三回目に発動したのは、中学三年生の八月中旬、夏休みのことだった。
珍しく、いとこである陽菜と二人で出かけていたのだ。買い物に付き合ってほしいと言われたのだけれど、多分それは友達との予定が合わなかっただけなんだと思う。渋々俺に声をかけてきた、というところだろうか。だったら一人で行けばいいのにと思ったけれど、あえて口にはしなかった。
ちなみに陽菜は、俺の母さんの弟の子供だ。母さんは三人兄弟の真ん中だった。
千鶴が言っていた、陽菜が隣町で高校生の人と一緒にいるところを見たなんていう噂は、多分俺のことだと思う。自分ではよく分からないけれど、高校生に間違われることはよくあることだから。
服を選びながら楽しそうに笑顔で話す陽菜に、オレンジ色のオーラが現れた。また同じように、絶望感に包まれた。今はこんなに笑顔な陽菜なのに、苦しんでしまうのか。この世界から消えたい、と願ってしまうほどに。
ただ、陽菜は隣町に住んでいたし、学校もちがったので、どんな環境に置かれているのか知らなかった。そこで、陽菜がなにに苦しんでいるかの手がかりを探すために、まずは陽菜の中学校に足を運んだ。
そして、校門の近くにいた二人組の同い年くらいの男子生徒に、声をかける。
「あの、北条陽菜……って知ってますか?どんな人か、とか」
俺がそう尋ねると、彼らは顔を見合わせる。
「ああ、北条?みんなから頼りにされてる存在……って感じ?俺も、実際何回か助けてもらったし……」
「友達も多いイメージだよな」
……やっぱり、陽菜は頼りにされているのだ。
じゃあ、どうして陽菜が苦しむことになってしまうのだろう?
「そっか……。ありがとうございます」
その後も何人かに声をかけて陽菜について尋ねてみたけれど、それらしい手がかりは得られなかった。だれもが陽菜を好意的に見ているのが、よく伝わっただけだった。
それから一か月半ほどが経った。その間に陽菜と会う機会もなければ、どうしていなくなってしまうのかさえ、なにひとつ分からなかった。
やっぱりもう一度、陽菜の学校に行ってみることにした。校門で様子を観察しながら、今度は三人組の女子生徒に声をかけてみた。
「すみません、北条陽菜って知ってますか。どんな人か、知りたくて」
「え……北条さん?北条さんはちょっと、ねえ……」
「ちょっと……って?」
先月とは、打って変わってちがう話。歯切れの悪い彼女たちにもやっとした。だんだんと核心に近づいている自信があって、それが少し怖かった。
その生徒は、苦笑いを浮かべた。
「ちょっと前までは、だれからも好かれてる女の子って感じだったけど、今は悪目立ちしてて……」
「いじめられてる、って言うの? まあ、仕方ない感じもするけどね」
「うんうん、ナルシスト感にじみ出てるし、よくない噂も絶えないし……」
「北条さんと関わるのは、やめといたほうがいいと思う」
……いじめられてる? 陽菜が?
にわかには信じられない話だった。だって、ついこの間まで陽菜はだれからも頼りにされているような存在だったのに。
陽菜がいじめられている事実を知っても、俺には大きなことはできない。学校に押し込んだりするわけにはいかないし、かと言っていじめている人を特定するのは難しい。仮に特定できて俺が話をしたとしても、俺は部外者なんだからそいつに響きはしないだろう。
それなら、俺が陽菜の心のよりどころになるように行動するのがいちばんいい。直接状況を変えるんじゃなくて、ただ一緒にいられるようにすれば。
変わらず、陽菜とショッピングに行ったり、長期休みには互いの家に遊びに行ってくつろいだりしていたものの、陽菜はいたっていつも通りだった気がした。もちろん、陽彩も。陽菜や陽彩とゲームをしている間も、話をしている間も、なんら変わったことはなかった。
だから、ますます不思議だった。本当に陽菜はいじめられているのか。苦しんでいるのか。あの話はなんだったのか。
だけど、陽菜から話を聞くことなどできなかった。無理に事情を聞き出すと、陽菜が自分から離れてしまい、救えなくなるのではないかと思っていたからだ。自分から陽菜を遠ざけるような手段には出たくない。なるべく確実に、陽菜を救える方法を取りたいのだ。
たしかこの日は、俺から誘ったんだったと思う。受験も近いし、息抜きにでもどこかに出かけないかって。
ただ、俺が住む街をぶらぶら散歩しているだけだった。他愛もない話をしながら、公園で小さな子供みたいにブランコに乗ったり、カフェに入ってお昼を食べたり。陽菜は終始楽しそうにしたけれど、帰り際にふと寂しそうな顔を見せた。
「……陽菜?」
「……祈里、もう私にあまり関わらないでほしい」
今にも消えてしまいそうな声で、陽菜は俺にそう告げた。
「え……な、なんで」
正直言って、かなり動揺していた。あんなに楽しそうにしていたのに。変わらない、いつもの陽菜だったのに。
陽菜は、ぽろりと一粒涙を流した。それから、痛切な声で俺に言う。
「私といると、祈里までひどいこと言われちゃうからだよ……!」
……本当だったのか、陽菜がいじめられているという話は。このときになって、俺はようやく理解した。
冷たい言葉を浴びせられ続けているのかもしれない。俺が見えないところで陽菜は苦しんでいたはずなのに、いつだって気丈に振る舞っていただけだったんだ。また俺は気づけなかった。陽菜が苦しむことがなければそれがいちばんだって、思い込んでいたのだ。
……俺は、陽菜の心のよりどころにはなれていなかったのだろうか。
「そんなの、なに言われたっていいよ。俺、そんなこと言ってるやつらのこと知らないし」
「祈里は知らないだろうけど、でも、私が耐えられないの……!だから、ごめん……」
静かに涙を流しながら、陽菜は背を向けて歩いて行ってしまった。
……また、救えなかったのか。俺はまた、間違ってしまったのか。
その日を境に、陽菜と会うことはなくなった。なにをしていいのか分からぬまま、能力が発動してから半年が経ち、叔父さんから静かに陽菜の死を聞かされたのだった。
