その後、俺は母さんと一緒に、利都の葬式に出た。この世界から利都がいなくなったなんて、まだ信じられていない。
たくさんの人がすすり泣くような声を聞きながら、俺は一粒だって涙を流せなかった。この場所で俺だけが、取り残されているような気分だった。
「……祈里くん」
一通りの式が終わったあと、おばさんこと、利都の母親が俺に声をかけてきた。たしか、おばさんは看護師だったはず。かっこいいなと、小さいときに思ったのを思い出す。
悲しそうに眉を下げるおばさんに、なんだか胸が痛んだ。でも、俺はおばさんのように、悲しむことはできていなかった。
利都がまだ、ふらっと現れてきてくれるような気がしていたし、あのころみたいに、一緒に遊んだりできる未来を、まだ信じていたから。
「ごめんなさいね。ずっと、利都と仲良くしてくれてありがとう」
どうして感謝されているのか、まったく分からなかった。現に俺は、利都とはもう数か月話していなかったし、それに利都がまるでいないみたいな言い方をすることが不思議だった。
だけど、なんて言うべきかも分からなくて、ただふるふると首を横に振った。
「あまり公にはしないでほしいんだけどね、利都はあの人にずっと、暴力を振るわれていたの」
おばさんは、ちらりと遠くで頭を下げている男性の方を見やった。あの人を、俺は何回か見たことがある。利都の父親だ。
そうか、あのアザは暴力を振るわれたときにできたものだったのか。なにも、知らなかった。そんな話、聞いたことがなかった。
「中学受験をするように言ったのもあの人なの。ただあの人は、利都が少しでもサボったりするのを許さなかった。利都の承諾を得ずに、塾もたくさん講義をとって……。利都にはそれが、大きなプレッシャーだったはずなのにね」
……勉強をしていたのは、利都の意思ではなかったということだろうか。利都は父に言われるがままに、必死に勉強をしていたのだろうか。
なんだそれ。なんで利都が死ななきゃいけなかったんだよ。
「もちろん、利都が少し手を抜いたのを感じたら、すぐに暴力を振るったりして……。でもこの間の夏休みにね、今までなにも言わなかった利都が、初めて反抗したのよ」
おばさんは、ふっと目に影を落とした。
「もう勉強なんかしたくない、塾にも行きたくない、って。それを聞いたあの人は、利都に向かって何度も汚い言葉を吐いて、何度も手をあげて……。利都は家を飛び出していったの。でも、一時間もしたらすぐに帰ってきて、また勉強を始めた」
……もしかして、あのときだろうか。
俺が利都に突き放された日。最後に話した日。うつろな目をしていた理由も、ぜんぶこれだったのだろうか。
だったら、俺は大馬鹿者だ。利都が苦しみの境地にいるなかで、明るく遊ぼうなんて、なにも考えずに口にしたんだから。利都が怒るのも、俺を拒絶するのも当然だ。
「……私、なにもできなかったのよ。あの人が怖かった。利都がどれだけ傷つけられても、目を背けるように仕事をする時間だけが増えていったの。結果的に、私がなにも行動を起こさなかったから、利都を見殺しにしてしまった……」
おばさんは、静かに涙を流した。かと思えば、声をあげて膝から泣き崩れる。
……後悔しているのだ。俺よりずっと。自分を責めているのだ。
俺だって、もっとなにかできたんじゃないのか。
利都に無理やりにでも声をかければよかった。あの夏休みに、利都にちゃんと話を聞きたいと言えばよかった。俺だけでも、離れずにいられたらよかった。
泣き続けるおばさんを見ても、なぐさめの言葉はひとつも出てこなかった。代わりに、俺の口から出てきたのは、どうでもいいような話だった。
「そういえば、俺、利都と一緒に帰ってたとき、利都がオレンジ色に光ってた気がするんだ」
やっぱ気のせいかな、と続けて俺はつぶやいた。
急になんの話をしているのだろうと、自分でも不思議に思った。おばさんも、俺の言葉なんて気にもしないだろうな、と思っていたのに、驚いたように俺を見上げた。その涙は引っこんだみたいに、まじまじと俺を見続けている。
「……?」
つうっと、おばさんの目からまた涙が一粒落ちた。でもなんだか、それは利都が死んだこととはまた違う意味を持っている気がして、余計に不思議になった。思わず、小さく首をかしげる。
「それは、残酷な運命を背負ったね……」
残酷な、運命?
疑問がますます深くなる。おばさんは、気を取り直したようにゆっくりと立ち上がった。そして、手にしていたカバンから、なにかを取り出す。
「これ、祈里くんに託すわ」
渡されたのは、一冊の小さなノートだった。
なんだろう、とページをめくろうとすると、おばさんは俺を制止するように小さく首を横に振った。
「事が落ち着いたら読んでほしいの。今はまだ、受け入れるべきことが多すぎると思うから……」
おばさんの言っていることは、当時の俺にはよく分からなかった。ただ、言われた通りにノートを開こうとする手を止め、ズボンのポケットの中にしまっておいた。
「私の兄が作ったノートなの。数年前、私の兄も自ら命を絶ったの……私、また繰り返しちゃったのね」
そこまで言って、おばさんは小さく息を吸った。そして、俺の目をしっかり見て、寂しそうにふっと微笑んだ。
まるで、なにかを覚悟したような表情だった。なにを覚悟していたのかは分からない。利都やおばさんの兄の死と向き合うことかもしれないし、はたまた利都の父と話し合うことかもしれない。
「どうか、幸せになってね」
その日の夜、結局俺は、居ても立ってもいられず、渡されたノートを開いてしまった。それは、おばさんの兄の日記や考えたこと、思ったことが記されたもので、分厚いそれは、まだ半分ほどのページが残っていた。
たとえ、利都の父のが暴力などを止めていたとしても、おばさんが利都を助ける手段にでていたとしても、利都が勉強のことで苦しまなくなっていたとしても。
俺が利都を助けられない限り、あの光が見えてしまった時点で、利都が苦しみ姿を消すのは必然だったことを知った。
