よろづーこれは、かつて人々によって穢され、見捨てられた、もうひとつの世界のお話ー

「大丈夫か?」

 そのとき勢いよく襖が開かれ、影利が飛び込んで来た。

「か、影利!」

 来華は救いを求めて叫ぶ。
 影利はなんとか小雨を引き剥がし、来華を救い出した。
 小雨はゆらりとその場にうつむいて立ったままだ。
 それと重なって、女の姿もおぼろげに見える。
 影利は静かに、小雨とその女の前に立つと話しかけた。

「お前はこの宿の、女将の娘だろう? 何故こんなことをするんだ?」

 女がポツリとつぶやく。

「言わないで……」

「なんだ……? お前のことを、女将に言うなということか?」

 影利は不思議そうに首を傾げる。
 来華はその横に立ってこう言った。

「自分が死んじゃったこと、女将さんに知られたくないのかも……」

 すると突然女は泣き崩れた。

「言わないで……言わないで……」

 来華はそれを見て再び口を開く。

「女将さん、この人が生きてるって、強く信じてるみたいじゃない? だから死んでるなんて言ったら、悲しませることになるから……」

「……そうか」

 影利はそうつぶやくと、泣き崩れている女の前にしゃがみ込んだ。

「……でもな、ずっと隠し続けていても、結局はあの人を苦しめることになるぞ……。生きてるか死んでるかもわからず待ち続けることが、どんなに苦しいかわかるか? お前はそうしてずっと、自分の母親を苦しめるつもりか?」

 すると、女は激しく首を横に振った。

「わかってしまったら……忘れられるかもしれない……。私を忘れてしまう……寂し……い」

 来華は気の毒そうに女に視線を向ける。
 影利はその言葉を聞いて、ようやく合点がいった。