十一月の初め、定期試験が行われた。私たちの高校は前期・後期に分かれているので、今回は後期の中間試験だ。
結果はというと、普段と比べてあまりよくなかった。それもそのはずで、ただでさえ苦手な数学がかなり難しい範囲だったことに加えて、祈里のことで頭がいっぱいでなかなか勉強に手がつけられなかったのだ。もちろん、祈里が悪いわけではない。ただ自分の不甲斐なかっただけだ。
「千鶴」
「……梨紗?」
とある日の休み時間、梨紗がテストの問題用紙を持って私のところに来た。質問かな。私が分かる範囲だったらいいんだけど。
「ねえ、ここの問題の答え教えて。あと解き方も」
梨紗が指をさしたところの問題を見る。
……あ。そこ、私も分からなかったところ。
そこは数学の最後の大問で、解き方すらよく分からなかったところだった。先生が授業中に解説してくれけど、そこでもあまり理解できなかった。また今度、質問に行こうと思っていたのだ。
「えっと……、ごめん。私もよく分かんなくて」
「えー?」
私の返答に、梨紗は顔をしかめた。その反応にすごくいたたまれなくなる。
……嫌な気分にさせたよね、絶対。梨紗が小さくため息をついた。
「もう、頼りにならないなあ」
「ご、ごめ……」
「ま、いーや。ちがう人に聞いてくる」
そう言って、梨紗は踵を返した。
頼りにならない。その言葉がぐっと胸に突き刺さる。
今まで、実来と梨紗に頼りになると言われることで、そんな存在でいることで二人との関係を繋ぎとめてきたのだ。梨紗がなにげなく言った言葉だとは分かっているけど、その立場がなくなってしまったのかもしれない、と焦ってしまう。
……梨紗たちが私といる理由がなくなってしまったかもしれない、と。
こんなに大袈裟に考える必要はないのだろうか。でも、私が一人にならないために作り上げたポジションだったのだ。
「千鶴も分かんないってさー」
「え、千鶴もー?」
実来と梨紗の会話が聞こえてくる。ぎゅっとこぶしを握って、ダメだと分かっているのに聞き耳を立ててしまう。
「千鶴が分かんないなら、私たちが分かるわけなくない?」
「本当に!千鶴にしては頼りになんないなあ」
「それ、さっき私も同じこと言った」
「やばっ、私たち仲良すぎる」
……梨紗だけじゃなかった。実来も、私のことを頼りにならないと思ってしまったのか。その〝私たち〟の中には、当たり前のように私は含まれていない。
分かっていた。本当はずっと、三人組ではなくて梨紗と実来の二人だったこと。私はその輪のなかにはいないことも。だれ一人私がそのなかにいるとは、思っていなかった。
ズキズキと胸が痛い。こんなことで、と思われるかもしれない。でもそうじゃない。私にとっては、〝こんなこと〟じゃない。
「なになにー?結城さんがどうしたの?」
「別に大した話じゃないよー。ただちょっと、いつもより頼りにならなかったってだけで」
「え、結城さんって頼りになるんだ?」
「ちょっと、それはひどくない?」
「ちがうちがう、知らなかっただけだし。だから結城さんとも一緒にいるの?」
「そうに決まってんじゃん」
……どうしよう。
二人の会話に、どんどん人が集まってくる。冷や汗がじんわりと手のひらに浮かんで、もっと強くこぶしを握った。どくどく、と鼓動が速くなる。
仲がいい友達じゃない。頼りになるから、都合がいいから一緒にいるだけ。二人にとって私はたった、それだけ。
実来の声が少しだけ、嘲笑を含んでいるように聞こえる。
「第一、千鶴って私たちとはちがうっていうか」
「あっ、分かる。バカな私たちといて楽しいのかな」
「いつも遠慮してるように見える」
「私らといるより、一人でいる方が好きそうだよね」
「やっぱ、話しかけない方がいい?」
「どうなんだろうねー」
どうしたら、よかったんだろう。
やっぱり、情けなかった。目のふちに涙が滲むのを感じて、こぼさないようにぎゅっと目を閉じる。
そんなふうに思われていたのか。
私がもっとちゃんと、先生の解説を理解していたら、きちんと問題を解けていたら、梨紗に教えることができたら、こんなことにはならなかった?
……ちがう。そんな簡単なことじゃない。
きっと、ずっと前から間違っていた。どこから、なんて言えるくらい、具体的なタイミングなんてものはなかったのだろう。ただの積み重ねにすぎない。
一緒にいて楽しいのかは分からない。でも、私がこの場所にいるために、二人と過ごすことは必要不可欠だった。だって、そうすれば一人にならないから。だれの目も怖くないから。
もし私が、自分の意見をきちんと言うことができて、周りに流されることがなかったら、こんなに悩むこともなかったのかな。深く受け止めないで、そんな挑発すら流すことができたら、もし、私にもみんなと同じような笑顔があれば。
チャイムが無理やり、その会話をさえぎった。それなのに、惨めさだけは私のなかに残る。
