十月も中盤に差し掛かり、暑さも和らいで過ごしやすい季節になった。祈里とはあれからも、二、三日に一回くらいのペースで一緒に帰っている。あの丘に行ったり、教室で二人で時間をつぶすこともあれば、まっすぐ家に帰ることもある。
「ねえねえ、さっきの先生めっちゃムカつかなかった!?本当に最悪なんだけど!!」
「分かるー。さすがにあれはない」
休み時間、実来と梨紗は数学の先生に怒りを隠せないようだ。今日までに提出しなければならない課題を二人が提出しなかったため、授業中に名指しで叱られたからだと思う。
見せて、と今日も頼まれたのだけれど、私は昨日のうちに課題を提出していて手元になかったので、二人は課題を済ませることができなかったのだ。
「ねえ、千鶴なんで昨日提出しちゃったの!?」
「ご、ごめん……。早めに出しちゃいたかったから……」
「私たちに言ってから提出してよ! 千鶴がいないとダメなんだから」
思わず唇をかむ。
一見聞こえのいい言葉に見えるけれど、やっぱり都合のよすぎる言葉だ。そう分かっているのに、なにも言い返すことができないんだから、私って本当に情けない。
「……ごめんね」
「もう実来、そんなに千鶴のこと責めなくてもいいじゃん」
「だって!」
「たしかに先生、超ムカついたけど!」
梨紗が実来をなだめ、ほっとしたのも束の間、梨紗が私の方を見た。続く言葉はなんとなく予想がついて、いたたまれなくなる。
「なんで千鶴も、なにも言わないの?」
「……」
「私も、提出する前に言ってほしかったって思うけど。なんで実来にここまで言われて、なにも言わないの?」
梨紗の言っていることはもっともだ。もっともだって、分かってる、けど。
もし二人に反論して、厳しい言葉が返ってきたらどうしよう。一人になってしまったらどうしよう。そんな思いが、私をがんじがらめにする。
「……ごめん」
どうしてあやまることしかできないんだろう。梨紗が望んでるのはこれじゃないって、ちゃんと分かっているのに。
梨紗は、納得のいかない表情で私を見た。しかし、なにも言わず実来と向き合う。
「ねえ実来、アイツまた告白したらしいよ」
「はあっ!?これで何回目?誰でもいいのかな」
「そうじゃない?自分がかっこいいって思ってる感じがヤダ。ちゃんと鏡見ろっつーの」
「分かる! そのくせさー……」
どうやら、話題は変わったらしい。クラスの男子の愚痴だ。こういうのは、愛想笑いをしながらうなずいていれば、乗り切ることができる。
「やっぱ男子ってみんな、自分のことかっこいいーって思ってるのかな」
「思ってるでしょ。あっ、柳瀬とかあれで思ってたら面白い」
「……っ」
不意に祈里の名前が出てきて、息が詰まる。
「たしかに!いや意外と思ってるかもよ」
「なんかイメージ変わった」
なんで?祈里はそんなこと絶対に思わない。きっと、だれにも言えないことをそっと抱えて生きている。確信はないけれど、こんな私を気にかけてくれる人だから。勝手な憶測で祈里のこと悪く言わないで。
「ね、千鶴もそう思わない?」
「えっ」
実来が面白そうな顔で私を見る。
……あ、これはきっと、同調を求めている。分かっている。こういう話では、私たちは同調以外は求めないのだ。
「あっ、うん……、そうだね」
「やっぱりかー! 千鶴もそう思うよね!」
口にしてしまった瞬間、どろっとした黒いモヤが私を襲った。笑顔の実来とは裏腹に、私は自己嫌悪に陥る。
どうして私は、何も言えないんだろう。大切にしたいと思えてきた相手のことさえ、守ることができないんだろう。
やっぱり私は、私が嫌いだ。
