?」
「違います、逆です、逆」
私はひとつ息をついて、浅くなっていた呼吸を整える。
「大丈夫そうだから、安心してくださいって言いたくて。みんな、ちゃんと一緒に頑張ってくれてて」
私は先日の備品チェックの話を簡単に先輩に説明する。
「五組の九条さんも、同じクラスの佐々木くんも、千昭も。特に千昭と佐々木くんは、たくさん椅子とか机とか運んでくれたんですよ」
やっぱり男子って力ありますよね、と私は拳を握る。
「ふぅん」
先輩はフォークでクリームをつつきながら、私を見た。
「あいつともうまくやってんの?」
「千昭ですか? はい」
私は頷いて、マスカットケーキをフォークで一口サイズに切る。
「この前より、普通に話せるようになりました」
そう返すと、一瞬の沈黙が落ちる。聞こえていなかったかな、と私が顔を上げるのと同時に、先輩がフォークをお皿に置いた。
「そういえば、前、聞き逃したんだけどさ」
からん、と小さく音が鳴る。
「いつから、吹っ切れてたの? あいつへの気持ち」
先輩の目が、私を真っ直ぐ、射抜くように捕らえた。
――……あ。
頭の中に、花火の音が響く。
その眼差しが、あのときの先輩に、とてもよく似ていたから――。

