君の生きる理由になりたかった



「……って、こんな話されても困るよな」
 

すべてを話し終えた祈里が、投げやりに微笑んだ。
 
なにも知らなかった。でも、ようやく本当の祈里を知れた。その傷跡に、触れることができた。
 
ずっと、苦しんできたんだね。自分を許せなかったんだね。


「千鶴に話しても分かってもらえないことくらい、知ってる」
 

祈里が私から、また距離を置こうとしたことに気付いた。
 
なんで、こんなときまで。どうしてまた、私を突き放そうとするの。離れないでほしいって、ちゃんと伝えたのに。
 
頭のなかの糸が、ぷつりと切れたのを感じた。


「分からないよ……!だって私は祈里じゃないから。完璧には苦しみも辛さも共有できない」
 

どれだけ痛かったか、苦しかったか、辛かったか。そんなの、祈里にしか分からない。どれだけその傷や過去に触れたって、私は同じように感じることはできないのだ。


「でもね、寄り添うことならできるでしょう……!?分かりたいって強く思いながら、考えて、そうやって……。だからお願い。私を突き放そうとしないで……っ」

「でもな、千鶴。一つだけ分かっただろ。今言った人たちは、みんな俺が殺したんだよ」

「それは、ちがう……!」
 

祈里の顔が、ぐしゃっと歪む。
 
やめて。もうそんなに自分を責めないで。私の前からいなくならないで。消えないで。ここにいて。ちゃんと祈里はここに存在してるって、感じさせて。
 
祈里を失うのが怖いと、こんなに想っていることを知ってほしい。


「……なんでだよ。この能力がすべて物語ってる。陽菜の死も、ぜんぶ……」

「綺麗事だって思うかもしれないけど、陽菜は私だけじゃなくて、祈里の幸せも願ってたと思うし、むしろ本望だったと思うよ。祈里なら、私と同じくらい、陽菜のそばにいたから分かるでしょう。陽菜は、自分のせいでだれかに苦しんでほしくないって思うって」

「……っ」
 

陽菜、ちゃんと伝えるね。陽菜の言葉、ちゃんと思い出したから。陽菜の願いも想いも、ようやく分かったし、感じることができたから。


「陽菜にもちゃんと伝わってたと思うよ、祈里が離れずにいてくれたこと。陽菜が祈里から離れたのは、祈里のせいじゃないでしょう」
 

祈里の瞳が、ゆらゆらと揺れる。私の言葉で、祈里を救えるだろうか。その傷を癒すことができるだろうか。


「私ね……、最近ようやくこうやって思えるようになってきたの。ずっと、陽菜のことは私が殺したと思ってた。でもね、祈里の話を聞いて分かった」
 

もういいよね?
 
そう思っても、いいよね?
 
救われようとしても、いいよね?


「陽菜の死は、だれのせいでもなかったんだね」

「は……?」

「そして、それと同じくらいいろんな人のせいだと思うの」
 

陽菜の周りにいた人を思い出す。あのころのことを、思い出す。


「私も祈里も、立花さんも……みんなが陽菜を追い詰めた。だから、大丈夫。利都くんとか、祈里のお母さんがいなくなっちゃったのも、祈里だけのせいじゃないよ、絶対。それだけは言える」

「……千鶴」
 

祈里だけのせいじゃない。絶対に、ちがう。
 
たとえ祈里の能力も原因の一部だったとしても、それ以外に原因はあったはずだから。


「ねえ、その超能力ってさ、私が救われたからもう発動しないんだよね?」

「……多分」

「祈里は、能力が発動したからいなくなっちゃったって言ってたけど、もしかしたらちがうんじゃないかな」
 

祈里の話を聞きながら、考えていたことだった。
 
自分自身を責め続けた結果、祈里がそう捉えていただけなんじゃないかって。


「その人がいなくなっちゃう未来が確実にあったから、それを知らせるために、阻止するためにその能力は発動するんじゃないかって私は思った。能力が発動したせいでいなくっちゃうんじゃなくて、そういう未来があったから発動したんじゃないかなって」

「……え」

「発動し続ける、なんてノートには書いてあったけど、それって人伝にすぎないんでしょう」
 

祈里の目が大きく開かれる。
 
そうだとしても、人の死が分かるなんて残酷すぎる能力だと思う。でも、もう発動しないんでしょう。解放されたって、思ってもいいんだよ。
 
きっと、大丈夫。それでいいんだよ。


「……それでももし、祈里が自分のせいだって、自分自身を苦しめ続けちゃうのだとしたら」
 

私はずっと祈里のそばにいるよ。絶対に離れないから、もういなくなろうなんてしないから。
 
だって、気づいちゃったんだもん。生きていたいって、ここにいたいって。祈里が、私にそう思わせてくれたんだよ。
 
だから、ちゃんとそばにいるよ。


「それなら、思う存分私に弱音を吐いてほしい。本音を、本当の姿を見せてほしい。大丈夫、私はずっと祈里の隣にいるよ。私にぜんぶ預けていいんだよ」

「な、んで……」
 

祈里の頬に、つうっと涙が伝った。
 
綺麗だと思った。儚くてもろくて、今にも消えてしまいそうだと感じた。でも大丈夫。祈里はちゃんと、ここにいる。
 
痛みや傷と向き合いながら、ここにいる。


「祈里はね、もう許されてもいいんだよ。大丈夫、大丈夫」
 

大丈夫だと、私は繰り返す。
 
ぜんぶ見せてよ。もう自分自身を閉じ込めなくていいよ。さらけ出していいよ。どんな祈里でも、ぜんぶ受け止めてみせるから。


「……っ、俺……」
 

震える声で、祈里が口を開いた。涙でぐしゃぐしゃな顔も声も、愛おしい。そのぜんぶが、愛おしいんだよ。ちゃんと伝わってる?


「自分が幸せになっていいはずがないって、許されちゃいけないって、千鶴と同じように思ってた……」

「……うん」
 

弱くてどうしようもない、祈里の本音だ。それでもいいの。それが本当の祈里なんだから、私にはなによりも綺麗に見えるよ。


「でも、もういいんだ。許されてもいいんだ……」
 

自分の震える手のひらを見つめながら、そう繰り返す祈里を、私はそっと抱きしめた。ちゃんと温かい。祈里も私の腰に手を回して、ぎゅっと力を込めてくれた。


「……そうだよ。もう、許されていいんだよ。一人で抱え込まないで」

「うん……。本当は、ずっとそうやって言ってほしかった……。俺じゃ俺を許せないからだれかに許されてもいいよって言ってもらえるのを、ずっと待ってたんだと思う……」

「……うん」
 

祈里の言葉に、何度も何度もうなずく。

もう大丈夫だと。一人じゃないんだと、伝えるために。


「……千鶴もだよ」

「……え?」
 

私から少しだけ体を離して、祈里は私と目を合わせた。
 
そして、光が灯った瞳で、ふっと笑う。


「もう、許されてもいいんだよ。陽菜のことも、寺岡たちのことも、ぜんぶ」
 

……もういいんだ。
 
苦しいこともいっぱいあった。傷ついたこともいっぱいあった。自分を追い詰めたことも、だれかを追い詰めたこともいっぱいあった。自分を許せなかった。責め続けた。もっと苦しめばいいって、そう思ってた。

幸せになっていいはずがないと、自分の居場所なんてどこにもなくていいと、何度も言い聞かせた。そうでもしないと、生きていけなかった。
 
もう、許されてもいいんだ。
 
幸せになってもいいんだ。ここにいてもいい。だれといてもいい。
 
きっともう、笑ってもいい。


「……っ、ふっ……」

「やっと笑ったな」
 

涙があふれて止まらないのに、笑顔がこみあげてきて不思議だった。こんな感覚、初めてだ。
 
ぜんぶ、祈里がくれたんだよ。
 
優しい言葉も、だれかを救う言葉も、生きていていい理由も。それだけじゃなくて、祈里がくれた過去の傷があったから、私は今ここで祈里と笑っている。


「この能力が俺にあったのは、千鶴と出会うためだったって、今なら胸を張って言えるよ」
 

そう言って笑う祈里を、私はもう一度強く抱きしめた。すると、強い力で抱きしめ返される。
 
たしかに今、幸せだと思った。