GWの最終日の今日は、もうすっかり初夏の気配がする。
つい数日前までは薄手のアウターを羽織っていたけれど、今日は必要ない。
シフォン素材のワンショルダートップスに、膝丈のタイトスカート、ショートブーツ。
ヒールの高さは7センチ。
自分の身長を足すと170㎝。
あ、高い位置で結んだポニーテールの結び目を足したら171㎝になるかなあ?
……ま、ともかく。
隣を歩くあっちゃんがヒールなしで176㎝。
だから、これくらい身長を盛るのが丁度いいと思ってる。
午前の上映回を観終わってロビーに出ると、昼過ぎの映画館は思っていた以上に賑わっていた。
フード販売のカウンターに出来た不揃いの列を避けながら、あっちゃんの左腕に自分の腕を絡めて歩く。
今日のあっちゃんは強めのギャルがコンセプトらしい。
濃いめのメイクに明るい茶髪のストレートヘア。
ワンショルダートップスは今日のドレスコードだから一緒だけど、素材や形は全然違う。
あっちゃんが選んだのは身体のラインが出る薄手のニット。ショート丈だから、ハイウェストのダメージデニムとの間の肌が見えている。
セクシーでかっこよくて、すごくあっちゃんに似合ってる。
「ねぇねぇ、君たち今映画観終わったところ?それともこれから?」
不意に、左後方から声をかけられて足を止める。
振り向けば、金髪と黒髪の二人組の男の人。
こちらを見て怖いくらい綺麗に微笑んでいた。
……大学生、くらいかな。
お兄さんたちの頭のてっぺんから足先まで順に眺める。
金髪のお兄さんは派手な柄シャツに、ダメージデニム。ピアスも沢山。
黒髪のお兄さんの方は全身黒でまとめたモノトーンコーデだけど、耳・首・指に光るシルバーアクセはどれもいかつい。
……いかにも、って感じだよね。
無害そうな笑みを向けてくるけど……。
さっきからこっちの露出している肌ばかり見てきていることに本人たちは自覚ないのかな?
目は口ほどに物を言う。
まさにその通りだ。
下心がまるで隠せていない。
ナンパするなら、もうちょっと上手くやりなよね……。
こちらが立ち止まったことで勝算があると思ったのか、お兄さんたちは弾んだ足取りで正面に回り込んでくる。
「君たちかわいいから、つい声かけちゃった」
「オレらもふたり、そっちもふたり。丁度いいし、一緒に遊ばない?」
問われて、右横にいるあっちゃんを窺い見た。
同じようにこちらを見ていたあっちゃんが不敵な笑みを浮かべたのを認め、首肯する。
——いつもの“あれ”、いきますか……!
こちらの返事をわくわくしながら待っている様子のお兄さんたちに、ふたりでとびっきりの笑顔を向ける。
お兄さんたちの頬がぽっと色づくと同時に、
訊いた——
「「私たち男だけど、いいの?」」
普段より、ずっとずうっと、低い声で。
まるで洋画の吹替声優と役者がちぐはぐみたいな状況だ。
案の定、お兄さんたちはぽかんとして固まってしまった。
その顔があまりにも間抜けな表情で、つい笑ってしまいそうになるのを必死に堪える。
「「じゃあね、お兄さんたち」」
呆けたままのお兄さんたちに明るく声をかけ、僕たちはその場を後にした。
映画館を出ると、ふたり同時に吹き出して、思い切り声を出して笑った。
「ねえ、あっちゃん見た?お兄さんたち、すっごいびっくりしてた」
「ほんと、ほんと!いつもみんないいリアクションしてくれるからたまんないね」
「ちょっと前は僕たちの顔をまじまじと見て『あれ……?もしかして男?』なんて、先手打たれることもあったけどね」
「今じゃ騙せちゃうもんね」
「僕たちの女装の腕も磨かれたってことだね」
笑いすぎて浮かんだ涙を、メイクが落ちないように慎重に拭う。
13歳から女装を始めて3年。最初は新手のモンスターみたいだった女装も、堂々と街を歩けるくらい立派になった。
それもこれも、あっちゃんこと多田敦に高校で出会えたおかげだ。
元々敦とは女装好き同志としてSNS上で繋がってはいたけれど、たまにやり取りをする程度で、決して仲がいいとは言えなかった。けれど、偶然進学する高校が同じだとわかり、一気に距離が縮まった。
去年の入学式で初めて会って、そこからは学校でも休日でもずっと一緒だ。お互いに切磋琢磨し合えたことで、女装の技術はメキメキと上達した。
「ね、ゆうちゃん。いつもの写真撮っとこ」
テンションが上がって天然のチークが差したあっちゃんが言う。
“ゆうちゃん”は、女装してる時の僕の愛称だ。高田雄太郎、だから“ゆうちゃん”。
「うん!あ、こっちの壁際で撮ろ」
通行の妨げにならないような場所に移動して、インカメで写真を撮った。
女装だとバレずにナンパされたら写真を撮る。
これは敦と一緒に女装して出かけるようになってから、ふたりで決めたことだ。
バレてしまった時は、即その場で何がダメだったのかを考える。これも決めたこと。
女装をより良いものにするために僕たちは努力を惜しまない。
「ね、ゆうちゃん単体でも写真撮っていい?今日の服装、特に好みなんだよね」
敦がはしゃいで言う。
へえ……、敦はこういう感じが好きなんだ。
脳内メモに書いて忘れないようにしなきゃ。
「いいよ。その代わり、あっちゃんもあとで撮らせて」
「もちろん!」
お互いに満足するまで撮りあって、スマホの写真を選別して送り合う。
「あ〜どのゆうちゃんもかわいい!本当に僕の理想そのものだよ!」
頬を紅潮させた敦は、うっとりした表情で言った。
「ありがとう。すっごい嬉しい」
敦はいつも僕の女装を“理想”だと言ってくれる。
僕にとっても、敦は理想だ。
でもそれは、女装した淳だけでない。
素の“多田淳”という人間そのものが理想なんだ。
「あ〜ゆうちゃんみたいな彼女ほしい〜!……って、普段の僕じゃ無理か」
なんて言って自虐的に敦は笑う。
僕たちは、メイクを落とせば所謂平凡を煮詰めたような顔立ちで。だからこそ顔をキャンバスにして理想の顔を描くことができるという利点もあるけれど。
敦は一重のすっきりとした塩顔で、面長。
僕は奥二重でほっぺに厚みがある丸顔。
同じ平凡でもタイプが真逆。
それぞれの骨格や素材を活かして女装をしているから、女装の系統も必然的に真逆になる。
ないものねだりというやつなのか、僕の可愛い系の女装は敦のツボにハマったらしかった。
だから、僕はその路線を極めようと研究に研究を重ねている。
だって、僕が敦の理想である限り、敦はたぶん彼女を作ることはしないと思うから。
“理想の僕”が敦を独占できる内は、絶対にこの座を誰にも渡したくない。
できれば——ずっと……だと嬉しいけど。
「デート体験したくなったら言って。敦は普通の格好で、僕が女装して行くから」
「え〜!普段の僕じゃ釣り合わないって!それに敦とだったら僕も女装したいよ!」
嬉しいような、悲しいような。
僕は敦を恋愛として好きだけど、敦は僕をそう思っていないって再認識させられる。
ストレートの敦にとっての僕はあくまで女装仲間、良き理解者の友達ってところだ。
「あ、そろそろ予約してたカフェに移動しないと!」
スマホの時計を確認した敦が、ぼんやりしていた僕の手を取って歩き出す。
女装をしているからこそ繋げるこの手を、僕は強く握り返した。
——いつか、“理想”の僕と“普通の”僕が混ざって、敦の恋人になれたらいいのになあ……。
そんなことを思いながら。
つい数日前までは薄手のアウターを羽織っていたけれど、今日は必要ない。
シフォン素材のワンショルダートップスに、膝丈のタイトスカート、ショートブーツ。
ヒールの高さは7センチ。
自分の身長を足すと170㎝。
あ、高い位置で結んだポニーテールの結び目を足したら171㎝になるかなあ?
……ま、ともかく。
隣を歩くあっちゃんがヒールなしで176㎝。
だから、これくらい身長を盛るのが丁度いいと思ってる。
午前の上映回を観終わってロビーに出ると、昼過ぎの映画館は思っていた以上に賑わっていた。
フード販売のカウンターに出来た不揃いの列を避けながら、あっちゃんの左腕に自分の腕を絡めて歩く。
今日のあっちゃんは強めのギャルがコンセプトらしい。
濃いめのメイクに明るい茶髪のストレートヘア。
ワンショルダートップスは今日のドレスコードだから一緒だけど、素材や形は全然違う。
あっちゃんが選んだのは身体のラインが出る薄手のニット。ショート丈だから、ハイウェストのダメージデニムとの間の肌が見えている。
セクシーでかっこよくて、すごくあっちゃんに似合ってる。
「ねぇねぇ、君たち今映画観終わったところ?それともこれから?」
不意に、左後方から声をかけられて足を止める。
振り向けば、金髪と黒髪の二人組の男の人。
こちらを見て怖いくらい綺麗に微笑んでいた。
……大学生、くらいかな。
お兄さんたちの頭のてっぺんから足先まで順に眺める。
金髪のお兄さんは派手な柄シャツに、ダメージデニム。ピアスも沢山。
黒髪のお兄さんの方は全身黒でまとめたモノトーンコーデだけど、耳・首・指に光るシルバーアクセはどれもいかつい。
……いかにも、って感じだよね。
無害そうな笑みを向けてくるけど……。
さっきからこっちの露出している肌ばかり見てきていることに本人たちは自覚ないのかな?
目は口ほどに物を言う。
まさにその通りだ。
下心がまるで隠せていない。
ナンパするなら、もうちょっと上手くやりなよね……。
こちらが立ち止まったことで勝算があると思ったのか、お兄さんたちは弾んだ足取りで正面に回り込んでくる。
「君たちかわいいから、つい声かけちゃった」
「オレらもふたり、そっちもふたり。丁度いいし、一緒に遊ばない?」
問われて、右横にいるあっちゃんを窺い見た。
同じようにこちらを見ていたあっちゃんが不敵な笑みを浮かべたのを認め、首肯する。
——いつもの“あれ”、いきますか……!
こちらの返事をわくわくしながら待っている様子のお兄さんたちに、ふたりでとびっきりの笑顔を向ける。
お兄さんたちの頬がぽっと色づくと同時に、
訊いた——
「「私たち男だけど、いいの?」」
普段より、ずっとずうっと、低い声で。
まるで洋画の吹替声優と役者がちぐはぐみたいな状況だ。
案の定、お兄さんたちはぽかんとして固まってしまった。
その顔があまりにも間抜けな表情で、つい笑ってしまいそうになるのを必死に堪える。
「「じゃあね、お兄さんたち」」
呆けたままのお兄さんたちに明るく声をかけ、僕たちはその場を後にした。
映画館を出ると、ふたり同時に吹き出して、思い切り声を出して笑った。
「ねえ、あっちゃん見た?お兄さんたち、すっごいびっくりしてた」
「ほんと、ほんと!いつもみんないいリアクションしてくれるからたまんないね」
「ちょっと前は僕たちの顔をまじまじと見て『あれ……?もしかして男?』なんて、先手打たれることもあったけどね」
「今じゃ騙せちゃうもんね」
「僕たちの女装の腕も磨かれたってことだね」
笑いすぎて浮かんだ涙を、メイクが落ちないように慎重に拭う。
13歳から女装を始めて3年。最初は新手のモンスターみたいだった女装も、堂々と街を歩けるくらい立派になった。
それもこれも、あっちゃんこと多田敦に高校で出会えたおかげだ。
元々敦とは女装好き同志としてSNS上で繋がってはいたけれど、たまにやり取りをする程度で、決して仲がいいとは言えなかった。けれど、偶然進学する高校が同じだとわかり、一気に距離が縮まった。
去年の入学式で初めて会って、そこからは学校でも休日でもずっと一緒だ。お互いに切磋琢磨し合えたことで、女装の技術はメキメキと上達した。
「ね、ゆうちゃん。いつもの写真撮っとこ」
テンションが上がって天然のチークが差したあっちゃんが言う。
“ゆうちゃん”は、女装してる時の僕の愛称だ。高田雄太郎、だから“ゆうちゃん”。
「うん!あ、こっちの壁際で撮ろ」
通行の妨げにならないような場所に移動して、インカメで写真を撮った。
女装だとバレずにナンパされたら写真を撮る。
これは敦と一緒に女装して出かけるようになってから、ふたりで決めたことだ。
バレてしまった時は、即その場で何がダメだったのかを考える。これも決めたこと。
女装をより良いものにするために僕たちは努力を惜しまない。
「ね、ゆうちゃん単体でも写真撮っていい?今日の服装、特に好みなんだよね」
敦がはしゃいで言う。
へえ……、敦はこういう感じが好きなんだ。
脳内メモに書いて忘れないようにしなきゃ。
「いいよ。その代わり、あっちゃんもあとで撮らせて」
「もちろん!」
お互いに満足するまで撮りあって、スマホの写真を選別して送り合う。
「あ〜どのゆうちゃんもかわいい!本当に僕の理想そのものだよ!」
頬を紅潮させた敦は、うっとりした表情で言った。
「ありがとう。すっごい嬉しい」
敦はいつも僕の女装を“理想”だと言ってくれる。
僕にとっても、敦は理想だ。
でもそれは、女装した淳だけでない。
素の“多田淳”という人間そのものが理想なんだ。
「あ〜ゆうちゃんみたいな彼女ほしい〜!……って、普段の僕じゃ無理か」
なんて言って自虐的に敦は笑う。
僕たちは、メイクを落とせば所謂平凡を煮詰めたような顔立ちで。だからこそ顔をキャンバスにして理想の顔を描くことができるという利点もあるけれど。
敦は一重のすっきりとした塩顔で、面長。
僕は奥二重でほっぺに厚みがある丸顔。
同じ平凡でもタイプが真逆。
それぞれの骨格や素材を活かして女装をしているから、女装の系統も必然的に真逆になる。
ないものねだりというやつなのか、僕の可愛い系の女装は敦のツボにハマったらしかった。
だから、僕はその路線を極めようと研究に研究を重ねている。
だって、僕が敦の理想である限り、敦はたぶん彼女を作ることはしないと思うから。
“理想の僕”が敦を独占できる内は、絶対にこの座を誰にも渡したくない。
できれば——ずっと……だと嬉しいけど。
「デート体験したくなったら言って。敦は普通の格好で、僕が女装して行くから」
「え〜!普段の僕じゃ釣り合わないって!それに敦とだったら僕も女装したいよ!」
嬉しいような、悲しいような。
僕は敦を恋愛として好きだけど、敦は僕をそう思っていないって再認識させられる。
ストレートの敦にとっての僕はあくまで女装仲間、良き理解者の友達ってところだ。
「あ、そろそろ予約してたカフェに移動しないと!」
スマホの時計を確認した敦が、ぼんやりしていた僕の手を取って歩き出す。
女装をしているからこそ繋げるこの手を、僕は強く握り返した。
——いつか、“理想”の僕と“普通の”僕が混ざって、敦の恋人になれたらいいのになあ……。
そんなことを思いながら。



