お前にセーター編みたいんだけど!

「多賀谷! なんだその三角ショールは! ユカワヤのグラデーションコットンだろう!」
 今日も古郡先生は元気だ。
「やっぱり、寒々しいですよね?」
「確かに、もう秋冬物じゃないと風邪を引く……じゃなくて! 三角ショールはアウトだ!」
「今日くらい見逃して下さいよ」
 今日も多賀谷は元気だ。
「モデル立ちでタンブラー持って三角ショール羽織って、雑誌の特集みたいで似合うのが、また腹立つ! じゃなくて!」
「じゃあ、白洲先生に裁かれときますね」
「多賀谷! 話を聞け! 白洲先生は――」
 古郡先生の声が、途切れた。
「安野……透! 大丈夫か! 返事しろ!」
 途切れたのは、俺の方だった。一瞬だけ、意識が落ちたらしい。俺は、誰かの腕の中にいた。眼前には、サックスブルーの編み地。誰かに抱きしめられたのなんか、本当に久しぶりだ。


 気がつくと、白い天井と点滴の台が見えた。SNSで見かける「入院しました」投稿のようである。
 ようである、ではなく、俺は入院してしまった。医師から症状は告げられたが、受け入れられない。ここにいるわけにはゆかないと、ベッドから下りようとして落ちたけど、自分のことなのに他人のことのようだ。
 睡眠不足と過労。点滴加療で1週間入院予定。大変なことは何もしていないのに、倒れるとは、恥ずかしい。大部屋のカーテンは閉め切ってもらい、昼夜問わず寝続け、気がつくと、夕方になっていた。スマートフォンで日時を確認すると、倒れてから3日経っており、時刻は17時になろうとしていた。17時。思わず起き上がる。
「透、調子はどうだ?」
 ちょうどそのとき面会に来たのは、古郡先生だった。
「差し入れ。学校には、内緒にしてくれ」
 古郡先生が持ってきたのは、編み物の本と巨大な毛糸玉だった。ユカワヤの「わたあめ」。モヘアの一歩手前のふわふわの、ウールとポリエステルの混合。ウェブで情報は見るが、実際に商品を見たのは、初めてだった。
「言いません。先生が編み物に詳しいって」
「内緒って、そっちじゃねえよ。個人的に、生徒に何かあげたことだ。本当は、昨日持って来たかったんだけど、昨日は白洲先生のことでばたばたして、面会時間に間に合わなかった」
「白洲先生、何かあったんですか?」
「倒れた。自宅でお母さんの介護をしてるって話は聞いてたけど、働きながら面倒を見るのは限界だったらしい。透と同じだよ」
 多賀谷と軽妙なやり取りをする熱血教師の勢いは、なかった。古郡先生はテンションが高いようで、人のことをよく見ている。そういえば、「寝てるのか」と俺にも声をかけてくれたっけ。
「俺、限界じゃないです。限界じゃないのに」
「その話をする相手は、俺で良いのか?」
 そう言われて、俺は躊躇(ためら)った。話をしなくちゃならないのは、両親と、おばあちゃんだ。愚痴をこぼしたい相手は、誰もいない。
「ちゃんと休んで、飯を食えよ」
 そう言って、古郡先生はカーテンの向こうに行ってしまった。カーテンの外で誰かと言い争う声が聞こえる。その相手は、おそらく、やっぱり。