秋が早足で去り、ニットが恋しくなる今日この頃。見頃を終えた紅葉の山は眠るように彩度を落とし、人々のファッションは明度の低い色が増えてゆく。
「農協の売店、行ってみたけど、例の編み物売ってなかったよ」
「撤退したんじゃない? 売れなそうだし」
「逆っしょ? 売れ過ぎて、つくり間に合わないんじゃない?」
紺色のブレザーを着たクラスメイトは、スマートフォンに目を落としたまま雑談する。
担任の白洲先生は休職の後に退職してしまい、代わりに古郡先生が担任になった。
「フルゴリラ、見て! ブルーベリー染めの毛糸のベスト!」
「多賀谷、凄いじゃないか! お前のその技術、一生大事にしろよな!」
「あざっす」
古郡先生に褒められた彼は、軽い足取りで俺のところに来た。俺は、スマートフォンを伏せて精一杯睨む。
「多賀谷圭斗、来んな」
「うわ、嬉しい」
「俺と一緒に居たら、あんたの人望が地に落ちる」
それも理由のひとつ。他にも、学校で彼を避けたい理由がある。女子が噂している、農協の売店のニット小物を出品していたのが俺のおばあちゃんで、俺も手伝っていたと知られたくないのだ。でも、そこまで突き止める人はいないのかもしれない。クラスメイトはスマートフォンに夢中で、相手を見て話さない。話題の中心も、スマートフォンの情報だ。人を見て話すのなんて、多賀谷圭斗、彼くらいだ。
「じゃあ、今度の日曜日」
「うん」
彼が離れたのを見て、俺は伏せたスマートフォンをまた見た。何度も何度も見返してしまう。介護施設に入所したおばあちゃんの写真だ。
急いで入院中に編んだ膝掛けを、退院と同時におばあちゃんに贈った。輪で作り目をして、ネット編み5段と松葉編み1段を繰り返した正方形の膝掛けだ。
「透ちゃんは、おばあちゃんの自慢の孫だよ」
おばあちゃんは、泣きながら喜んでくれた。無理をさせてごめんね、とおばあちゃんに言わせたくなかった。俺も、言われたくなかった。
おばあちゃんが入所して一か月。家にいたときと変わらない様子で、膝掛けを広げて見せる写真を、何度も見返してしまう。おばあちゃんの手伝いをしなくなっても、俺は、多分編み続ける。以前よりも編み物の本を見たり、編み物動画を探すことが増え、編みたいものも増えた。手が届かないと思っていたひとに近づけて、本当は、また手を伸ばしたくなった。
寒風で体の芯まで冷える日曜日。俺はついに、初めて、あの場所に行けることになった。
「え!? 自転車で来たの? 知ってたら迎えに行ったのに」
「迎えに来てもらっても、結局自転車じゃん」
電車もバスも通らない休耕田の真ん中に、どかんと建つショッピングモール。俺の家から自転車で片道50分のところにある。
「うん……確かに。じいさんとばあさんは老人会の旅行だし、親父と姉貴は海釣り、おふくろは女子会。大人達は趣味を満喫し過ぎ」
趣味を満喫する多賀谷家の皆様へ。圭斗くんも趣味を満喫する子に育ちましたよ。
「うちは、おばあちゃんの面会と細々した用事」
「大人って、忙しいな」
暖房の効いたショッピングモールに入り、フードコートでランチしてから、初のユカワヤに行く。
「あれ、フルゴリラじゃん」
「お、多賀谷と透」
古郡先生と、ばったり会った。初心者向けの本と、かぎ針、アクリル毛糸を手にしている。
「フルゴリラも編むの?」
「誰かさんのせいで、知識と技術を増やさないと対抗できないからな」
「あ、そうなの。健闘を祈る」
「多賀谷、お前、他人事だな!」
そう言っても上機嫌な古郡先生は、レジに行ってしまった。
今まで百均の毛糸しか買わなかった俺にとって、専門店の毛糸は高価で、俺のお小遣いでは手が届かない。ランチが痛手だった。
「透、好きなの選んで」
「でも、お金が」
「俺が買いたいんだよ」
「奢りにしては金額が高くない?」
「奢りじゃなくて!」
彼は、売り場を見回した。
積み上げられた「わたあめ」の棚の死角に移動し、耳打ちされる。
「お前にセーター編みたいんだけど!」
「農協の売店、行ってみたけど、例の編み物売ってなかったよ」
「撤退したんじゃない? 売れなそうだし」
「逆っしょ? 売れ過ぎて、つくり間に合わないんじゃない?」
紺色のブレザーを着たクラスメイトは、スマートフォンに目を落としたまま雑談する。
担任の白洲先生は休職の後に退職してしまい、代わりに古郡先生が担任になった。
「フルゴリラ、見て! ブルーベリー染めの毛糸のベスト!」
「多賀谷、凄いじゃないか! お前のその技術、一生大事にしろよな!」
「あざっす」
古郡先生に褒められた彼は、軽い足取りで俺のところに来た。俺は、スマートフォンを伏せて精一杯睨む。
「多賀谷圭斗、来んな」
「うわ、嬉しい」
「俺と一緒に居たら、あんたの人望が地に落ちる」
それも理由のひとつ。他にも、学校で彼を避けたい理由がある。女子が噂している、農協の売店のニット小物を出品していたのが俺のおばあちゃんで、俺も手伝っていたと知られたくないのだ。でも、そこまで突き止める人はいないのかもしれない。クラスメイトはスマートフォンに夢中で、相手を見て話さない。話題の中心も、スマートフォンの情報だ。人を見て話すのなんて、多賀谷圭斗、彼くらいだ。
「じゃあ、今度の日曜日」
「うん」
彼が離れたのを見て、俺は伏せたスマートフォンをまた見た。何度も何度も見返してしまう。介護施設に入所したおばあちゃんの写真だ。
急いで入院中に編んだ膝掛けを、退院と同時におばあちゃんに贈った。輪で作り目をして、ネット編み5段と松葉編み1段を繰り返した正方形の膝掛けだ。
「透ちゃんは、おばあちゃんの自慢の孫だよ」
おばあちゃんは、泣きながら喜んでくれた。無理をさせてごめんね、とおばあちゃんに言わせたくなかった。俺も、言われたくなかった。
おばあちゃんが入所して一か月。家にいたときと変わらない様子で、膝掛けを広げて見せる写真を、何度も見返してしまう。おばあちゃんの手伝いをしなくなっても、俺は、多分編み続ける。以前よりも編み物の本を見たり、編み物動画を探すことが増え、編みたいものも増えた。手が届かないと思っていたひとに近づけて、本当は、また手を伸ばしたくなった。
寒風で体の芯まで冷える日曜日。俺はついに、初めて、あの場所に行けることになった。
「え!? 自転車で来たの? 知ってたら迎えに行ったのに」
「迎えに来てもらっても、結局自転車じゃん」
電車もバスも通らない休耕田の真ん中に、どかんと建つショッピングモール。俺の家から自転車で片道50分のところにある。
「うん……確かに。じいさんとばあさんは老人会の旅行だし、親父と姉貴は海釣り、おふくろは女子会。大人達は趣味を満喫し過ぎ」
趣味を満喫する多賀谷家の皆様へ。圭斗くんも趣味を満喫する子に育ちましたよ。
「うちは、おばあちゃんの面会と細々した用事」
「大人って、忙しいな」
暖房の効いたショッピングモールに入り、フードコートでランチしてから、初のユカワヤに行く。
「あれ、フルゴリラじゃん」
「お、多賀谷と透」
古郡先生と、ばったり会った。初心者向けの本と、かぎ針、アクリル毛糸を手にしている。
「フルゴリラも編むの?」
「誰かさんのせいで、知識と技術を増やさないと対抗できないからな」
「あ、そうなの。健闘を祈る」
「多賀谷、お前、他人事だな!」
そう言っても上機嫌な古郡先生は、レジに行ってしまった。
今まで百均の毛糸しか買わなかった俺にとって、専門店の毛糸は高価で、俺のお小遣いでは手が届かない。ランチが痛手だった。
「透、好きなの選んで」
「でも、お金が」
「俺が買いたいんだよ」
「奢りにしては金額が高くない?」
「奢りじゃなくて!」
彼は、売り場を見回した。
積み上げられた「わたあめ」の棚の死角に移動し、耳打ちされる。
「お前にセーター編みたいんだけど!」



