この町には古くから伝わる雲がある。
その雲は、普通の雲とは違った。
他の雲が風で流れる中、その雲だけは風を拒むように流される事なく一定の時間その場所に留まる。やがて風に流され消えるのではなく、輪郭から徐々に霧散すると言う世にも不思議な雲。
そして、その不思議な雲にはある伝説がついている。
この日は、その雲が現れる日らしい。と、朝から教室でもその話題で盛り上がっている。
そんな中、一人の女子生徒が男子生徒に目を輝かせて話しかけた。
「ねぇ、今日ってあの雲が見れるんだって!」
「あの雲?⋯なんだ、それ?」
「えぇ!?竜也知らないんだ?有名なのに!」
女子生徒ー杏那ーはわざとらしく「面白くなーい」と言いながら頬を膨らませる。
そして、「百年に一度しか現れない雲の事だよ!」と早口で興奮気味に説明した。
けれども、それを聞いても竜也はイマイチ興味がないようで、ふーん。と何とも薄い相槌を打つだけだった。
そんな竜也の反応を、杏那は特に気にする様子もなく、
「一緒にその雲を探しに行こうよ!」と誘った。
「探しに行くって、これから授業じゃん」
「だから、抜け出して行くの。今ならまだ平気そうだし。」
それに、私だけじゃダメなんだよ。と、小さく呟いた杏那の声は竜也には聞こえなかった。
「ね!お願い!行こう!」
杏那は竜也の前で手を合わせ、懇願する。
「⋯⋯分かったよ。でも、これで成績下がったら、お前のせいだからな!」
こうして、杏那達は雲を探しに行くことになった。
教室を出て、廊下を走る。
他の生徒達がギョッとした目で見てくるが、お構い無しだ。
そのまま校外へ出ると、学校付近から探し始め、町の中へと走り向かう。
「杏那。出てそうな場所の目処は立ってるのか?」
「ううん。」
「は?じゃあ、当てもなく探すのかよ」
「そうなるね」
言い伝えでは神出鬼没と言われ、その雲は何時何処で出現するかは分からない。
そもそも実在するのかも不明だ。
「じゃあ、その雲が、どんな形容なのか分かってるのか?」
「⋯⋯それも分からない。」
杏那の答えに竜也は思わず頭を抱える。
何も分からないまま探してたのかよ、と。
「ごめん。」
「別にいいけど。何か理由があるんだろ?」
「うん。まぁね」
そう、杏那がここまでして伝説の雲を探すには理由があった。
それは彼女が昔、祖父から聞いた【その雲の下でキスをした二人は永遠に幸せになれる】と言う伝説の話に幼少時から憧れているからだ。
この伝説は、代々神社を受け継いでいる杏那の家系しか知らない。
口外する事を禁じられていた訳ではないが、もしこの事を、他の誰かに言ったとしても信じてはくれないだろう。
そう思い、杏那はずっと胸の内に秘めていた。
それから竜也と杏那は町中を駆け回った。
しかし、なかなか雲が見つからず時間だけが過ぎていく。
(⋯ここにはないのかな。それとも、まだ出てないのかな?)
杏那が諦めかけた、その時。
「おい杏那!あれじゃないのか!?あのピンクっぽい紫色の雲!」
竜也がある方向を指さして驚愕したように言った。
杏那もその声の方に視線を向ける。
すると確かに朝焼けを煮詰めたような色の雲が、丘の上に浮いていた。
「きっと、あれだ!急ごう!」
二人は顔を見合わせ頷くと丘へ向かって急いで走り出す。
そして丘を登りきると、そこには数人が入れるだけの小さな雲があった。
「良かった。消える前に間に合って⋯。」
そう呟くと、杏那は雲の下へと歩いていく。
「お、おい!杏那!待てって!」
竜也も仕方なく後を追った。
竜也が雲の下へと着くと、杏那が振り返り、「ねぇ、竜也⋯お願いがあるの。」と、真っ直ぐと彼の目を見つめながら口を開いた。
その真剣な眼差しに竜也は、思わず身を固くする。
「な、なんだよ?」
「私と、キスをしてほしいの。」
「⋯⋯は?」
竜也は一瞬何を言われたのか理解出来ず、鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をした。
しかし、徐々に処理能力の追いついた脳が杏那の言葉を理解すると、顔を真っ赤にして後ずさる。
「キ、キスって!お前、急に何言ってんだよ!」
「やっぱり、ダメ?私じゃ⋯嫌?」
「そもそも俺たち恋人じゃないだろ。」
竜也とて杏那の事が嫌いな訳ではない。
むしろ、好意を持っている。
だから、こうして一緒に雲探しに付き合ったのだが。
それとこれとは話が別だ。
好きな相手とはいえ、付き合ってもいない相手にキスは出来ない。
「そう、だよね。ごめんね、変なこと言って⋯。」
竜也の言葉に杏那は、眉毛を下げしゅんとした表情をしてしまう。
そんな彼女の様子に、竜也は罪悪感を抱く。
好きな相手に、こんな悲しげな表情はさせたくなかったのだ。
(あーもう!)
竜也は頭をガシガシと掻くと、
そのまま杏那に近付き、彼女の唇と自身の唇を軽く触れさせた。
そして、すぐに離れた。
「これでいいんだろ?」
「うん!」
杏那が満面の笑みで頷いた直後、伝説の雲はすぅーと消えていった。
まるで、役目を終えたかのように。
「で?結局、伝説ってなんなんだよ。キスとあるのか?」
「それはね。あの雲の下でキスをすれば幸せになれるんだって。」
「はあ!?そういうのは先に言えよ!ったく、責任取らせるからな」
竜也は照れ隠しで、乱暴な言葉を言いながらも、杏那の顔を見やる。
「分かってるよ!」
杏那はニッコリと笑ってみせた。
伝説の雲が消え、丘の上には青空が広がっている。
そして、二人の心には確かにあの雲が残した幸せの予感が宿っていた。
その雲は、普通の雲とは違った。
他の雲が風で流れる中、その雲だけは風を拒むように流される事なく一定の時間その場所に留まる。やがて風に流され消えるのではなく、輪郭から徐々に霧散すると言う世にも不思議な雲。
そして、その不思議な雲にはある伝説がついている。
この日は、その雲が現れる日らしい。と、朝から教室でもその話題で盛り上がっている。
そんな中、一人の女子生徒が男子生徒に目を輝かせて話しかけた。
「ねぇ、今日ってあの雲が見れるんだって!」
「あの雲?⋯なんだ、それ?」
「えぇ!?竜也知らないんだ?有名なのに!」
女子生徒ー杏那ーはわざとらしく「面白くなーい」と言いながら頬を膨らませる。
そして、「百年に一度しか現れない雲の事だよ!」と早口で興奮気味に説明した。
けれども、それを聞いても竜也はイマイチ興味がないようで、ふーん。と何とも薄い相槌を打つだけだった。
そんな竜也の反応を、杏那は特に気にする様子もなく、
「一緒にその雲を探しに行こうよ!」と誘った。
「探しに行くって、これから授業じゃん」
「だから、抜け出して行くの。今ならまだ平気そうだし。」
それに、私だけじゃダメなんだよ。と、小さく呟いた杏那の声は竜也には聞こえなかった。
「ね!お願い!行こう!」
杏那は竜也の前で手を合わせ、懇願する。
「⋯⋯分かったよ。でも、これで成績下がったら、お前のせいだからな!」
こうして、杏那達は雲を探しに行くことになった。
教室を出て、廊下を走る。
他の生徒達がギョッとした目で見てくるが、お構い無しだ。
そのまま校外へ出ると、学校付近から探し始め、町の中へと走り向かう。
「杏那。出てそうな場所の目処は立ってるのか?」
「ううん。」
「は?じゃあ、当てもなく探すのかよ」
「そうなるね」
言い伝えでは神出鬼没と言われ、その雲は何時何処で出現するかは分からない。
そもそも実在するのかも不明だ。
「じゃあ、その雲が、どんな形容なのか分かってるのか?」
「⋯⋯それも分からない。」
杏那の答えに竜也は思わず頭を抱える。
何も分からないまま探してたのかよ、と。
「ごめん。」
「別にいいけど。何か理由があるんだろ?」
「うん。まぁね」
そう、杏那がここまでして伝説の雲を探すには理由があった。
それは彼女が昔、祖父から聞いた【その雲の下でキスをした二人は永遠に幸せになれる】と言う伝説の話に幼少時から憧れているからだ。
この伝説は、代々神社を受け継いでいる杏那の家系しか知らない。
口外する事を禁じられていた訳ではないが、もしこの事を、他の誰かに言ったとしても信じてはくれないだろう。
そう思い、杏那はずっと胸の内に秘めていた。
それから竜也と杏那は町中を駆け回った。
しかし、なかなか雲が見つからず時間だけが過ぎていく。
(⋯ここにはないのかな。それとも、まだ出てないのかな?)
杏那が諦めかけた、その時。
「おい杏那!あれじゃないのか!?あのピンクっぽい紫色の雲!」
竜也がある方向を指さして驚愕したように言った。
杏那もその声の方に視線を向ける。
すると確かに朝焼けを煮詰めたような色の雲が、丘の上に浮いていた。
「きっと、あれだ!急ごう!」
二人は顔を見合わせ頷くと丘へ向かって急いで走り出す。
そして丘を登りきると、そこには数人が入れるだけの小さな雲があった。
「良かった。消える前に間に合って⋯。」
そう呟くと、杏那は雲の下へと歩いていく。
「お、おい!杏那!待てって!」
竜也も仕方なく後を追った。
竜也が雲の下へと着くと、杏那が振り返り、「ねぇ、竜也⋯お願いがあるの。」と、真っ直ぐと彼の目を見つめながら口を開いた。
その真剣な眼差しに竜也は、思わず身を固くする。
「な、なんだよ?」
「私と、キスをしてほしいの。」
「⋯⋯は?」
竜也は一瞬何を言われたのか理解出来ず、鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をした。
しかし、徐々に処理能力の追いついた脳が杏那の言葉を理解すると、顔を真っ赤にして後ずさる。
「キ、キスって!お前、急に何言ってんだよ!」
「やっぱり、ダメ?私じゃ⋯嫌?」
「そもそも俺たち恋人じゃないだろ。」
竜也とて杏那の事が嫌いな訳ではない。
むしろ、好意を持っている。
だから、こうして一緒に雲探しに付き合ったのだが。
それとこれとは話が別だ。
好きな相手とはいえ、付き合ってもいない相手にキスは出来ない。
「そう、だよね。ごめんね、変なこと言って⋯。」
竜也の言葉に杏那は、眉毛を下げしゅんとした表情をしてしまう。
そんな彼女の様子に、竜也は罪悪感を抱く。
好きな相手に、こんな悲しげな表情はさせたくなかったのだ。
(あーもう!)
竜也は頭をガシガシと掻くと、
そのまま杏那に近付き、彼女の唇と自身の唇を軽く触れさせた。
そして、すぐに離れた。
「これでいいんだろ?」
「うん!」
杏那が満面の笑みで頷いた直後、伝説の雲はすぅーと消えていった。
まるで、役目を終えたかのように。
「で?結局、伝説ってなんなんだよ。キスとあるのか?」
「それはね。あの雲の下でキスをすれば幸せになれるんだって。」
「はあ!?そういうのは先に言えよ!ったく、責任取らせるからな」
竜也は照れ隠しで、乱暴な言葉を言いながらも、杏那の顔を見やる。
「分かってるよ!」
杏那はニッコリと笑ってみせた。
伝説の雲が消え、丘の上には青空が広がっている。
そして、二人の心には確かにあの雲が残した幸せの予感が宿っていた。


