俺が存在してしまう限り、不幸になる人がいるのは事実だった。すでに三人の人を、苦しめ追い詰めて、失くしてしまった。俺のせいで、苦しむ人がいる。俺がいるせいで、消えたくなる人がいる。
それなら、いっそのこと俺がこの世界からいなくなってしまえばいいのではないか。それがいちばん、平和なんじゃないか。
だって、そしたらこの能力が発動されることはないし、つまりそれは苦しむ人がいないってことだから。俺が消えてしまえば、傷つく人も辛くなる人もいなくなる。
だから、近いうちに消えてしまうつもりでいた。そんな矢先、修学旅行の班が決まった日のことだった。よろしくね、と言った千鶴に、あのオーラが現れたのだ。
これを、最後のチャンスに、望みにしようと決めた。千鶴を救えなかったときはもちろん、救えたとしても罪滅ぼしとして、この世界からいなくなろう、と。
だけど、俺は千鶴のことをなにも知らなかった。だから、できる限り千鶴を知るために、そばにいる口実をつくるために、千鶴に「付き合ってほしい」と告げたのだ。恋人という関係性が、いちばん近くに感じられて、そばにいることが当たり前のものだと考えたから。
それなのに、今まで救おうと動いてきたときとは、なにもかもがちがった。
千鶴と一緒にいるときは楽しかった。その弱い心や傷に触れるたび、幸せに近いものを感じてしまった。そのたびに、自分を咎めた。ダメだと、俺が救われちゃダメなんだと。
千鶴が泣いていると俺まで痛くなって、その笑顔が見たいと切実に願ってしまっていた。笑っていてほしいと、生きていてほしいと、消えないでほしいと、偽りじゃなくて心から思うようになってしまった。失うのがこんなにも怖いと思ったのは、初めてだった。
俺を知りたいと言ってくれたのも、優しい言葉をくれたのも、ぜんぶ初めてだった。でも、俺はそんなことをされていい人間じゃないと、自分自身に何度も言い聞かせた。
それでも、千鶴がだんだんと自分のなかで大きすぎる存在になっていて、自分でも困惑した。
千鶴が抱えていた傷は、陽菜の死だった。千鶴は自分のせいで陽菜が死んでしまったとひどく後悔していたけれど、それも全部俺のせいだ。
千鶴があのいじめを止められていても、陽菜の味方でい続けることができても、陽菜がいなくなるのは確実だったのだから。千鶴の傷は、俺がつけたものだ。俺が千鶴を壊した。
その張本人が、これ以上千鶴の前にいるわけにはいかなかった。気づいてしまったのだ。ずっと千鶴を苦しめて傷つけていたのは、俺だったということに。それなのに、千鶴に会いたいと思ってしまっている自分を、何度も責めた。
だけど、能力が発動してちょうど半年後、千鶴がこのままいなくなってしまうのではないかと、強い恐怖感に襲われ、居ても立ってもいられず、千鶴を探しに家を出た。
橋の上から飛び降りようとする千鶴を目にして、頭が真っ白になり、絶望感にさいなまれた。だけど、俺は走って、千鶴の腕をつかんだ。このまま引き上げようとしたけれど、願い虚しく海に沈んでいった千鶴に、頭がくらくらした。
また、救えなかったと。俺ばっかり幸せをもらって、なにも返せなかったと。
すぐに救急車を呼んで千鶴を引き上げてもらった。
「最善を尽くしますが、助からないかもしれません。覚悟はしておいてください」
救急隊の人の言葉に、もうなにも考えられなくなった。一度だけ千鶴の病室を訪ねたけれど、その目が開かれることはなかった。まだ息をしているとはいえ、このまま消えてしまうのではないかと、怖くて仕方がなかった。
俺は千鶴を救えなかったと思ったから、あの決意通り、跡形もなく消えてしまおうとした。簡単にはいなくなれないように、それだけじゃ全然足りないけれど、同じだけの苦しみを味わわなければ気が済まなくて、刃物を持ち出すことにしたのだ。
それなのに、突然会いたかった千鶴が現れて、よかったと、消えたくないと思ってしまったのは、言うまでもないだろう。
