辺境島の花嫁

 放課後の実技室は、授業中とは違いずいぶん静かだった。

 昼間なら何人もの生徒が並んで使う訓練台も、今はほとんど空いている。訓練台の上には魔法の練習に使う術式盤が一台ずつ置かれていて、窓から差し込む夕方の光が、その表面に刻まれた細い線を照らしていた。

 そんな実技室に残っているのは、先生と私だけだった。授業で決められた課題をうまくできなかった生徒は、放課後に補習を受けることになっている。

 そして私は、今日もその補習に残っていた。

 今日の補習で使うのは、訓練台の上に置かれた術式盤だった。

 手のひらより少し大きい円盤の中央に触れて魔力を流すと、流し込んだ量に合わせて外側の目盛りが光るようになっている。先生が指定した目盛りまで、ちょうど必要なぶんだけ魔力を入れて止める。それが今日の課題だった。

 少なすぎれば術式は動かないし、多すぎても安定しない。魔法を使うときには、必要な量の魔力をきちんと扱えることが大切だから、その感覚を身につけるための基礎訓練らしい。

 授業では何度やってもうまくいかなかったので、補習では同じ課題をもう一度、最初から繰り返すことになっていた。

 「白石、もう一度やってみよう。今度は、五つ目の目盛りで止めるんだ」

「はい」

 私は術式盤の中央へ右手を置いた。

 さっきから何度も同じことをしているので、やり方そのものは分かっている。最初から強く流そうとせず、ほんの少しだけ魔力を出して、それを途切れさせないように保てばいい。

 手のひらへ意識を集中させると、術式盤の一つ目の目盛りに淡い光が灯った。

 そのまま少しずつ魔力を流していくと、二つ目、三つ目と順番に光が増えていく。

 四つ目まで来たところで、私はさっきよりも慎重に力を抑えた。

 あと一つだけ。

 そう思って、ほんの少しだけ魔力を足したつもりだった。

 五つ目の目盛りが光った。

 今だと思って止めようとした、その直後だった。

 六つ目、七つ目と続けて光が走り、残っていた目盛りまで一気に明るくなる。術式盤の中央に赤い警告灯が点いたところで、私は慌てて手を離した。

「……また、入れすぎました」

 見なくても結果は分かっていたけれど、全部光ってしまった目盛りを前にすると、肩から力が抜けた。

 先生は赤く光ったままの術式盤をしばらく見てから、私が手を離したところまで確認するように目盛りへ視線を移した。

「白石、お前は魔力量が多すぎて、細かい調整が効かないんだ」

「細かい調整……ですか?」

「ああ。五つ目で止めようとしているのは分かる。ただ、お前の場合、少しだけ流しているつもりでも、一度に出る魔力の量が大きいんだ」

 先生に言われて、私はもう一度、全部光ってしまった目盛りを見た。

「だから四つ目から五つ目へ少しだけ足したつもりでも、実際には六つ目や七つ目まで進むだけの魔力が出てしまう。逆に、それを怖がって出す量を抑えすぎると、今度は術式を動かすところまで届かない」

「……ちょうどいい量にできてない、ってことですか?」

「そういうことだ。魔力が足りないんじゃない。むしろ多いからこそ、それを細かく区切って出すのが難しいんだな」

 それは、今まで何度も失敗してきたときの感覚と、よく合っていた。

「まあ、魔力が多いこと自体は悪いことじゃないんだけどな」

 先生はそう言うと、赤い警告灯の消えた術式盤を指先で軽く叩いた。

「むしろ、お前くらいの魔力量がある生徒は珍しい。細かい調整さえ身につけば、もっと難しい術式だって使えるようになるはずだ」

「……はい」

「だから、こんな基礎でいつまでも引っかかっているのはもったいないんだよ。魔力が足りなくてできないわけじゃないんだから、あとは練習して扱えるようになればいい」

 先生はそこで少し考えるように私を見てから、励ますように笑った。

「それに、白石家の娘なんだろう。周りから期待されることだって多いだろうし、せっかくこれだけ持ってるなら、ちゃんと使えるようになっておいたほうがいい」

 白石家の娘だから。

 先生の言葉に私は返事ができなかった。