次の日も、彼は学校帰りに面会に来た。紺色の太い糸でざっくり編まれたオーバーサイズのベストは、肩がすっぽり隠れ、半袖のようになっている。
「進んだ」
俺が膝掛けを見せると、彼もリュックサックから棒針を出す。
「進んだ」
メリヤス編みの均一で綺麗な編み目は、もはや芸術の域に入っている。
「綺麗」
「ブルーベリー染めの毛糸なんだって。ユカワヤで袋買いしちゃった」
綺麗って、そういう意味で言ったわけではないが、確かに毛糸の色も綺麗だ。見目麗しい彼が黙々と「美」を生み出す。これ喜ばしからずや。
「ユカワヤ、まだ行ったことない」
「まじで? 今度行こうよ」
彼は隣の市に住んでいて、電車もバスも通らない高校まで自転車で30分かけて通学している。大型ショッピングモールが近所で、アルバイト先のファストフード店も、ユカワヤも、同じ敷地にあるらしい。
「今度」
手が届かないとばかり思っていた彼が、近くにいる。同じ時間を過ごして、「今度」と約束まがいの会話もして、急に世界が変わった気がした。
「あらぁ、今の子も編み物するのね」
「素敵じゃないの」
「あなたのお友達、男前ねえ」
入院患者も、面会の人も、代わる代わる俺達を見に来る。噂になっていても、おかしくない。今日はちょっとばかり、外野が騒がしい。
あまり作業が進まないまま、外は日が暮れてしまった。
「ごめん! 帰る!」
「こっちこそ、ごめん。自転車だよね?」
慌ただしくリュックサックを背負って病室を出る彼を、俺は追ってしまった。今日は、このまま別れるのが惜しい。
運悪くエレベーターが閉まってしまい、彼は天井を仰いだ。俯いて溜息をつき、びくっと震える。
「居たの!?」
「見送り。玄関まで」
そろそろ夕飯の時間だ。他の面会の人も、エレベーターの前に並び始める。結構な人数だった。
下りのエレベーターに乗り込み、どちらからというわけでもなく、手をつないだ。隣の人に押されたふりをして彼に寄りかかる。
「可愛過ぎるだろ」
彼が呟いた。
エレベーターを下り、玄関前で、彼は足を止めた。
「明日と明後日はバイトで、面会の時間に間に合わない」
「明々後日、退院」
「じゃあ、次は、学校で」
「うん。またね」
玄関を出て振り返った彼に、大きく手を振る。退院までに膝掛けを編み終えるには、どれくらいペースを上げれば間に合うだろうと、自然と頭で考え始めていたから、自分でも気づかないうちに気持ちが切り替わっていたのだろう。しかし、彼はそうもいかなかった。
彼が、猛ダッシュで戻ってきた。
「とおるー!」
自転車で追いかけられた数日前の記憶が、フラッシュバックした。
「抱かせろー!」
逃げる一択。エレベーターが来ず、階段を駆け上がるが、踊り場で追いつかれて背後から抱きつかれてしまった。
「……間違えた! ハグさせろ!」
「もう遅いよ!」
「フクロモモンガみたいで可愛過ぎるんだよ!」
「お医者さんに頭診てもらえば!?」
「透の悩みごととかも、まるっと全部好きなんだよ!」
犬か猫を「吸う」ごとく擦りつかれ、誰もこの階段を通らないことを切実に願った。突っ立っていれば爽やかな美男子で、人当たりも良いのに、その実はどこか残念なひと。でも、もう少しだけ、「吸われ」ても良いかもしれないと、魔が差した。
この日の夕飯は提供時間を大幅に遅れて病室に戻り、下膳される寸前だった。
「進んだ」
俺が膝掛けを見せると、彼もリュックサックから棒針を出す。
「進んだ」
メリヤス編みの均一で綺麗な編み目は、もはや芸術の域に入っている。
「綺麗」
「ブルーベリー染めの毛糸なんだって。ユカワヤで袋買いしちゃった」
綺麗って、そういう意味で言ったわけではないが、確かに毛糸の色も綺麗だ。見目麗しい彼が黙々と「美」を生み出す。これ喜ばしからずや。
「ユカワヤ、まだ行ったことない」
「まじで? 今度行こうよ」
彼は隣の市に住んでいて、電車もバスも通らない高校まで自転車で30分かけて通学している。大型ショッピングモールが近所で、アルバイト先のファストフード店も、ユカワヤも、同じ敷地にあるらしい。
「今度」
手が届かないとばかり思っていた彼が、近くにいる。同じ時間を過ごして、「今度」と約束まがいの会話もして、急に世界が変わった気がした。
「あらぁ、今の子も編み物するのね」
「素敵じゃないの」
「あなたのお友達、男前ねえ」
入院患者も、面会の人も、代わる代わる俺達を見に来る。噂になっていても、おかしくない。今日はちょっとばかり、外野が騒がしい。
あまり作業が進まないまま、外は日が暮れてしまった。
「ごめん! 帰る!」
「こっちこそ、ごめん。自転車だよね?」
慌ただしくリュックサックを背負って病室を出る彼を、俺は追ってしまった。今日は、このまま別れるのが惜しい。
運悪くエレベーターが閉まってしまい、彼は天井を仰いだ。俯いて溜息をつき、びくっと震える。
「居たの!?」
「見送り。玄関まで」
そろそろ夕飯の時間だ。他の面会の人も、エレベーターの前に並び始める。結構な人数だった。
下りのエレベーターに乗り込み、どちらからというわけでもなく、手をつないだ。隣の人に押されたふりをして彼に寄りかかる。
「可愛過ぎるだろ」
彼が呟いた。
エレベーターを下り、玄関前で、彼は足を止めた。
「明日と明後日はバイトで、面会の時間に間に合わない」
「明々後日、退院」
「じゃあ、次は、学校で」
「うん。またね」
玄関を出て振り返った彼に、大きく手を振る。退院までに膝掛けを編み終えるには、どれくらいペースを上げれば間に合うだろうと、自然と頭で考え始めていたから、自分でも気づかないうちに気持ちが切り替わっていたのだろう。しかし、彼はそうもいかなかった。
彼が、猛ダッシュで戻ってきた。
「とおるー!」
自転車で追いかけられた数日前の記憶が、フラッシュバックした。
「抱かせろー!」
逃げる一択。エレベーターが来ず、階段を駆け上がるが、踊り場で追いつかれて背後から抱きつかれてしまった。
「……間違えた! ハグさせろ!」
「もう遅いよ!」
「フクロモモンガみたいで可愛過ぎるんだよ!」
「お医者さんに頭診てもらえば!?」
「透の悩みごととかも、まるっと全部好きなんだよ!」
犬か猫を「吸う」ごとく擦りつかれ、誰もこの階段を通らないことを切実に願った。突っ立っていれば爽やかな美男子で、人当たりも良いのに、その実はどこか残念なひと。でも、もう少しだけ、「吸われ」ても良いかもしれないと、魔が差した。
この日の夕飯は提供時間を大幅に遅れて病室に戻り、下膳される寸前だった。



