君の生きる理由になりたかった



その放課後も、祈里と帰る約束をしていた。今日は、教室からみんなが出て行ったあとに、二人で並んで教室を出た。


「どこ行きたい?」
 

下駄箱で靴を履き替え、校門に向かっているとき、祈里が私に聞いた。私の答えは、もう決まっている。


「あの丘に行きたい」

「そういえば先週は行ってないな」
 

たしかに、そうだった。なんだかんだ先週は、あの丘に行かずに過ごした。それに特段深い理由があるわけでもないけど、あの丘に行く頻度が多いからそう感じるだけかもしれない。


「なあ、千鶴」

「……ん?」

「次の日曜、空いてる?」

「え?うん、空いてる、けど」
 

私が休日に予定があることは少ない。それもそのはずで、実来たちの誘いもほとんど断っているから。
 
それがいったい、どうしたっていうのだろう。


「せっかくだから出かけない?どうするかは千鶴の好きにしていいよ」

「えっ」
 

出かける?二人で?
 
いや、二人で放課後は出かけているけど、休日となれば話はちがう。それから、単純に祈里がそんなことを言いだしたことに驚いている。なんとなく、休日は家から出たくなさそうだと思っていた。


「で、出かけるって、どこに?」

「まだ決めてない。ぶらぶらするだけでもいいし」

「たしかに……」
 

そういう外出の仕方もあるのか。普段友達と遊ばない分、その辺の感覚がイマイチつかめないのかもしれない。


「千鶴は行きたい?」
 

この祈里の質問に対する選択権は、私にある。いつも祈里は、私の本音を優しく引き出そうとしてくれる。だから私も、話したくなってしまうのかな。


「行きたい」
 

普段なら、絶対に取らない選択肢。でも、祈里となら出かけてみたいと思った。なにか、祈里を知れるきっかけになるんじゃないかって。


「じゃ、約束な」


そう言って、祈里は優しく笑う。その笑顔に、私まで嬉しくなる。
 
……楽しみだな。
 
そう思える自分が意外だった。祈里といると、今まで知らなかった自分と出会う。


「着いた……」
 

そうこうしているうちに、丘にたどり着いた。
 
今日も澄み切った晴天で、夕焼けが綺麗に映えていた。地平線のそばで、海をきらきらと照らしながら、私たちまでもを光で包む。。
 
それから、いつも通り芝生の上に並んで腰を下ろした。


「ここに来たいってことは、忘れたいことがあったんだな」

「……なんで分かるの?」

「意外と分かりやすいよ、千鶴」
 

……初めて言われたな。やっぱり祈里は、人のことをよく見ている。こんな些細な変化にも気づけるなんて、さすがすぎる。
 
私のことが祈里にお見通しなのは、なぜか悪い気がしない。たまに、祈里だけが分かっているようで寂しくなったりはするけど。


「……実はね」
 

さっきあったことを、祈里に話してもいいかな。打ち明けてみても、いいかな。
 
祈里の悪口を言ってしまった後悔を、祈里本人に伝えるなんておかしな話だし、今までだったら失礼すぎて絶対に言えなかった。それでも、祈里に聞いてほしい。


「実来と梨紗が、色んな人のこと、悪く言ってたの」

「うん」

「そこで、祈里の話も出てきて……。そんなはずないって分かってて、心の中ではたくさん反論してたのに、結局二人に同調しちゃった」


ぽつりぽつりと、自分の本音を話す。拍子抜けするほど、思ったよりするすると言葉は出てきた。


「ほかにも、今日いろいろあってね、梨紗に『なんで千鶴はなにも言わないの?』って言われちゃったの。結局私、あやまることしかできなくて……、本当情けないよね」
 

祈里を見て、私は笑みを浮かべてみる。でも、祈里は何も言わずに私を見ていた。それから、少し考える素振りを見せてから、ふっと笑った。


「優しいんだな、千鶴って」

「え……?」
 

祈里の口から飛び出したのは、思いもしない言葉だった。

今の話を聞いて、どこが優しいと思ったの?むしろ逆じゃないかな。だって、自分について嫌なことを言われてるんだよ?


『千鶴の優しいとこ、好き!』
 

不意に、いつかの無邪気な少女が口にした言葉が、聞こえた気がした。
 
どくん、と心臓が音を立てる。
 
ああ、やだな、私。あのときからずっと、大切な人一人さえかばうことができない。大切にしたい人はたくさんいるのに、そのだれも。
 
小さく息を吐く。なにかが逆流するように今、私のところに戻ってきたような気がした。


「どうして、優しいと思ったの? むしろ、こんなこと言ってるなんて最低じゃん」

「だって、千鶴は何も悪くない」

「は……?」
 

どうして?ぜんぶ、私が悪いからこういう結末を迎えたんでしょう。私が悪いから、こんなに自己嫌悪にさいなまれているんじゃないの?
 
それなのに、祈里は真剣な顔をするから、余計に意味が分からない。


「ただ少し、人より不器用なだけだろ。自分のことを話すのが苦手なだけ」

「……っ、でも」
 

なんでそんなふうに、言ってくれるんだろう。


「全然、上手に言葉にできないだけじゃなくて、なんでも、流されてばっかだし……」

「それでいいんじゃねえの、千鶴」

「……え」
 

思いもよらなかった祈里の言葉に驚く。そんなことない、と思うけれど、そんな優しい顔をされたら、本当にそうだと思ってしまう。


「完璧じゃなくたっていい。苦手なこととか、不器用なことがあってなにが悪い?千鶴の場合はそれが、日常のなかで触れないといけないものだったってだけ。うまく言葉にできなくたって、千鶴の言葉に耳を傾けてくれる人はちゃんといるんだし」


……そんな考えも、あるんだ。
 
私が流されやすいのも、上手に自分のことを話せないのも、私の中の不器用なことのひとつってだけ。ただ、それだけ。
 
……それだけのことだって、思ってもいいかな。
 
祈里の言葉がすとん、と胸に落ちる。その瞬間、今までにないほど心が軽くなるのを感じた。あまり重く捉えすぎなくてもいいんだ。それで、いいんだ。


「ちゃんと耳を傾けてくれる人、って……?」

「例えばだけど、俺とか。千鶴がなにか話したくなったら、ちゃんと聞く。千鶴が安心できる場所に、なれたらいい」
 

目頭がじーんと熱くなる。
 
……私、一人じゃないんだ。
 
もし抱えきれなくなったら、誰かに話したくなったら、祈里のところに行ってもいいのかな。そんなことを言ってくれる人がいるとは思わなかったな。


「……私も」
 

私も、祈里と同じように。


「祈里が安心できる場所になりたい」
 

祈里の目をしっかり見て、そう告げる。祈里は目を大きく見開いて、私を見ていた。その顔が見たかった。……だから、満足だ。


「……なんで」
 

ぽつりと、祈里がつぶやく。私を責めるような声色じゃなかった。ただ純粋に、疑問に思っているような声色。
 
どうしてそんなに、自虐的な表情を浮かべるのだろう。


「祈里がこんな私と、向き合おうとしてくれるからだよ。理由はそれだけじゃないけど、もっと祈里といたいって思ってる」

「……」

「ありがとう、祈里」
 

まだまだ短い期間だけど、すでにたくさんの優しくて、私を勇気づけるような言葉をくれて。
 
私と一緒に、いようとしてくれて。
 
今までよりもはるかに、前を向けるようになった気がする。