君の生きる理由になりたかった



あれからすぐ私たちは二人と合流した。

桜木さんが先に私たちがいないことに気付き、茂木に報告すると、茂木はすっかり取り乱して「は!?どうすればいい?とりあえず探しに行こうぜ!!」と一人で走って私たちを探しに行こうとしたらしく、桜木さんは「私たちまで迷子になったらどうするの……」と、茂木を止めるのに必死だったそうだ。

ごめん、それは本当に申し訳ない。半分くらい、いやほとんど私のせいだ。

もちろん、その後茂木には「お前らどこ行ってたんだよー!」と大声で言われた。「ごめんね」とあやまった私とは対照的に、祈里は終始口を閉じたままだった。さっきまで話してくれていたのが嘘みたいに。
 
修学旅行も最終日の三日目となり、今日は奈良で過ごす予定だ。これでやっと修学旅行から解放されるので、少しだけほっとしている。


「すげえっ、鹿ってこんなにいるもんなんだ⁉」

「本当にね……」
 

東大寺に向かう道のりではしゃぐ茂木に愛想笑いで返す。私もなんだかんだ初めて奈良に来たので、これほどまで鹿がいるとは思わなかったけど。でも、そんなにはしゃぐほどじゃない。


「うおっ、びっくりした!」
 

その声で茂木の方を見ると、茂木のすぐ目の前に鹿がいた。しかも、正面から茂木を見つめている。桜木さんと祈里は、その様子を冷ややかな目で見ていた。

ちょっと、そんな顔しないであげてよ。なんか悔しいけど、同情しちゃうじゃん。
 
それから少し歩くと、東大寺が見えてきたので、みんなで入場券を買って先へと進んだ。お寺の中に入ると、すぐに迫力のある大仏があった。立ち止まってそれを見上げる。


「すげー、でかーっ」
 

……相変わらずはしゃぐ茂木は、スルーした。
 
かなり辛辣なことを言うようだけど、茂木って「すげえ」しか言わないよね。別に、だからどうというわけではないけど。
 
……なんか、ぜんぶ忘れちゃいたい。
 
ぼんやりとそんなことを思った。どうにもならない思いに、唇をかむ。

「千鶴」
 
びくっと肩が跳ねる。右を見ると、いつの間にかそばに祈里が立っていた。


「びっくりした……」

「ごめん、驚かせた?」
 

やっぱり、なにを考えてるか分からないなと思った。だって、軽快な口調とは裏腹に、表情は相変わらずのポーカーフェイス。あまり感情が表に出ない人なのかもしれない。

「どーしたの?」

「……え?」

「浮かない顔してる」

「そ、そんな顔してる?」
 

うん、と祈里は小さくうなずいた。
 
顔に出てたかな。でも、些細な変化だったはずだ。そんなこと、だれからもほとんど言われたことがないし。それに、私だって祈里と同じだ。あまり感情が顔に出ないと自覚しているのに。


「なんかさ」
 

そう前置きして、祈里は大仏を見上げた。それにならって、私も見上げてみる。


「……こういう大きいものとか、空とか見るとさ、俺たちが抱える悩みとか、俺たち自身なんてちっぽけだよねとか言う人、すげーいるじゃん」

「……うん」


マイノリティかもしれないけど、そんな言葉、私は納得できない。なんでそんなに無責任なことを、簡単に言えるのだろうと不思議に思ってしまうくらいには。


「でもそんなの綺麗事に過ぎないよな。大きくて広いものから見たら、俺たちの悩みは小さく見えるかもしれないけど、ちっぽけな俺たちにとっては必死で抱えてるもんなのにね」
 

思わずはっと息をのむ。
 
……本当に、そうだと思う。
 
私は、私たちは、自分一人で抱えるには大きすぎるものをいつだって背負っている。

祈里も、そうなのだろうか。ふとそんなことが頭をよぎって、隣にいる彼を見やる。だけど、祈里はいつもと変わらない表情で大仏を見上げているだけだった。その表情で彼は、なにを考えているのだろう。私にはさっぱり想像がつかない。

祈里はどうして、私にこんなことを言ったのだろう。励ましたかったのかな。それとも、自分も同じだって言いたかった?一人じゃないよって言いたかった?うーん、どれもしっくりこない。


「……祈里」

「ん?」
 

その柔らかい声に、甘えてしまいそうになる。ダメだよ、と自分に言い聞かせながら、それでも口を開いてしまう。


「そう思ってもいいのかなあ……」

「いいよ。だれがなにを思おうと、そんなの自由だろ。もちろん、千鶴も」

「……うん」

「だから、いいんじゃない?この世の全部、綺麗事だって突き放しても、全部受け入れても、どれも千鶴の自由だよ。千鶴が今抱えてるのも、そんな小さいもんじゃないだろ。はたから見たら小さいもんでも、それがどれだけ自分を苦しめるかはまた違うんだから」
 

祈里は私を見て、優しく微笑んだ。その笑顔がなによりもまぶしい。だって、私にはないものだから。
 
本当に、いいのかな。……きっといいはず、なのに。
 
でも、そう思ってしまうことは、今までの全部を忘れようとすることと同じだ。だって私は、全部忘れちゃいけない。