「千鶴、数学の宿題やってある?」
次の日の朝、私が席に座るなり、すぐに実来から声をかけられた。次に来る言葉はなんとなく想像がつく。きっと、いつものお決まりのパターンだ。
「ああ、うん。やってあるよ。プリントのやつだよね?」
「多分それだと思う。ねえ、写させてくれない?」
ぱんっ、と手を合わせて、実来は私の反応をうかがうような顔をする。でも、そういうふうに見せかけて、実際は私が断るなんて思ってもいないんだろうなと思った。もちろん、その通りなんだけど。
「いいよ。間違ってたらごめん」
「ありがとう千鶴!やっぱり千鶴って頼りになる~」
カバンの中から、丁寧にファイルに入れておいたプリントを実来に手渡す。実来は満足そうな顔をして、自分の席へと戻っていった。
理系科目は苦手なので、正直プリントの答えが合っている自信はあまりない。間違っていて、責められたりしないといいけど。
一度だけ、大幅に私の答えがずれていたとき、当然私の答えを写していた実来も、同じミスをしていたわけで、実来が先生にこっぴどく叱られていたことがあった。どうせ結城のを写したんだろ、と。
千鶴が私のを写したかもしれないじゃないですか、と実来が言ってみたけど、結城がそんなことをするはずない、と先生に言い返されたようだ。そのときの実来の不服そうな顔が今でも忘れられない。
「実来、また千鶴の写してんの?」
「うん。千鶴がいるから私課題やらなくてすむ」
「うわっ、最低ー」
「うるさいな。そういう梨紗も写すんでしょ?」
「まあそうだけどさー。見せてよ実来」
「はいはい、どうぞー」
後ろの方でそんな話し声が聞こえる。
……分かってる。本当はずっと分かってる。私は二人に都合よく扱われてるだけだってことも。二人にとって、私ってそんなもんだ。でも、それでいい。
一番窓側の列の、前から三番目。そこが、祈里の席。
なんとなく祈里の方を見やると、背筋をぴんと伸ばした綺麗な姿勢で、本を読んでいた。風に吹かれてなびく髪の毛が、それとなく絵になる。もちろん、私と目は合わない。
昨日のことが、全部幻に思える。ここにいる祈里を見るたび、本当に修学旅行で私と話してくれた人なのか、私に付き合おうだなんて言った人なのか、と不思議になる。だってほら、雰囲気が全然違うでしょう。
祈里から視線を外して、うーんと首をひねる。祈里って本当に、謎が多い人だ。
いつもの癖で、カバンからスマホを取り出した。基本的に、朝は一人で過ごす。
勉強をするときもあるが、すでに今日の課題は終えているし、定期試験まではまだ一か月ほどあるので、今日は音楽でも聞いて過ごそう。そう思い、カバンからついでにイヤフォンも取り出し、耳に装着する。
そのとき、誰かからメッセージが届いた。宛先を確認してみると、【柳瀬祈里】と表示されている。
祈里から……? な、なんで?
付き合うことになったときに、連絡先を交換したのだ。正確には、食べ歩きのとき。
『放課後、校門前』
送られてきたのは、そんな淡白なメッセージ。少し迷った末、私は『分かった』とだけ返信した。
