ラズライト

#11
 
 
 天芽がカツカツと小さな音を鳴らしながら前を歩く。
 
 人混みの中を器用に避けていく後ろ姿。
 
 セトがそこに追いつくように後ろで早歩きをする。
 
 「昨日部屋の場所、わかった?」
 
 天芽がちらっとセトを横目で見たあとに言った。
 
 全くこちらを気にする気配がなかったため、天芽を見失わないよう必死だったセトが突然の質問に驚く。
 
 「えっ?」
 
 昨日の記憶がよぎる。
 
 ヒルガオのロビー、ソファで寝ていた少女。
 
 今目の前にいる天芽——
 
 起きていたのか……
 
 天芽が淡々と口を開いては表情の無い声で聞いた。
 
 「部屋の場所」
 
 「あっ、ああ……」
 
 セトが戸惑いながらも質問に答え頷いた。
 
 眩し……
 
 陽の光が建物の隙間から差し込んだ。
 
 その後、ふたりの会話はなく、ただただ前へ前へと進み続ける。
 
 「なあ、街のはずれって……」
 
 セトの質問に天芽は構わず歩く。
 
 「そこに……宵闇の人間がいるのか……?」
 
 人混みの中で天芽は後ろを振り返らずに歩き続ける。
 
 「通報が入った。人が死んでる、と。」
 
 どこまでも淡々と言う天芽。表情に変化はない。
 
 「!?」
 
 セトの顔がピクリと動いた。
 
 「宵闇の人間が……?」
 
 宵闇……進藤と辻村の説明ではカゲツキ退治をしてるって……
 
 天芽はちらっとセトを横目で見た。
 
 「まだそうと決まったわけじゃない。カゲツキかもしれないし、ただの殺人鬼かもしれないし。でも、少し不自然な死に方をしているらしい。」
 
 「不自然な死に方?」
 
 セトが前をゆく天芽を見つめる。
 
 二人は人混みをぬけ、人通りの少ない道へと入る。
 
 「目撃情報によれば、いきなり血を吹き出して倒れた、と。」
 
 天芽が前を向き歩きながら淡々と告げる。
 
 「いきなり……」
 
 二人の足音が響く。
 
 「カゲツキや一般人なら近くに犯人がいる。」
 
 「毒殺とか……?」
 
 しばらく歩き、天芽が立ち止まる。
 
 「……百聞は一見にしかず。」
 
 そう言って振り向く。
 
 その瞳は何を映しているのか、はたまた何も映していないのか。
 
 「?」
 
 それに合わせてセトも立ち止まった。
 
 軍服や隊服のようなものを着た人達が規制テープの中で調査のようなことをしている。
 
 「こちらへ。」
 
 そのうちの一人、軍服の女が天芽を見、そう告げ案内し始めた。
 
 セトもそれに続こうとすると、また別の軍服の男に止められた。
 
 「ここから先は立ち入り禁止だ。ガキは下がってな。まああいつもガキだけどな。」
 
 チャラさと気だるさを顕にした男がこちらに背を向け軍服の女と現場に向かっている天芽を親指で指す。
 
 セトが目を尖らせ怒る。
 
 「んだと!?誰が子供だ俺はガキなんかじゃね——」
 
 「はいはい、いいからここは立ち入り禁止。」
 
 軍服の男はブチッと怒るセトを適当に宥め追い出そうとする。
 
 「誰がガキって?これはガキだけど。」
 
 セトがじたばた暴れていると、それを追い出そうとしていた男の後ろから突然感情のない声が聞こえた。
 
 天芽がすぐ後ろで軍人の男を見ていた。
 
 それに気づいた男の顔がみるみる青ざめていく。
 
 「ヒィっ、そ、その、申し訳な……悪かったって……」
 
 天芽に驚いた男が大袈裟に驚いたあと、ペコペコと頭を下げ始めた。
 
 セトが地面を蹴る。
 
 「だ!か!ら!俺はガキじゃな——」
 
 「うるさい。」
 
 天芽が端的に話を切った。
 
 「ッ」
 
 ブチッとまたセトの堪忍袋が切れた。顔の筋肉がピクリと動く。
 
 「だぁぁあれがガキだって!!大体あんたもまだガキだろ!」
 
 そしてまた暴れ出した。
 
 
 「これも一応ヒルガオの。」
 
 しかし天芽はそんなセトを無視し、軍服の二人に告げる。
 
 「こら坊や。天芽中佐になんという無礼を……」
 先程天芽を案内しようとしていた軍服の女が眉をひそめ、はあ、と溜息をついた。
 
 セトが腕を上げ訴える。
 
 「ッ!?だぁぁあれが坊やだぁぁあ!!!って……中佐……?」
 
 ん……?
 
 少し遅れてセトは天芽中佐という言葉に反応し天芽を見た。
 
 相変わらず興味無さそうな天芽の代わりに軍服の女が答える。
 
 「ええ。アウィス軍の中佐よ。」
 
 (アウィス軍……ここアウィスの国の軍……)
 
 「国の……軍?」
 
 説明を求めるような目で見るセトを他所に天芽は軍服の女の方に視線を向ける。
 
 「まあそんなことはいいから、とりあえず……」
 
 「はい、案内いたします。」
 
 こちらへとの案内に天芽を案内し、セトもそれに続く。
 
 セトも今度は誰にも止められずに後を追った。
 
 「そういえばあんた、ヒルガオの人間じゃないのか?軍の人間って」
 
 早足で追いつき、天芽に問う。
 
 隣に来るとちょうど身長が同じくらいで目線が合った。
 
 もっとも、セトは靴の底で多少の身長を盛っているが……
 
 「こら」
 
 口の利き方、と軍服の女からの静かな叱りが入った。
 
 しかしセトには届いていないようだ。
 
 「ヒルガオの社員でもあるし軍の中佐でもある。副業」
 
 一方天芽は端的にそう告げる。
 
 そして立ち止まり、もう一度セトの目を見る。
 
 「それに私の方が先輩なんだよ。」
 
 「あ……」
 
 キリッと軍服の女がセトを睨んだ。
 
 天芽はくるっとセトに背を向け歩き出す。
 
 「ま、なんか今更違和感だしいっしょ——」
 
 拳が頭に降ってきた。
 
 静かに軍服の女がセトを叱った。
 
 
 「こちらです。」
 
 いつの間にかまた天芽の前を歩き出した女が立ち止まり振り返った。
 
 「では。私は別の仕事がありますので。」
 
 軍服の女はそう言ってどこかへ行ってしまった。
 
 「……」
 
 前を見ると、天芽がしゃがみ、地面に敷かれた大きな布を少し捲って中を見ていた。
 
 「何が……」
 
 それに続いてセトもしゃがむ。
 
 そこには所々、まるで中から破裂したように飛び散っている死体だった。
 血液があちこちに飛び散っている。
 
 「……ッ!?」
 
 セトがひっと顔を後ろにひく。
 ぞっと背筋を何かが通る。
 
 吐き気がした。全身に拒絶反応が現れる。

 「さて、これが毒殺と言える?」
 
 ゆっくりと再び遺体に布を被せ天芽が立ち上がる。
 
 なぜそんな平然とした顔でいれるのか。
 
 行き場のない感情を向けるようにセトが天芽をどうしようもない目で見る。
 
 しかし表情ひとつかえない天芽にそんな言葉も出ずセトはまた下を向いた。
 
 「一体誰が……こんなこと……」
 
 立ち上がり、恐る恐る後ろに下がり怯えるセト。
 
 天芽がセトの目を見る。
 
 「もう一度見る?」
 
 「……いいや、もう見たくない——」
 
 セトが顔を背けた。
 
 脳にこびりついて離れない。先程の死体。
 
 (気持ち悪い。)
 
 セトが目を大きく開けたまま頭を抱える。
 
 天芽がふわぁと呑気に欠伸をした。
 
 「まあ多分犯人はラズライト。」
 
 「は?」
 
 セトが怯え、見開いた瞳のまま天芽の方を見る。
 
 何を言っているんだ。
 
 だって……
 
 「ラズライトはそんな事しないんじゃ……てっきりカゲツキを倒すヒーローみたいな——」
 
 明らかに動揺している様子でセトが天芽に詰め寄る。
 
 天芽は怯むことなくセトを見つめたまま表情を崩さない。
 
 「そのはず。これは単なる殺人。この手の遺体は近頃いくつか見たことがある。」
 
 天芽は流し目のように目を細め死体のあるほうをチラリと見た。
 
 「いくつか——」
 
 セトが下を向く。
 
 瞬きも忘れるほどに恐ろしい。
 
 「とりあえず、ここにいたって暇なだけだから。ヒルガオに一旦戻る。」
 
 そう言って天芽は歩き出す。
 
 セトはその背中を少し嫌そうな目で見たあと、仕方なく続いて歩き出した。
 
 「ヒルガオに戻って何をするんだ?」
 
 「探偵がいるからあとはそっちに任せる。」
 
 「だったら最初から探偵とやらが行けばいいじゃないか」
 
 互いに間を譲らない会話が続く。
 
 セトが前を行き振り返らない天芽に訴えるように手を伸ばした。
 
 (わざわざ……)
 
 なぜわざわざ見に来たのか。見せたのか。
 
 そんな苛立ちが止まらない。
 
 「いいや、今回ばかりは——」
 
 途中、天芽が急に足を止める。
 
 「……」
 
 天芽は足を止めたままこちらを振り返らない。
 動きのないその背中からは何も伝わってこない。
 
 セトが後ろから天芽の視線の先を覗き込もうとする。
 
 「?何か——」
 
 いつの間にか天芽の前に、セトと都市が同じくらいの、セトよりだいぶ背の高い青年が立っていた。
 
 セトが天芽の横まで歩むとその足を止める。
 
 太陽が真上に到達しようとしていた。
 
 そんな明るい空に見合わないその青年はただ黙ってこちらを見ていた。
 
 「誰——」
 
 「理由は?」
 
 セトが聞く前に、天芽が口を開いた。
 
 
#12
 
 何を言っているんだ。
 セトが天芽の方を驚いた顔で見る。
 
 昨日静かに寝ていたと思えば今日突然現れ威厳のある姿を見せた、かと思えばマイペースに歩き出し誰もが目を瞑りたくなる嗚咽するような死体を見ても無反応。
 
 かと思えば今度は意味のわからないことを言い出す。
 
 人間らしい感情のジェットコースターな辻村とは違い、天芽のことはまるで理解ができない。
 
 「そのまま。」
 
 青年も天芽も表情ひとつ変えようとしない。
 
 会話が成り立っていないのに二人の間では成り立っているらしい。
 
 「え?ん?」
 
 セトが戸惑いながら青年と天芽を交互に見る。
 
 「イザナミ後ろ」
 
 天芽が前を見たまま素早く言った。
 
 「ん?え?」
 
 セトが後ろを振り返った。
 
 その時にはもう遅く、鋭く光る何かが頬を掠めた。
 
 「痛……」
 セトが自分の頬を見る。微かに血が滲んだ。
 
 え……
 
 前を向く……間もない。
 
 その後もすぐにまた鋭く光る物が一直線に走ってくる。
 
 それをセトは右に左にと避けていく。
 
 よく見ると青年が糸のようにそれを操っていた。
 
 「ッいきなりなんなんだってんだ」
 
 セトが攻撃を避けながら青年の方に勢いよく怒りの言葉を飛ばす。
 
 「さっきの遺体」
 
 同じように避けながら天芽がセトの質問に答える。
 
 「え?さっきの遺体?」
 
 (さっきの遺体って……遺体が生き返った?)
 
 え?え?とハテナばかりを浮かべるセトに天芽の言葉が一瞬止まった。
 
 「違う」
 
 相変わらずセトの方を見ない天芽。
 
 「は??」
 
 「犯人。」
 
 即座に拳銃を取り出し青年の足元に向けて一発打つ天芽。
 
 「犯人——」
 
 しかし青年は軽く飛んで弾丸を避けた。
 
 セトはクッと歯を食いしばると足で地面を勢いよく蹴る。
 
 「さっきからすばしっこくて鬱陶しいんだよ!!!」
 
 また走ってきた鋭く光るものの少し手前を手で掴み、引っ張る。
 
 すると、それはガラスのようにパリンと音を立て割れた。
 
 手の内に少し残った破片を見る。すると破片は赤い液体に変わった。
 
 「血……?」
 
 「多分、血を操る能力。なんかしらの方法で相手の体内に自分の血液を入れてそれを遠くから操って殺した。」
 
 サラッと拳銃を打ちながら天芽が言う。
 
 「そう?」
 
 そして青年に問う。
 
 「……ああ。そうだけど……」
 
 青年は顔色ひとつ変えずに攻撃を辞めそう言う。
 
 「一般人に害を与えてはいけませんって先輩から教わらなかった?」
 
 「そーだそーだー」
 
 セトが天芽の言葉に便乗し煽りはじめる。
 
 「うるさい」
 
 「うっ……」
 
 しかし天芽に咎められ頬を膨らました。
 
 (こいつは……人殺し……)
 
 青年を睨む。しかし青年は気にもとめない。
 
 「ああ。」
 
 青年が頷いた。
 
 「もちろん教えた。」
 
 するとどこからともなく女の声が聞こえた。
 
 「……」
 
 天芽が片手で銃を構える。
 
 いつの間にやら髪の毛をひとつに結んだ女がそこに居た。
  天芽や青年とは違い表情を持ち明確にこちらを睨んでいる。
 
 「危害を加えない。一般人には、と。」
 
 女はそう言ったあと、セトを見てさらに鋭く睨んだ。
 
 「誰……?」
 
 「宵闇部隊中隊長。夕見鈴音。」
 
 セトの質問に真面目そうに、けれど淡々と夕見が答えた。
 
 そしていきなりナイフをセトほうに投げてきた。
 
 「!?」
 
 
 
 しかしそのナイフは当たらなかった。
 
 
#13
 
 セトの顔スレスレを駆け抜けたナイフにセトは目を見開く。
 
 「……ッ」
 
 後ろを振り返る。
 
 人……?
 
 そこにはフードを被って顔のよく見えないこれまたいつの間にか現れた少女がいた。
 
 よく見ると少女の腕に先程のナイフ突き刺さっていた。
 
 ポタリと傷口から血が垂れる。
 
 「!?大丈夫か!」
 
 はっと状況を理解するとセトはすぐさま少女に駆け寄る。
 
 そして夕見の方へ振り返り見上げ、思いっきり睨む。
 
 「おい!何するんだ今言ったじゃないか——」
 
 「影に飲まれてる——」
 
 「?」
 
 天芽の呟きが聞こえた気がした。
 
 天芽は相変わらずこんな状況でも表情を変えない。
 
 「私たちが殺めているのはカゲツキもしくはカゲツキになる人間のみ。」
 
 夕見がナイフを持ちながら近づいてくる。
 
 瞳が鋭くセトを捉える。
 
 「それってどういう——」
 
 「カゲツキに飲まれる人間の予知が可能になった。」
 
 夕見がちらっと天芽を確認でもするように睨んだ。
 
 「……それは知ってる。」
 
 天芽が呟く。
 
 「え?どうやって……」
 
 天芽が夕見に向けていた拳銃を下ろす。
 
 「能力者がいる。私たちも多少は勘で分かる。でもそんなのはずっと前から有名。でも——」
 
 「でも?」
 
 天芽が拳銃に弾丸をカチャリと詰め込むと二人に銃を向けたまま口を開く。
 
 「可能性があるだけで百パーセントではない。判別でカゲツキになると出てもカゲツキにならずに人生を終えた者もいる。」
 
 セトの顔が強張る。
 
 「じゃあ——それって、カゲツキにならなかったかもしれない普通の人も殺したってことか?」
 
 少女の肩を支えながらセトが聞く。
 
 (もしそうだとしたら——
  こいつらは………
  本当に、
  本当にただの、)
  
 「宵闇は影特隊とは違う。だから多少荒っぽくても許される」
 
 夕見がセトと少女を睨んだままナイフを構える。
 
 (こいつらはただの——人殺しじゃないか。)
 
 「許されるもんか!」
 
 セトが叫ぶ。
 
 許されるわけがない。人殺しが許されるわけが……
 
 「その少女も可能性がある」
 
 「可能性の話だろまだなると決まったわけじゃない」
 
 食い気味に顔を上げ夕見が続けて話す間を奪うようにセトが言う。
 
 「少女一人救ってその少女が大勢を殺すとしたら」
 
 するとそれまで黙っていた青年が口を開く。
 
 「ッ!?」
 
 セトは少女の方を見る。
 
 顔は見えないが、酷く脅えていることは分かる。
 
 「宵闇の人殺しと、お前の逃がした少女の人殺し。どちらが重い?」
 
 青年の無表情な瞳がセトを刺す。
 
 「どちらにしろ少女はまだ人間。君らは立派な犯罪者。」
 
 天芽は銃口を夕見と青年に向けたまま。
 
 「そんなこと最初から分かってるだろう?」
 
 天芽の一言に表情も変えずに青年が答え天芽を見た。
 その瞳の奥はどこか揶揄っているようだった。お前がそんなことを言えるのか、と。
 
 「知ったようなふり——」
 
 「知ってる」
 
 天芽の呟きは青年の耳にのみ届いた。
 青年はそれを遮るように小さく答えた。
 
 天芽はそんな青年をチラリと見ただけ。一瞬、二人の目が合った。
 
 「……ッいつの間に!?」
 
 突然、夕見が驚いたように歯を食いしばり少し取り乱したように辺りを見回す。
 
 「……?」
 
 セトが自分の手の内を見ると、少女はいなくなっていた。
 
 「!?」
 
 反対を見れば少女は腕を押さえながらもこちらに背を向け不安定に走っていた。
 
 走る度にローブがヒラヒラと揺れるのがわかる。
 
 しかし直ぐにその姿はどこかへと消えた。
 
 「こいつらは後でいい。追うぞ。」
 
 夕見がはっと気がついたようにナイフを仕舞い、青年の方へ振り返る。
 
 「はぁ……仕事が増えた」
 
 青年が気だるそうに夕見のあとを追った。
 
 天芽がそんなふたりを追うことはせず横目で見た。
 
 二人が少女の走って行った方へと去って行く。
 
 「おい!」
 
 慌ててセトが追いかけようとすると、天芽に止められた。
 
 「今日はとりあえず帰る。」
 
 「どうして!早く追いかけないと——」
 
 セトが止める天芽に叫ぶ。
 
 「応援が呼ばれるかもしれない。さっきカゲツキと戦った時の傷は?」
 
 天芽がキリッとセトを睨んだ。
 
 「ッ……」
 
 セトがビクリと体を震わせる。
 
 (……そういえば、先程から全身が傷んだままだ。)
 
 指摘され余計に痛みを思い出す。
 
 「それに今私達が入るとさらに大事になる。宵闇も黙っちゃいない。更に多くの人を巻き込む。」
 
 「そんなこと——」
 
 セトが天芽に訴える。
 
 「あくまでも私達はカゲツキを討伐することが仕事。」
 
 天芽が体ごとセトに向き直る。
 
 「……ッ」
 
 「それに今追いかけたところで追いつけないし、なんの手がかりもない。がむしゃらに行動するのは危険。」
 
 天芽は声色一つ変えずに言う。
 
 (悔しい。少女を救いたい。だって彼女は人間だから。)
     
 セトが下を向き唇を噛む。
 
 「まだ助からないと決まったわけじゃない。」
 
 「っ!」
 はっとセトは顔を上げる。
 
 天芽が一瞬微笑んだ。
 
 先程までどこか異質で理解のできなかった存在が少し近づいた気がした。
 
 天芽はすぐにセトに背を向ける。
 
 「一度戻って立て直せ。」
 
 そう言って天芽は歩き出した。
 
 その背中には中佐という位に相応しい威厳がたしかに宿っている。
 
 (まだ彼女を救えるかもしれない。
 いや、救う。)
 
 「……」
 
 セトは落ちている血の着いたナイフを拾う。
 
 そして前を行く説得力のある背中に追いつくよう走り出した。
 
 (後悔はしたくない。
  救えるものは救う。)