辺境島の花嫁

 そんなことを思い出しながら、今、私が掃除しているのは学校の西校舎にある古い階段だった。

 西校舎そのものは今でも授業に使われているけれど、この階段を使う生徒はほとんどいない。少し離れたところに新しい階段があるし、魔法で動く昇降機も設置されているから、わざわざ薄暗くて狭いこちらを選ぶ理由がないのだ。

 使う人が少ないから汚れない、というわけでもない。窓を開ければ風と一緒に細かな砂が入り込むし、しばらく放っておけば、段の隅には綿みたいな埃が溜まっていく。誰も通らない場所ほど、いつの間にか汚れているものらしい。

 私は上の階から順番に箒を動かし、壁際から掻き出した埃を一段ずつ下へ集めていった。

 人がほとんど使わない場所でも、きれいになれば気持ちはいい。

 だから、この階段を掃除すること自体は、別に嫌ではなかった。

  ただ、掃除が嫌いではないことと、楽にできることは別だった。

 何段か続けて箒を動かしたところで、私はいったん手を止め、柄を握っていた右手を開いた。ずっと同じところに力を入れていたせいか、手のひらが少し赤くなっている。腰を伸ばすと背中にも鈍い疲れが残っていて、まだ下の階まで続いている段を見れば、終わるまでにはもうしばらくかかりそうだった。

 集めた埃も、そのまま下まで掃き落としてしまうわけにはいかない。踊り場ごとにちりとりへ移し、いっぱいになったら廊下のごみ箱まで捨てに行って、また階段へ戻ってくる。窓枠や手すりも拭くことになっているから、箒が終われば今度は雑巾も必要になる。

 一人でやれない量ではない。

 でも、この階段の掃除は、本来なら私一人でやるものではない。

 今日の掃除当番には私を含めて四人の名前があって、放課後になったら一緒に西校舎へ来ることになっていた。四人で分担すれば、一人が階段を掃いているあいだに別の人が手すりや窓を拭けるし、集めたごみを捨てに行くために作業を中断する必要もない。

 けれど、ホームルームが終わったところで、一人が部活のミーティングがあると言い出した。

『ごめん、小鳩。今日だけ私のぶんもお願いしていい? 顧問に絶対遅れるなって言われてるの』

 困っているようだったので頷くと、それを聞いていたもう一人も、今日は塾の時間が早いのだと言った。最後の一人は二人のやり取りを見てから、少し申し訳なさそうに笑った。

『二人ぶん増えるなら、一人も二人も変わらないよね? 白石さんって掃除、丁寧だし。私が中途半端に手伝うより、任せちゃったほうがきれいになるかも』

 そう言われると、たしかに途中まで手伝ってもらうより、一人で順番に掃除したほうがやりやすい気もした。

 それに、私には部活もなければ、今日は放課後の予定もない。三人にはそれぞれ急いで帰る理由があって、私には残れない理由がなかった。

 だから「分かった」と答えた。

 三人ともほっとした顔をして、そのうち一人は教室を出る前に「ほんと助かる」と笑ってくれたので、たぶん本当に困っていたのだと思う。

 こういうことは、今日が初めてでもなかった。

 掃除当番だけではなく、配布物を職員室へ取りに行くとか、提出物をまとめて運ぶとか、誰かがやらなければいけない小さな仕事が残っていると、いつの間にか私へ回ってくることが多い。

 私が断らないからだと思う。

 断ったら誰かが代わりにやらなければならないし、私にできることなら、わざわざ嫌だと言うほどでもない。

 少なくとも私は、ずっとそう思っていた。