千年先も、この日々を

 宵明国(よいあけのくに)。それは、人と神が生み出した国。
 忌地と呼ばれ誰もが嫌ったその場所に国が生み出されたのも、今では神話として語り継がれるほど昔の話になるのだが。

「ふわぁ……」

 柔く欠伸がもれる。濡羽色のさらさらとした長髪に、窓から振り下ろす燦然とした日光が反射して一層輝きを放つ。
 彼女の名は采華(さいか)。この国を建国したとされる一柱の神。と言っても、現在では国の運営を人間に受け渡し、守り神として、国の中心に佇む神社に祀られているだけなのだが。

「采華さまー!」
「ねーねー! すごいよ!」

 きゃあきゃあと自分を呼ぶ子供達の歓声が聞こえる。何故こんな朝からと疑問を呈したが、そういえば今日から世間では夏休みというものだったなと思い出す。
 朝早くから元気なのは結構なことだが、『遊ぼう』ではなく『凄い』と言っているのは一体何故だろうか。そんな事を思いながら、襖を開けた。

「でた! おはよー!」
「おはよー!!」
「はいはい、おはよう。どうしたの?」

 目の前の子供達は采華の姿を見つけると笑顔で手を振る。そんな彼らに手を振りかえし、神社の境内に姿を現した。
 境内では既に子供達が何人か集まっていて、缶蹴りでもしているのだろうか、きゃあきゃあと声を出して笑っている。そんな彼らを見守りながら、大人達は境内の掃除や参拝をしていた。

「おはようございます、采華様」
「おはよう。朝早くからありがとうね」
「いえいえ、我々が好きでやっているのですから」
「ふふ、昔とは大違い」

 此方の姿を見つけたのか、老人の一人が声を掛けてくる。最近では毎日のように境内を掃除してくれているのだけれど、少年の頃はやんちゃばかりの生意気な少年でったのだから、時の流れとは不思議なものである。

 一般的な価値観としては、神社の境内というものは神聖な場所であり、軽率に遊ぶのはいただけないだろう。しかし采華がいいと言っているのでこの状況に何ら問題はない。

 境内の表には砂利道が広がり、今のような時期には老若男女が集まって毎朝体操を行っている。裏手に存在する小さな林では子供達が虫取りやかくれんぼに精を出す。少し離れた場所にある藤棚は満開になればこの国でも五本の指に入るほどの絶景であり、国民の憩いの場となっている。
 そんな風景が、采華にとっては何よりも愛おしかった。

「それで、どうしたの?」

 自分を呼んでいた子供達のことを思い出し、どうしたのか尋ねる。

「あのね、藤棚がへんなの!」

 藤棚、と言えば、境内の端にあるものだろうか。先日見に行った時には異変なんてなかったと記憶しているが、彼らがそういうということは、何かしらの異変があったのだろう。

 子供達に腕を引かれながら藤棚の方に歩みを進めるが、近づけば近づくほど人混みが濃くなっていく。確かにこの時期に人がいることは何ら珍しくないのだが、それにしても多すぎる気がした。
 人混みを掻き分けながら藤棚に着く。そして件の藤を眺めた時、采華には彼らが困惑していた理由がわかったような気がしたのだった。

「……え?」

 藤が、咲いている。

 それも一、二房の話ではない、満開なのだ。目が眩むほどの量の藤棚が、まるで旬の如く咲き誇っている。
 常識的に考えて、こんなことあり得ない。藤の花の旬は春だけれど、今は夏も盛る頃。それに今年の旬にはちゃんとこのように咲き誇ったのだ、一度散ったものが再び花をつけるだなんて、この藤を植えてからの千年間、一度も無かった事だというのに。

(どうして……よりにもよって、“彼”の命日に)

 偶然か、或いは必然か。そんな疑惑が采華の心を蝕もうとする。
 しかし、今の彼女は一国の創造主たる神。しっかりしろ、と己に喝を入れて、周りの群衆に声をかけた。

「……ご安心ください。この原因については、今後私が調べましょう。念のため、暫く藤棚には近づかないように」

 荒げず、それでいてこの人混みに紛れて消えることもない、よく通る声色で。
 神、という存在の威光は大きいもので、それを聞くや否や、藤棚に群がっていた群衆は家や神社の方に戻って行ったのだった。