君の生きる理由になりたかった



「北条(ほうじょう)さんって絶対ナルシストだよね」
 

それから一週間ほどがたったある日の朝、突如教室中に響きわたる大きな声で、立花(たちばな)さんが陽菜の名前をあげた。
 
教室の空気が一瞬にして凍り付く感覚がした。一斉に教室は静まり返り、立花さんの方へと視線が集まる。私も例外ではなかった。どくん、どくん、と一定のスピードで心臓は嫌な音を立てる。
 
立花さんは、まるで勝ち誇ったかのように意地悪く口角をあげていた。その周りにいる赤堀(あかほり)さんたちも、同じような表情を見せている。
 
立花さんも、すごく友達が多くて明るい人だ。見た目も整っているし、頭もよく運動もできる。陽菜ほど群を抜いて多才なわけではないけれど、それでもたくさんの人から信頼と好意を寄せられているのが伝わってきていた。
 
そんな立花さんが、陽菜のことを悪く言ったりするわけがないと思っていた。ここに立つ立花さんが、私がまったく知らない人のように感じられてしまう。


「なんでも完璧にこなせる私かわいいって思ってるんだよ」

「あははっ、分かるー」

「やばー、超イタいじゃん」
 

甲高い笑い声が、教室を包む。背筋がぞくりと凍った。
 
そんなわけない。陽菜はそんなこと、思うわけない。自分がなんでもできてしまうことに、執着するような人じゃない。

むしろ、それを生かして積極的に人助けをしたり、だれかの役に立とうと動いているのが陽菜だ。そんな簡単にバカにしないで。

 頭のなかで、ぐるぐると反抗の言葉が浮かんでは消えていく。今の立花さんたちを前に、怖くてそんなこと言えるわけがない。
 
まだ教室に来たばっかりだった私たちは、お互いの席でそれぞれ準備をしていた。席に座ったままの陽菜のもとへ、立花さんたちは一歩二歩とゆっくり歩いて向かっていく。そして、陽菜の前でぴたりと立ち止まった。
 
陽菜は、こわばった表情をしていた。ぎゅっと真一文字に唇を結んで、じっと立花さんたちを見上げている。恐怖と怯えと不安と、たくさんの感情が入り混じっているにちがいないのに、その瞳からは陽菜の感情は上手に読み取れなかった。


「で、実際のところどうなの、北条さん?」
 

距離を詰めるように、立花さんは顔を陽菜に近づける。陽菜を威圧するような態度に怒りが湧き上がってくるけれど、それ以上の恐怖でかき消されてしまった。
 
固唾をのんで、みんなが事の成り行きを見守っている。なんて、聞こえのいい言葉には聞こえるけど、実際は自分はなにもされないようにと、ただじっとしているだけだ。


「……そんなこと思ってない。勝手に決めつけないで」

「おお、言うねえ。北条さんって、見た目の割に腹黒なんだねー?」
 

楽しそうに立花さんが笑い声を立てる。その様子が、私には正気に見えなかった。人を勝手な憶測で見下して、傷つけて、あざ笑って。まるで、それが正しいとでも言い張るかのような言い方に、怒りがこみ上げる。
 
それなのに、真っ向から言い返す陽菜を強いと思ってしまった。いや、ちがう。まっすぐでブレない、だれにも汚されていない綺麗で透明なその信念が、今だけはひどく痛々しく思えたのだ。
 
強さと弱さはきっと紙一重だ。その強さが、だんだんと着実に陽菜自身を傷つけていくことになるのが、このときだけでもよく理解できてしまった。
 
もしかしたら、この反発さえ、陽菜が自分を守るための嘘だったのかもしれない。私よりはるかに強い陽菜が、そんなことをするなんて考えたくなかっただけだった。

陽菜は、本当は私が思うよりずっと弱い人だったのかもしれない。私がこんな性格だということを陽菜は知っていたから、私に言えなかっただけで。どうしたって、そう思わずにはいられない。
 
この日を境に、分かりやすく陽菜へのいじめが始まったのだった。