それから、一週間が経とうとしていた放課後のことだった。帰り道で忘れ物に気が付いた私は、一度踵を返し、人気のない教室に戻ったのだ。なんの穢れもない教室の空気を、久しぶりに吸った気がした。
机の中に入っていた、宿題のプリントを取り出す。気づいてよかった。ほっと胸をなでおろして、それをカバンのなかに入れているときだった。
「あれ、結城さん?」
「まだ教室いたんだー」
背筋が冷たくなった。
おそるおそる、声のする方に顔を向ける。ドアのそばには、案の定立花さんと赤堀さんが立っていた。
あはは、と愛想笑いを浮かべると、二人はこちらに近づいてきて、私の前で歩みを止めた。
「ねえねえ、結城さん、実際のところ、北条さんのことどう思ってんの?」
「え……?」
「ずっと仲良くしてたじゃん、気になってたんだよね」
「いいじゃん、教えてよ。どう思ってんのー?」
「あ、え、えっと……」
あはは、ともう一度愛想笑いを浮かべた。これで乗り切れるかも、なんて甘えた考えはもちろん通用しなくて、立花さんたちの顔はどんどん好奇なものになっていく。
どう思ってるって、私にはもう分からない。
憧れで親友だった陽菜が大好きだった。でも、今になって、胸を張って大好きだと言えるなんて自信はない。こんな自分を、本当に最低だと思った。
「やっぱ、北条さんってナルシストっぽくない?結局はその一言に尽きるんだよ」
「内心、私たちのことあざ笑ってるよね。自分が一番だと本気で思ってそう」
「あっ、結城さんの気持ちじゃなくてもいいや。本当に、北条さんってそう思ってたりするの?」
にやにやと、立花さんが期待のこもった目で私を見つめる。思わず、ぎゅっと目を閉じた。
……陽菜、ごめん。今だけにするから。になるのは、これで最後にするから。次、二人で会う機会があったら、ぜんぶぜんぶあやまるから。陽菜の味方だって、ちゃんと伝えるから。一人じゃないって、伝えるから。
だから、ごめん。
「……うん、よく言ってたよ」
私の言葉に、二人の瞳がきらりと光った。ぎゅっと、私と距離を詰める。
「やっぱり!?」
「うわー、本当にそうだったんだ」
「イターい」
「私たちのこと見下してたんだねー」
申し訳程度に微笑みを向ける。
そのとき、廊下に人影が見えた気がして、よく目を凝らした。だれかが下駄箱の方に移動するようだった。その後ろ姿は、非常に見慣れたもので。
「……っ!」
──陽菜だ。
うそ、聞かれた?
ちがう、ちがうんだよ陽菜。
立花さんたちの声が、すごく遠くに聞こえる。
ごめん、この間も今も、ひどいこと言ってごめん。
ちょっと感情的になっちゃっただけなの。自分を守ろうとしただけなの。
こんなの、ただの言い訳にすぎない。分かってる、分かってるけど。
たった今、陽菜のことを深く傷つけた。陰でこっそり、陽菜を傷つけた。バレるとかばれないとか、そういうことじゃない。
……本当は、大切な人を傷つけたくなんてなかった。
なんて、綺麗事すぎる言い訳が、頭に浮かんだ。
私は結局、自分自身を守りたいだけだった。陽菜の味方でいようとしなかったんだ。
それから数日が経った、雪が降りしきる二月のこと。
陽菜は、駅のホームから線路内に飛び降りて、この世を去った。
