君の生きる理由になりたかった

 

……あやまらなきゃ。
 
勝手に体がなにかにとり憑かれたかのように走りだした。行く当てなんてないはずのに、もうすでに行くべき場所は決まっているかのようだった。考えるよりも先に、足が動く。何度も何度も頬に涙が伝って、視界を邪魔する。
 
……陽菜に、あやまらなきゃ。直接会って、許されないと分かっていても、陽菜と同じところに行って、あやまりに行かなきゃ。
 
ごめんなさい、なんて単純な言葉じゃ許されないものだ。許されちゃいけないことだ。

それならなんて言えばいいかなんて、そんなものは分からない。ただ、あのとき伝えられなかった思いを言葉にして、直接伝えなきゃいけない。許されないと分かっていても、何度もあやまろう。
 
陽菜はきっと、怒っているだろうな。千鶴なんか親友じゃないよって、あのとき私が言ったものと同じ言葉を返されるだろうな。
 
でも、それがいい。私にはそれくらいの罰が与えられないといけない。そうやって、ずっと苦しんでいればいい。陽菜や陽彩ちゃんたちの苦しみとは、似ても似つかないんだから。はるかに易しいものなんでしょう。
 
私が、ここにいていいわけがなかったんだ。今までなにをしていたんだろう。どうして、前を向いて生きて行こうとしたんだろう。幸せを感じようとしてしまったんだろう。
 
ずっと、祈里だけはそばにいてくれた。


『千鶴は、俺のために生きてよ』
 

祈里の言葉が、鮮明に脳内で再生された。
 
そんな祈里も、もういない。祈里がくれた私が生きる理由も、もう時効だ。
 
じゃあ、私が今ここにいる意味ってなんなの?生きている理由ってなんなの?
 
気がついたら、海の上にかかる橋まで来て、足を止めていた。真下には壮大な海が広がっている。あまり波のたっていない海が憎らしくて、でもすごく綺麗に感じられた。
 
柵に手をかけてしまったら、あとは一瞬だった。体力が消耗されているのなんて、まったく感じられない。橋の上に立って下を見下ろせば、そこが私を待っている気がしてならなくなった。
 
そして、思い切り飛び降りた。
 
ふっと、体が軽くなる。
 
私、これで終わりなんだ。
 
ぎゅっと目を閉じたとき、だれかに手首をつかまれる感覚がした。驚いて思わず顔を上げると、そこには会いたくて仕方がなかった人の姿があった。


「千鶴……っ!」
 

祈里。祈里だ。
 
今にも消えそうな光をその瞳に映して、焦った表情を浮かべている。
 
どうして今になって現れるの。もう一度姿を見せてくれるなら、もっと別のときにしてよ。こんな情けない姿、見られたくなかった。
 
やめて。止めようとしないで。ようやく私、やらなきゃいけないことが分かったの。


「離して……!お願い、ねえ、離して……‼」
 

自分が正気じゃないことくらい、十分分かっている。
 
取り乱しながらそう叫ぶと、祈里は一瞬だけ怯んだ顔を見せてから、思い切り首を横に振った。それから、私と同じくらいの、いや、それ以上の声量で叫んだ。


「絶対離さねえ!俺のために生きろって言っただろ……っ!」
 

そんなのもう、時効だよ。
 
一人のためを想って生きるより、たくさんの傷つけた人たちを想っていなくなりたい。その決断が正しいか間違っているかなんて、もうどうでもいい。
 
ただただ、陽菜に会いたい。
 
会って傷つけたことをあやまって、罪を償いたい。矛盾だらけの当時の私の想いを、へたくそな言葉でもいいから伝えたい。陽菜に見放されたっていい。向こうで苦しむことになったって、それでいい。
 
それでいいのに。
 
するり、と祈里の手が離れてしまった。
 
勢いよく、海の底へと落下していく。


「千鶴──っ!!」
 

それでよかった、はずなのに。
 
どうして、怖いと思っているのだろう。祈里ともっと話がしたいって、私を見捨てないでほしいと、切望してしまっているのだろう。
 
やっぱり、生きたい、私。
 
背中に強い衝撃を感じながら頭に浮かんだのは、そんなささやかな願いだった。