「千鶴?」
クリスマス当日の夜、にぎわう街を歩いていた私の名前をだれかが呼んだ。驚いて振り返ると、黒のパーカー姿の祈里がビニール袋を片手に立っていた。
「なんだ祈里か、びっくりした……」
「はは、ごめん」
軽やかに祈里が笑う。
「なにしてたの?」
「買い物に行った帰り。なんかごちそう作るんだってさ」
「作る?祈里が……?」
でも今のは、祈里が料理をするような言い草には聞こえなかった。だけど、祈里には両親がいないと言っていたし。それに、祈里は料理ができないと言っていた。
思わず首をかしげると、祈里は「ああ」と合点がいったように声をあげた。
「そういえば言ってなかったな。俺、叔父さんと一緒に暮らしてるんだ。叔父さんは母さんの弟」
「叔父さんと……。いいね、ごちそう」
「逆に千鶴は?」
それ、と私の右手を指さす。祈里に見せようと、私は手に持っていた白い箱を小さく掲げた。
「私もお母さんがごちそう作ってくれるんだって。頼まれてホールケーキ買いに行ってたの、苺のなんだけど」
「あれ、寺岡たちとパーティーするんじゃねえの?」
「あっ、えっと……」
目が泳いだのを、自分で感じた。
祈里はなにも悪くないのに、あの寂しさがよみがえってしまう。
「実は、誘われなくて……」
へらっ、と癖で得意の愛想笑いを顔に貼り付けた。
誘われない、なんて本当に惨めすぎる。今頃実来たちは、梨紗の家でパーティーをしているのだろうか。そこでみんなが楽しそうに笑っているのが容易に想像できた。
痛いくらい分かっているけれど、私がいなくてもそれは当然成り立ってしまう。自分が梨紗たちを笑顔にしたことは、きっと一度だってないはずなのに。
「よかったじゃん」
「え?」
予想外だった祈里の言葉に、思わず目を見開いた。
これは決して、私をバカにしたような言葉じゃないことは分かっている。それでも、ためらいを隠すことができない。
「だって、せっかくのクリスマスまで、居心地の悪い思いしなくていいんだろ」
「あっ、そっか……そうだよね」
たしかに、そういう考え方もあるよね。寂しいだけじゃないのか。
誘われていたとしても、断る以前に居心地の悪い思いをしていたにちがいない。どうやって断ればいいんだろうとか、雰囲気を悪くしたくないだとか。
結局これが、いちばん望ましかったのかもしれない。
「誘われてたとしても、私絶対断ってた」
「たしかに千鶴ならそうかもな」
ふと、祈里の頬がゆるんでいるのに気が付いて、胸がぽっと灯りがついたように温かくなった。
祈里が笑うとこんなにうれしくなるのは、やっぱり祈里のことが好きだから?
そのとき、頬になにか冷たいものが落ちるのを感じた。ゆっくりと空を見上げる。
「わっ、雪?」
降ってきたかと思えば、それは急速に粒を大きくして私たちに降り注いだ。夜の黒と雪の白の対比がすごく綺麗で、雪に向かって手を伸ばす。
「綺麗……ホワイトクリスマスってやつ?」
「……千鶴」
「えっ、なに……っ」
そっと、祈里が私の頭に触れた。その甘い匂いに、ひゅっと息をのむ。祈里が近くて、心臓が変に音をたてた。
鎖骨あたりまで伸ばした髪がかすかに揺れる。
「雪、ついてる」
「な、なんだ……」
手を離すと、祈里はそうつぶやいた。
ゆっくりと、鼓動のスピードが落ち着いていく。
「びっくりしたじゃん……ばかっ」
「ははっ、千鶴も言うようになったな」
「そっちだって、肩に雪ついてる」
「本当だ」
なんでもないことのように、祈里はさっと自分の肩についた雪を手で払った。その様を、少しだけ複雑な気分で見つめる。
初めての感覚に、すごくどぎまぎした。それだけじゃなくて、私だけがこんなに振り回されているようで、歯がゆささえ感じてしまう。
「私、実来たちに誘われなくて寂しいって思ってたけど」
「うん」
「今日、祈里に会えたからよかった」
いつだってそうだった。
私につきまとう寂しささえ、祈里といればかき消されていく。それはきっと、祈里がそれ以上の温かさとか優しさをくれるからで、つまりは全部祈里のおかげってことだ。
祈里の驚いた顔に、また少しうれしくなってしまう。
「言ってくれればいつでも会えるのに」
「……そういうことじゃないもん」
いたずらっぽく祈里が笑った。
やっぱり私だけが振り回されてる。変わらず歯がゆいしちょっとだけ悔しいのに、それなのにどこか満足している自分もいて、自分のことがよく分からなくなった。
でも、だからこそこの時間が好きだとも思った。
