庇護欲のコンピレーション・アルバム『愛でたくなる受け』

1. コミュ障&不器用過ぎて放っておけない受け × 面倒見のいいクラスメイト
 冬の足音が聞こえる十一月。放課後の美術室で、結城(ゆうき)は頭を抱えていた。
 文化祭の居残り作業。不器用な結城の担当は、クラスの出し物で使う巨大な看板の文字塗りだった。
「ひゃっ、あ……」
 またやってしまった。絵の具のついた筆を落とし、お気に入りの上履きを真っ青に染めてしまう。結城は極度のコミュ障で、かつ恐ろしいほどに不器用だった。手先が信じられないくらいに動かない。クラスメイトに「手伝おうか?」と言われても、緊張のあまり「あ、う、大丈夫、です……!」と変な声で拒絶してしまい、結果的に周囲を困惑させて一人で居残る羽目になっていた。
「おい、結城。またやってんの」
 ガラッと扉を開けて入ってきたのは、同じ班のリーダー格で、面倒見のいい佐々木(ささき)だった。
「さ、さささ、佐々木くん! ち、違うの、これは、その」
「違くないだろ。足、真っ青じゃん」
 佐々木はため息をつきながら結城の前にしゃがみ込み、濡れた雑巾で結城の上履きを拭き始めた。
「あ、あの! 自分で、やります、から……!」
「お前がやると余計に広がる。じっとしてろ」
 至近距離で、佐々木の手が自分の足を優しく掴んでいる。結城は顔を真っ赤にしてフリーズした。
 結城はただ、みんなの足を引っ張りたくなくて、一生懸命役に立とうと必死だった。不器用な手を何度も絵の具で汚しながら、泣きそうな目で看板に向き合っていたのだ。その姿を、佐々木は隠れてずっと見ていた。
「結城、お前さ。もっと人を頼れよ。……というか、俺を頼れ」
「え……?」
「一生懸命なのは分かるけど、お前が一人で泣きそうになってると、なんか……放っておけねぇんだよ。胸がざわざわする」
 佐々木の目が、いつになく真剣に結城を見つめる。
「俺が全部手伝ってやるから、もう一人で抱え込むな」
 その言葉に、結城はただコクコクと、壊れた玩具のように何度も頷くことしかできなかった。
2. ひとり行動が好きなのかと思ったらただの人見知りだった受け × 世話焼きな先輩
 大学のキャンパスの中庭。いつも一人でポツンとベンチに座り、文庫本を読んでいる新入生がいた。彼の名前は瀬尾(せお)。
 端正な顔立ちと、周囲を寄せ付けない冷ややかなオーラから、周囲からは「一匹狼のクールな一男」と噂されていた。
 だが、同じサークルの先輩である高橋(たかはし)だけは、彼の「真実」を知っていた。
「瀬尾、隣いい?」
「……ッ! あ、は、はい……!」
 高橋が声をかけた瞬間、瀬尾の肩がビクッと跳ね上がる。文庫本を持つ指先が、小刻みに震えているのが見て取れた。
「何読んでるの?」
「あ、えっと……その、む、難しい、本、じゃなくて……ライトノベル、です……」
「へえ、面白そうじゃん。今度貸してよ」
「えっ!? あ、あの、ぼ、僕なんかので、良ければ……!」
 瀬尾は、一人が好きなわけでは決してなかった。ただの、絶望的なほどの人見知りだった。
 本当はみんなの輪に入りたい。けれど、話しかけるタイミングが分からない。声をかけられたら緊張で心臓が破裂しそうになる。だから、防衛策として「読書に没頭している風のオーラ」を必死に醸し出していただけなのだ。
「瀬尾、本当はサークルの飲み会、来たかったんだろ?」
「う、ぅ……」
 図星を突かれ、瀬尾は耳まで真っ赤にして俯いた。俯いた拍子に、緊張で持っていたお茶のペットボトルを落としそうになり、それを高橋がスマートに受け止める。
「人見知りなだけなのに、誤解されてかわいそうに。……でも、俺の前だけでその可愛い姿見せてくれるなら、他の一軍連中には秘密にしといてあげてもいいよ?」
「かわ、いい、なんて……!」
 必死に涙目で否定しようとする瀬尾の頭を、高橋は愛おしさに耐えかねたように大きな手で手荒く、だけど優しく撫で回した。
3. 好きな人の前でだけ素直になれない受け × 包容力カンスト幼馴染
「別に、お前なんかと一緒に帰りたくて待ってたわけじゃないからな!」
 高校の昇降口。腕を組んでツンとそっぽを向いているのは、幼馴染の椎名(しいな)だ。
 対する相馬(そうま)は、「はいはい」と苦笑しながらブレザーのポケットに手を突っ込む。
 椎名は普段、クラスメイトや教師に対しては非常に礼儀正しく、物腰の柔らかい「いい子」だ。しかし、なぜか相馬の前でだけは、トゲのある態度をとってしまう。
「じゃあ、なんで俺の下駄箱の前で三十分もスマホいじってたの?」
「それは、その……! 今日の数学の課題が難しくて、お前に聞こうと思っただけで! 他意はない!」
「ふーん。じゃあ課題、俺の部屋でやる?」
「……っ、行ってあげても、いいけど」
 椎名はふいっと顔を背けたが、その耳たぶは完全に熟したトマトのように赤くなっていた。
 素直になれない。それが椎名の最大の悩みだった。本当は相馬のことが好きで好きでたまらないのに、顔を見ると恥ずかしさが限界を突破してしまい、可愛げのない言葉ばかりが口から飛び出してしまう。
 駅までの帰り道、トラックが脇を通り過ぎた瞬間、相馬が椎名の腕を引いて車道側から庇った。
「っ……!」
「危ねぇぞ、椎名。ちゃんと前見て歩け」
「……ありがと」
 蚊の鳴くような声で、椎名が呟く。
「え? なんて?」
「……ありがとうって言ったんだよ! バカ相馬!」
 怒ったように早足で歩き出す椎名だが、その手はしっかりと相馬のブレザーの袖を掴んでいた。
(素直になれないくせに、こういうところは本当に可愛いんだから)
 相馬の庇護欲はすでに限界だった。相馬は掴まれた袖ごと、椎名の細い手を自分のポケットの中に引き入れた。
4. 天才型過ぎて人とのコミュニケーションは諦めている(興味がない)受け × 常識人の秀才部長
 大学の物理学研究室。そこには「変人天才」と名高い、二年の藤城(ふじしろ)が引きこもっている。
 藤城の頭脳は宇宙レベルだった。数式を見れば一瞬で解を導き出し、教授すらも唸らせる論文を書く。しかし、その代償として、人間関係におけるコミュニケーション能力を完全に捨て去っていた。
「藤城、また昼飯食ってないだろ。これ、サンドイッチ」
「……」
 研究室の先輩であり、数少ない藤城の理解者である織田(おだ)が差し出したパックを、藤城は虚ろな目で受け取る。
「織田さん……人間はなぜ、無駄な挨拶を交わす必要があるのでしょうか。時間の無駄です。数式は裏切りませんが、人間は感情という不確定要素が多すぎる」
「お前な、またクラスのグループワークで一言も喋らなかったらしいじゃん。周りが泣いてたぞ」
「私は、彼らのレベルに合わせて会話をする努力を諦めました。非効率ですから」
 そう言って、藤城は冷淡にパソコンの画面に向き直る。他人に興味がない。自分の世界だけで完結している。
 だが、織田は知っていた。藤城がなぜそこまで頑ななのか。過去に、その天才的な頭脳ゆえに「気味が悪い」「何を考えているか分からない」と周囲から疎外され、傷ついてきた結果の「諦め」なのだということを。
「効率悪くてもいいから、俺とは喋れ」
 織田は藤城の画面を遮るように、彼の細い肩を掴んだ。
「お前が他人を諦めても、俺はお前を諦めない。飯の食い方も、人との話し方も、俺が全部面倒見てやる」
「……織田さん、それは論理的ではありません。あなたにメリットが……」
「メリットなんかねぇよ。お前が不器用すぎて、俺がいないと餓死しそうだから守ってやりたいだけだ」
 藤城の綺麗な瞳が、初めて数式以外のもので大きく見開かれた。
5. クールかと思ったら何も考えてなかっただけの受け × 勘違いしてたヤンキー同級生
 学年一の「クールビューティー」と噂される、氷室(ひむろ)。
 常に無表情で、誰からの誘いも断り、窓の外をじっと見つめているミステリアスな存在。
 そんな彼に一目惚れし、なんとかお近づきになろうと必死にアプローチを続けていたのが、隣のクラスの少し気の荒い黒田(くろだ)だった。
 ある日の放課後、黒田はついに氷室を校舎の裏に呼び出した。
「おい、氷室。俺とお前、どっちが強いか勝負しろ……じゃなくて、俺と付き合え!」
「……」
 氷室は、相変わらずの無表情で黒田をじっと見つめている。その涼しげな目元、完璧なビジュアル。黒田は緊張で唾を飲み込んだ。
「……あ」
「あ?」
「黒田くん、だっけ。ごめん、今、今日の晩御飯のおかず、何にするか、考えてた」
「……は?」
 氷室の口から出たのは、あまりにも締まらない言葉だった。
「あと、なんか、窓の外見てる時、だいたい、鳥が飛んでるなー、とか、雲が美味しそうだなー、とか、しか思ってない。クールって、みんなに言われるけど、私、ただ、頭の中、真っ白な時間が多いだけ」
 そう、氷室はクールでも何でもなかった。ただ単に、何も考えていないだけの、のんびり屋だったのだ。
 周囲が勝手に「高嶺の花」と勘違いし、彼を神格化していただけだった。
「……お前、マジで言ってる?」
「うん。あと、今、お腹空いた。グーって鳴りそう」
 きょとんとした顔で、自分のお腹を押さえる氷室。そのあまりのポンコツ振りとギャップに、黒田の心臓は別の意味で激しく打ち鳴らされた。
「……な、なんだよそれ! 反則だろ!」
「え?」
「危なっかしすぎて見てらんねぇ! お前、変な男に騙される前に、俺が一生美味い飯食わせてやるからな! ついてこい!」
「え、ご飯、奢ってくれるの? 黒田くん、いい人……」
 ふにゃりと、氷室の無表情が信じられないくらい柔らかく緩んだ。黒田は完全にノックアウトされ、彼の腕を引いて猛ダッシュで購買へ向かった。
6. 一軍に頑張って合わせている受け(擬態陽キャ) × それを見抜いていた地味系隠れハイスペ
 高校の派手めなグループに属している、千歳(ちとせ)。
 毎日髪をセットし、流行りのブランドを身にまとい、「ウェーイ!」とクラスの中心で盛り上がっている。一見、完璧な「一軍男子」だ。
 しかし、彼らがカラオケやゲーセンに消えた後、千歳は一人、劇的な疲労感と共に学校の裏手にある図書室へと逃げ込んでいた。
「はぁぁぁ……疲れた……死ぬ……」
 ドサッと机に突っ伏した千歳に、図書室の主である地味なメガネの図書委員、乾(いぬい)が静かに冷たいお茶を差し出した。
「お疲れ様です、千歳くん。今日も擬態、頑張りましたね」
「うう、乾ぇ……聞いてよ、あいつらマジでテンション高すぎてついていけない……。本当は俺、家でアニメ見ながらポテチ食べてたいだけなのに……」
 千歳は、友達グループのノリに頑張って合わせているだけの「擬態陽キャ」だった。
 仲間外れにされるのが怖くて、必死に陽キャのセリフを勉強し、トレンドを追いかけ、一軍の仮面を被っていたのだ。本当の彼は、人混みが苦手な小心者のオタクだった。
「無理して合わせなければいいのに」
 乾はメガネの奥の鋭い瞳で、千歳を見つめる。乾は普段目立たないが、実は高身長で端正な顔立ちをした、隠れハイスペック男子だ。
「だって、一人になるの怖いし……。あいつらといると、自分がイケてる勘違いができるから……」
「バカですね。そんな偽物の居場所のために、毎日すり減って」
 乾は突っ伏している千歳の頭を、優しく指先で小突いた。
「俺の前では、そのダサくて可愛い本性でいればいい。一軍の連中に疲れたら、いつでもここに来い。俺が、お前の本当の居場所になってやるから」
「乾……っ」
 千歳の大きな瞳に涙が浮かぶ。必死に背伸びをしていた千歳を、乾は大きな腕で包み込み、その頭を自分の胸へと引き寄せた。
7. 隠せているつもりだけど気持ちがダダ洩れの受け × 察しのいいモテ先輩
 サークルの部室で、二年の水木(みずき)は先輩の神崎(かんざき)の後ろ姿を見つめていた。
(神崎先輩、今日もかっこいいなぁ……。背中広いなぁ。あ、髪切ったのかな、襟足がすっきりしてる。あー、好き。本当に好き。付き合いたい。抱きしめられたい……!)
 水木は、自分の恋心を完璧に隠せているつもりだった。ポーカーフェイスを維持し、平静を装って神崎と接している「つもり」だった。
 しかし。
 神崎が振り返った瞬間、水木の尻尾(幻覚)はちぎれんばかりに左右に振られ、目はキラキラと輝き、顔は「先輩大好きです!」と完全に書いてあった。さらに、神崎が「水木、これ食べる?」とチョコを差し出すと、耳まで真っ赤にして分かりやすく挙動不審になる。
「あ、ありが、ありがとうございます! 家宝にします!」
「チョコを家宝にするなよ」
 神崎はクスッと笑った。察しのいい神崎にとって、水木の態度は分かりやすすぎた。気持ちが百パーセント、ダダ洩れなのだ。
「水木、お前さ。俺のことどう思ってる?」
「えっ!? そ、尊敬する、偉大な先輩です!」
「ふーん。尊敬する先輩に、そんな熱い視線送るんだ? 俺が他の女子と話してる時、あからさまに不機嫌な顔になるくせに」
「えっ、あ、えっ……!?」
 水木はパニックに陥り、自分の口を手で押さえた。隠せていたつもりが、すべてバレていた。
「お前が一生懸命、平静を装おうとしてるの、可愛くてずっと見てたんだけど。……もう限界。そんなに俺のことが好きなら、言葉でちゃんと言ってよ。そしたら、今すぐ屋上に連れてってキスしてあげるから」
 神崎の意地悪で、だけど底なしに甘い微笑みに、水木は完全に降伏するしかなかった。
8. 天然記念物並みにめちゃくちゃピュアな受け × 独占欲の強いヤンキー
「あの、羽柴(はしば)くん! これ、お礼です!」
 放課後の廊下、クラスの不良として恐れられている羽柴の前に、小さな体で立ちはだかったのは、学級委員の小鳥遊(たかなし)だった。
 小鳥遊が差し出したのは、可愛らしいクマの形をしたクッキーだった。
「あ? なんだこれ」
「昨日、羽柴くんが私の代わりに重い荷物を持ってくれたお礼です! 私、嬉しくて、夜遅くまでクッキー焼いちゃいました!」
 満面の笑みで、一点の曇りもない瞳で羽柴を見つめる小鳥遊。
 羽柴は絶句した。昨日、自分はただ邪魔な荷物を蹴飛ばすついでに運んだだけだ。それを、このピュアすぎる生き物は「助けてくれた」と解釈し、手作りクッキーまで焼いてきた。
「お前……毒でも入ってんのか」
「えっ!? 入ってないです! 羽柴くんが健康でいられるように、お砂糖控えめにしました!」
 純粋。とにかく純粋。この令和の時代に、絶滅危惧種、いや天然記念物並みにめちゃくちゃピュアな男、それが小鳥遊だった。
 下ネタは一切通じないし、人が冗談で言った嘘を全部真に受けて泣いてしまうような子だ。
「……お前、他の男にもこういうことしてんの」
 羽柴の声が、低く震える。
「え? 羽柴くんだけです。だって、羽柴くんは特別優しいですから!」
 ズキン、と羽柴の胸に強烈な衝撃が走った。こんな無防備でピュアな生き物、他の悪い男に見つかったら一瞬で食い物にされてしまう。
 羽柴は小鳥遊の手からクッキーをひったくるように奪うと、もう片方の手で小鳥遊の細い手首をがっちりと掴んだ。
「おい、小鳥遊。お前、今日から俺の婚約者な」
「えっ……こん、やく……? それは、お友達の、もっとすごい版ですか?」
「そうだ。だから、他の男に笑顔見せるな。俺が一生、お前のこと守ってやるから」
 何も分かっていない小鳥遊は、「はい!」と嬉しそうに笑った。羽柴の独占欲が、完全に爆発した瞬間だった。
9. 遊んでそうに見えて実はめちゃくちゃピュアな受け × クールな生徒会長
 金髪にピアス、制服のシャツのボタンを三つ開け、いかにも「夜の街で遊んでます」という風貌の、鳴海(なるみ)。
 そんな彼が、なぜか生徒会室に呼び出されていた。対面に座るのは、眉目秀麗で冷徹な生徒会長、御子柴(みこしば)だ。
「鳴海くん。君の服装の乱れについて、何度注意すれば分かるんだ」
「ちぇー、御子柴センパイ、固いこと言わないでよ。俺、これでも結構モテるんだからさー。夜とか、いろんな経験、しちゃってるわけだし?」
 鳴海はニヤニヤしながら、御子柴をからかうように顔を近づけた。
 しかし、御子柴は動じない。それどころか、書類から目を離し、鳴海の目をじっと見つめた。
「いろんな経験、か。例えば?」
「え? それは、その……クラブで踊ったり、とか……朝まで、女の子と、その、ドライブ……とか?」
「ふーん。君、免許持ってないよね。それに、その耳のピアス、本物? イヤリングじゃないか?」
「なっ、なんでバレ……!」
 鳴海は慌てて耳を押さえた。
 そう、鳴海は「遊んでいる風」に擬態しているだけの、超絶ピュア男子だった。
 本当は門限の夜八時をきっちり守り、少女漫画を読んで夜な夜な涙を流しているようなウブな少年だ。ただ、舐められたくない一心で、ネットで調べた「イケてる男のファッション」を真似していただけだった。
 御子柴は立ち上がり、鳴海の目の前に歩み寄ると、彼の開いた襟元に手をかけた。
「ボタン、留めてあげるよ」
「あ、あの……!」
 至近距離で見つめられ、鳴海の顔は一気に沸騰した。
「いろいろ経験してるわりには、男に触られただけで、そんなに心臓がうるさく鳴るんだね」
「う、うるさ、っ……!」
「鳴海、嘘ついて強がるな。お前がめちゃくちゃピュアなことなんて、最初から知ってる。……可愛いから、誰にも見つからないように、俺がここで教育してあげようか?」
 御子柴の低い声が耳元で囁かれ、鳴海は生まれて初めての「本当の恋」に、完全に思考を停止させてしまった。
10. ツン9割デレ1割の、攻めの前でだけたまにデレる受け × 一途な熱血ワンコ攻め
「触んな! あっち行け! うっとうしい!」
 毎日、部活の部室で響き渡る声。怒鳴っているのは、サッカー部のエースでツンデレの極み、如月(きさらぎ)。
 怒鳴られているのは、如月に一目惚れして以来、大型犬のように付きまとっている一年の犬飼(いぬかい)だ。
 如月はとにかくツンが激しい。九割は怒っているか、そっぽを向いている。言葉遣いも荒いし、犬飼のアプローチをいつも全力で拒絶していた。
 しかし、二人が完全に二人きりになった時だけ、その「一割」が発動する。
 ある日の雨の放課後。部室で居残って片付けをしていた二人。
「如月先輩、今日もかっこよかったです!」
「うるせぇ。お前、さっきの練習で足痛めてただろ。見せろ」
「え? あ、大丈夫です……」
「いいから見せろって言ってんだよ!」
 如月は乱暴に犬飼の足を引っ張ると、丁寧に湿布を貼り、包帯を巻き始めた。その手つきは、驚くほどに優しい。
「……先輩、優しいですね」
「……勘違いすんな。お前に怪我されたら、次の試合で困るからだ」
 如月はふいっと顔を背けた。だが、その横顔はほんのりとピンク色に染まっている。
 そして、誰もいないのを確信したのか、如月は犬飼のシャツの裾をギュッと小さく掴んだ。
「……あと、その。お前が他の奴と楽しそうに話してんの、なんか……ムカつく」
「えっ!?」
「一回しか言わないからな。……俺の、後ろ、ちゃんとついてこい。他んとこ行ったら、承知しねぇから」
 消え入りそうな声で、だけど確実に「デレ」を炸裂させた如月。
 九割のツンを耐え抜いた犬飼にとって、この一割のデレは致死量の破壊力を持っていた。
「先輩……っ! 可愛すぎます! 一生ついていきます!」
「ぶはっ!? 抱きつくなバカ! 離せ、死ね!」
 またすぐに九割のツンに戻って暴れる如月を、犬飼は愛おしさに胸を詰まらせながら、絶対に離さないとばかりに強く、強く抱きしめ返した。
エピローグ:交錯する想い
 彼らはそれぞれの場所で、一生懸命に恋をし、一生懸命に生きていた。
 不器用で、人見知りで、素直になれなくて、天才すぎて、何も考えてなくて、擬態していて、ダダ洩れで、ピュアすぎて、ツンツンしていて。
 けれど、そんな彼らの「一生懸命さ」こそが、攻めたちの心の奥底にある「守りたい」という爆発的な衝動を呼び覚ます。
 愛でたくなる彼らの物語は、今日も、この世界のどこかで、甘く不器用に紡がれ続けている。
(終)