君の生きる理由になりたかった



私の居場所はどこにもなくていい。私が幸せになっていいはずがない。無理やりにでもそう思わなければ、私のなかの何かが壊れてしまう。消したくて、でも絶対に消えてくれない、なにか。その答えは、本当はずっと分かっていたのかもしれない。


「ねえ、今日の放課後カラオケ行かない?」

「あり!どこのカラオケにする?」

「やっぱり駅前のところじゃない?」

「そうだよねー、安いし」


三つの机をくっつけて、色とりどりのお弁当をそれぞれ並べた。九月の日ざしがカーテンの隙間から覗いて、私たちの机を照らしている。まだ、夏が終わる気配はまったくと言っていいほどしない。

私は、薄い黄色のお弁当箱のなかに入った、卵焼きを一つつまんで口に頬張った。そうすることでしか、この気まずさは解消できないから。


「あ、待って。今日彼氏とデートの約束入ってるんだった」

「は? ちょっと実来(みく)、それ先に言って」

「ごめーん。すっかり忘れてて」

「約束忘れられるとか、彼氏がかわいそー」

「うるさいな」


梨紗(りさ)はあきれたようにため息をついて、水色のお弁当箱の中に入った、野菜をつまんだ。それを横目で見ながら、私も自分のおかずを続けて口に入れる。

実来には、他校の彼氏がいる。たしか、先日の合コンで出会ったと言っていた。実来は明るく大雑把な性格ゆえか、常に彼氏がいるような状態で、それも決まって長続きしない。そのうえ淡々としていたらいいのだけど、彼氏と別れれば本来その彼に向けるべき怒りの矛先を、私たちに向けてくるのだ。それがきっかけで、幾度実来と梨紗が喧嘩したことだろう。


「今回は続きそうなの?」

「まあ、いつもよりかは。彼、超優しいから、私がなにしても許してくれそう」

「そう言っていつもすぐ別れるじゃん」

「もう、どうして梨紗はそういうキツイ言い方しかできないわけ?」


あ、やばい。

だんだんと二人の間の空気が悪くなるのを感じて、胸の奥がひやりとする。

話しかけられないようにしないと。だって、うまく答えられるか分からない。

うつむいてお弁当を食べることで、そういう雰囲気を出そうというアイデアが浮かんだときには、もう遅かった。実来の視線が、あからさまに私に注がれている。


「ねえ、千鶴もそう思うよね?」

「はは、どうかな……」


こういうとき、どうやったらお互いが傷つかない言い方ができるのだろう。

言い淀んだ私を見て、実来が眉根を寄せた。

ちがう。求めてる答えは、これじゃなかったんだ。

本当は分かっている。実来は私がうなずくのを待っているのだ。でも、梨紗の求めてる答えは?きっと、私が首を横に振ることだろう。じゃあ、二人ともが求めているものは?考えれば、考えるほど分からない。
 
結局、私のなかでは答えが出ず、これ以上なにも言うことができなかった。口をつぐんだ私を見て、梨紗があきれた顔をする。


「ちょっと実来。千鶴困ってんじゃん」

「もとはと言えば梨紗が悪いんでしょ」

「第一、実来は彼氏のことなめすぎなんだよ。彼氏をなんだと思ってるの」

「な……っ。なめてなんかないし! ただちょっと優しそうだって言っただけだよ」

「あー、はいはい」

「ちょっと、受け流さないでちゃんと聞いて!」


梨紗はサバサバした性格だからか、思ったことを良くも悪くも口にする。だから、実来の機嫌を損ねることが多々あるのだ。今だってそうだ。

でも、二人の相性はいいんじゃないかと思う。共通点も多ければ、ちがうところも多いから。

実際、二人は高校一年生のときから仲良くしている。そんな二人と私が仲よくしているのは、二年生になった最初の頃の三人組で行うグループワークのときに、一人だった私に声をかけてくれたのが二人だったからだ。

それからなんとなく一緒にいるようになったが、私たちは周囲から見ても性格がちがいすぎるため、どうして一緒にいるのだろうと不思議がられているのが、言葉にしなくても伝わる。実来も梨紗も、私といる時間より、他の目立つ女の子たちといることの方が多い。

だけど、今さら二人と離れることなんてできない。だって、どうしたって一人は怖い。私は、一人で大丈夫だと思えるほど強くはないのだ。二人とのつながりが切れてしまえば、いよいよ私は一人になってしまう。

もう一度二人の姿をうかがうと、私の予想は外れ、いつの間にか仲良く話していた。その光景に、ほっと一息をつく。二人が喧嘩をしても、私は片方に付くことなどできないので、何もできずに終わってしまう。結局、二人が自然に仲直りをするのを待つだけ。


「えー、じゃあ実来はカラオケ行けないのか。じゃあ、千鶴来る?」

「あ……」


二人の話題が先ほどのカラオケの話に戻った。梨紗は相変わらずの淡白な瞳で、私の方を見やる。それに返事をするかのように、私は困った笑みをつくった。


「ごめんね、ちょっと……。全然、嫌ってわけじゃないんだけど」


……嘘だ。
 
本当は、行きたくない。幼い頃からずっと、集団行動が苦手なのだ。人の目を気にしなくていいプライベートくらい、一人でゆっくりしたい。
 
嫌がられるかな、と不安に思いながら、梨紗の返事を待つ。


「そっかー、千鶴も行けないのかー」
 

これもまた予想と反し、梨紗の声は思いのほかのびのびとしていて、平坦なものだった。今日のカラオケは断念するか、と梨紗がつぶやく。


「本当にごめんね、梨紗」

「あやまることじゃないでしょ。でもさ、千鶴って一回も私たちと遊んでくれたことないよね?」

「あ、えっと……」

「私たちといるの、そんなに嫌?」

「そんなわけ、ない……!」
 

これは、本当だ。
 
梨紗の声のトーンが大きくなったことに、内心とても焦った。心臓がひときわ大きく跳ねる。絶対に一人にはなりたくない。ここで否定しなければ、絶対に一人になってしまう。


「ふうん、そっか」
 

いまだ納得のいっていなさそうな声色で、梨紗がうなずいた。とりあえず、今日はこれ以上詰められることはなさそうだ。それでいい。今にも壊れて切れてしまいそうなものを、私だけが必死に繋ぎ止めようとしているだけの関係でも。


「でさ……」

「あははっ、なにそれ……」


今日も私は、その会話に入ることはできない。ただ二人のやり取りを聞いたり、考えごとをしたりして過ごしているだけだ。話しかけられたときに対応できないこともあるから、考えごとをするのはなるべく避けているけど。

お弁当の中身は、気がつけば空っぽになってしまっていた。