ラズライト

#9
 
 センタボルタの街中、人々が行き交う大通りのど真ん中に二人はいた。
 
 「あははははは、どっちやろうなぁ」
 
 頭の後ろに手を伸ばし腰に手を当てながらへらへらと笑う赤髪の男。
 
 そしてその隣でえっと驚き振り返るセト。
 
 「どこに行くとか聞いてないのか!?」
 
 「いやぁ〜聞いてはおるんやけど道は知らん」
 
 「まじ!?」
 
 その男はセトを指さし当たり前のような顔で言う。
 
 「セトについてきたら、ここに来ちゃったわけや。セトが知っとるのかとばかり……」
 
 「えぇ!?俺何も知らないし!?俺はただら柴田さんに着いてきて……そもそもなんで子猫探しなんかを……」
 
 は?とセトが睨んだ。
 
 「それはまあ、仕事やからな。依頼や。」
 
 「依頼……そんで……?」
 
 「うん。」
 
 「うん?」
 
 男がドヤ顔をした。
 
 「完っ全に迷子やな!」
 
 「えぇ……!?」
 
 街のど真ん中で迷子になった二人。
 
 この会社に来てからこんなのばっかりだ。
 
 男が空を見上げる横でセトがまた盛大にため息を着いた。
 
 
 二時間前——
 
 セトは社長、夜刀に言われるがままヒルガオ社の一階ロビーの入口へと向かっていた。
 
 朝日はまだ出たばかりである。
 
 「確か赤髪の柴田って人がここら辺で待って……」
 
 険しい顔で辺りを見渡す。
 
 しかしどこにも赤髪の男は居ない。
 
 「おっかしいな……何か聞き間違えたか……?」
 
 すると突然遠くから大きな声が聞こえセトの髪が風になびく。
 
 「あ!おった!センター分けで後ろ結んどる少年!」
 
 「!?」
 
 突然、陽気な声が背後から聞こえた。
 セトは恐る恐る後ろを振り返る。
 
 そしてガミガミと叫んだ。
 
 「人の特徴を丁寧に叫ぶなー!」
 
 その赤髪の男はが悪気のない顔で笑う。
 
 「悪かったって。ほな、お前がセトやろ?」
 
 いかにもチャラそうな、長髪を結んだ赤髪の男がそう言って近づいてきた。
 
 セト「赤髪……もしかして柴田さん!?」
 
 セトの言葉にその男、柴田が自分を親指で指し爽やかな笑顔を向ける。
 
 「せやで!影特隊、第五部隊からここに派遣されてきた柴田 咒宇(シバタ シュウ)や。よろしゅうな。」
 
 派遣……
 そこでセトが疑問を浮かべる。
 
 「派遣……?ヒルガオ社の人じゃないのか……?」
 
 「ここはできたてほやほやで人が足りてないんや。ほんでもって派遣されてきたわけ。」
 
 やれやれと手をフラフラさせる柴田。
 
 「なるほど……?」
 
 納得していない様子のセトに柴田は気にせずへっと笑う。
 
 「ほな、行くで。迷子の子猫探し。目撃情報が入ったらしいで」
 
 考える間もなくそう言って柴田が歩き出し、セトも後に続いた。
 
 
 
 そして戻って二時間後。
 
 「もうええわ。アカリでも呼ぶか。」
 
 諦めたように顔を顰めながら柴田は近くの電話ボックスへと入りダイヤルを回す。
 
 「アカリ……?」
 
 聞いた事のないその名前に誰だ?と首を傾げるセト。
 
 まあ、入社して半日ほどしか経っていないわけだから、耳にする名前の大半が初めて聞く名前ではあるが。
 
 「天芽 存花梨(アマメ アカリ)。ヒルガオの社員やで。」
 
 柴田が電話ボックスの扉は開いたまま、耳に受話器を当て、肘をつきながらセトの方を見る。
 
 「天芽……」
 その名前にピンと来ない様子のセト。
 
 電話が繋がったのか、ガタッと肘を受話器から外し柴田が笑顔で電話線に指を絡める。
 
 「おっ」
 
 柴田が受話器越しに話し出す。
 
 当然暇なセトは電話ボックスの隣でぼうっと辺りを眺める。
 
 行き交う人々の話し声がセトの頭をぐるぐるとまわっては消えていく。
 
 セトはしばらくぼーっと空を眺める。
 雲ひとつない真っ青な空。
 
 「ほな、迎えが来る。とりあえず邪魔にならんところで待つで。」
 
 連絡を終え、電話ボックスから出てきた柴田。
 
 そして再び道のど真ん中で立ち止まる二人。
 
 バイクに乗って走っている人がチッと舌打ちをしながら走り去った。
 
 柴田がその様子を見る。
 
 「ははははは、俺ら邪魔や。」
 
 ここでようやく気づく。
 そして二人はここなら、と邪魔にならないすぐ近くの路地へと入った。
 
#10
 
 
 「全然来ない……」
  
 日陰しかない路地にて、二人は天芽を待っていた。
 
 時刻は十時頃。
 
 柴田が欠伸をする。
 
 「まさか、アカリも迷子か……それとも——」
 
 柴田が大変真面目な顔してセトを見た。
 
 「それとも?」
 
 先程までずっとチャラチャラしていた男がこれだ。
 その緊張感にごくりとセトが唾を飲み込む。
 
 危機に陥ったような、不安を注ぐような眼差しでセトを見、口を開く。
 
 「俺達、見捨てられたかもしれへん!」
 
 そして柴田は空を見上げながら呆然と自信ありげに言った。
 
 「まじ!?」
 
 そう驚いたはいいもののすぐに、いや、そんな深刻な顔して言わなくても……とセトが柴田を目を細めて疑いの目で見る。
 
 鴉がアホーと、ツッコミをするように鳴いた。
 
 「せやな。でも俺らなんか悪いことでもし——」
 
 頷きながら柴田がセトを見た。
 
 “グガァァァァァ”
 
 「!?」
 
 柴田の言葉を遮るように突如近くで鴉が苦しげな咆哮を上げた。
 
 セトと柴田は目を見開き声の聞こえた方を見上げる。
 そこに鴉の姿は無かった。空は相変わらず青い。
 
 生き物の気配すら無い。
 
 まるで何も無かったかのように辺りは静まりかえっていた。
 
 セトが見上げたまま呆然と立ち尽くす。
 
 「え……?」
 
 「なあ今の鴉、喉の調子がよろしゅうないんか?」
 
 ゆっくり首を動かしセトの方を見、あははと柴田が言う。
 
 次の瞬間、柴田が宙に浮いた。
 
 自らではなく、何かによって飛ばされた。
 
 「……」
 
 何が起きたか分からずセトはゆっくり振り返り呆然と見ていることしか出来なかった。
 
 上へ飛ばされていた柴田が今度は下へと急降下し、地面に思いっきり背中と頭を打った。
 
 「!?柴田さん!」
 
 はっと現実に戻ったようにセトが駆け寄る。
 
 「……ッたたたた……」
 
 打ち付けられた頭を起こし起き上がろうとしながら柴田が口を開く。
 
 「カゲツキや。」
 
 「!?カゲツキ……この間の化け物!?」
 
 セトが柴田に駆け寄って上を見る。
 
 「ああ。人の憎悪から生まれ人に取り憑くバケモンや。ここ数ヶ月は出なかったんやけど……。もしかしたら目撃情報があったやつかもしれん。まあカゲツキはそんな頻繁に現れるんとちゃうからな。」
 
 「じゃあそいつぶっ飛ばさねえと!」
 
 何かがセトを見ている。
 
 憎悪の目が。建物と建物の隙間から赤く光る瞳が沢山こちらを捉えていた。
 
 すると後ろからそれらが柴田に飛びかかる。
 
 黒い影。
 
 “ギィィ”
 
 鳴きながら飛びかかるそれは、この間の影とは違い人間の形をしていた。
 
 でも、人間では無い。
 
 関節は所々変なところで曲がり、中身はきっと人間ではないと直感が訴えている。
 
 「人の形をして……」
 
 (だっていこの間の影は人の形を保っていなかった——)
 
 セトが嫌なものを見るような目で、憐れむような恐れるような目でカゲツキを見る。
 
 「はっきり人の形をしたのが現れるようになったんや、つい最近。増えてきてる。」
 
 飛びかかるカゲツキに柴田が蹴りを入れる。
 
 が、カゲツキはビクともせず揉み合いになる。
 
 そしてそのままそのカゲツキはセトの方へと首だけを尋常ではない動きで回転させた。
 
 まるで獣のような瞳でこちらを見ている。
 
 また首を回転させ柴田の方へ向き直ると、柴田へ喰らいつこうとする。
 
 柴田はそんなカゲツキを殴り飛ばす。
 
 カゲツキは壁にぶち当たり、人の血液に似た、黒い液体をぶちまけ叫び声を上げて消えた。
 
 「セト!後ろ!」
 
 柴田が振り返ろうとするがカゲツキが飛びかかりその攻撃を受け止める。
 
 「後ろ……?」
 
 セトが後ろを向いた瞬間、別のカゲツキがセトに襲いかかってきた。
 
 (まずい……喰われる……)
 
 セトの目、瞳孔が開く。恐ろしさに怯えた顔をしたままカゲツキと目が合う。
 
 「音の波」
 
 柴田が静かに呟く。
 寸前で柴田が能力を発動させた。
 
 柴田の体から広がった視覚化された音波がそのまま閃光のようにカゲツキを突き刺した。
 
 “ギャァァァァァァ!!!”
 
 血飛沫がセトに降りかかる。
 
 そして地面へと倒れたあと、カゲツキは粒子となって消えていった。
 
 残ったのはカゲツキの流した血のようなものだけ。
 
 セトはその様子に怯え、開いたままの瞳で見ていることしか出来なかった。
 
 柴田がセトの方へ駆け寄ってくる。
 
 しかしその行く手を阻むようにまた新たに一体のカゲツキが飛びついてくる。
 
 「ッ、まだおるんか……セト!」
 
 音波を飛ばしたりカゲツキと揉み合いになりながら柴田がセトに向かって叫ぶ。
 
 そしてふと空を見上げた。
 
 同じようにセトも空を見上げる。
 
 いくつものカゲツキが居て、こちらを見ている。
 
 そしていきなり狂ったような目で、ギィィと鳴きながら一斉に嵐のように降ってきた。
 
 「……!?クソっ、こんなに居るとは聞いとらんわ!?」
 
 柴田が能力を次々に発動させる。
 
 しかしカゲツキは倒しては喰らいつこうと次から次にきりなく飛んでくる。
 
 「セト!行けるか!」
 
 「——ッ」
 
 体がこわばり動けない。
 
 鉛のように重くなった足はその地面から少したりとも離れようとしない。
 
 「大通りに出られたらまずいなぁ……」
 
 先程地面に打ち付けられたところが痛み胸を抑え歯を食いしばる柴田。
 
 能力を使う際、狙った相手に与えるダメージとは比べ物にならないくらい僅かな音波だが、その微力な音波によりほんの少し骨が変に震え、折れた部分が血管や内臓に突き刺さりさらに痛みが走る。
 
 「……ッ柴田さん!」
 
 はっと正気に戻ったように柴田に呼びかけるセト。
 
 「平気や!俺はええから自分を守れ!」
 
 柴田が振り返りながらも戦いを続ける。
 
 (戦ってもキリがない——)
 
 「!?」
 
 上を向きはっと目を見開きなにかに気づくセト。
 
 「セト!!」
 
 柴田が叫ぶ。
 
 上から襲ってきたのはカゲツキ。
 
 その影を確かにセトの瞳が捉える。
 
 拳を振りかぶって降ってくる。
 
 そのカゲツキとモンタージュのように人間のこぶしが重なる。
 
 ああ、ダメだ……
 
 拳を振りかぶる父親。
 
 「おい何をしているんだ。拳喰らって死にてえか?」
 
 床に座り込んだセトが絶望にも似た、怯えた表情で父を見上げている。
 
 言い返す勇気なんか無い。
 
 兄のことを聞いただけなのに——
 
 割れたガラス瓶と掃除機が床に散らかっていた。
 
 割れたガラス瓶からは酒が溢れ出る。
 
 (酒臭い——)
 
 セトが歯を食いしばる。
 
 薄暗い部屋に光なんかなかった。
 
 「何とか言えよこのクソガキが。俺は掃除をしろと言ったんだ。酒瓶を割れなんて一言も言ってねえんだよ!兄貴と一緒か?あ?」
 
 泥まみれのどこかの軍服を着た父親が怒鳴り声を上げセトを殴る。
 
 頬を殴られたセトはその勢いで割れたガラスの破片の上に手をつく。
 
 ッ……
 
 手から血が流れる。
 下を向いたままただ歯を食いしばる。
 
 「俺は……」
 
 セトが俯いたまま口を動かす。
 
 「あ?小さくて聞こえねえよ。」
 
 こちらも見ずに父親が低い声で言う。
 
 いきなりセトの髪の毛を鷲掴み顔をちかづける。
 
 そして死んだようなその顔でセトを睨んだ。
 
 「兄はいない。母親は死んだ。お前が関わる必要はない。何百回何万回死んでもお前なんかに出来るわけねえんだよ。なあ分かるか?お前はここで俺の言うことに従っていればいい。それが最低限の生きる意味だ。それが出来ないなら死ね。」
 
 そう言い放ちセトを投げ飛ばした。
 
 「——ッ」
 壁にあたりセトがその場に倒れ込む。
 
 悔しい。でも——
 
 怖い。
 
 ただ、それだけ。
 
 
 ふと現実に戻る。
 
 カゲツキがすぐそこまで迫っていた。
 
 (怖い。怖い怖い怖い怖い怖い。)
 
 アイツが言っていたことは正しかったんじゃないのか?とセトが呆然とカゲツキをみて絶望の表情で立ち尽くす。
 
 「セト!」
 
 柴田の叫びはセトには届かない。
 
 「生きる意味なんて……」
 
 セトがふと口を動かす。
 
 先程の父親の言葉が何度もよぎる。
 
 「お前なんかに——」
 
 結局こうだ。
 
 セトが服を握っていた拳を緩めた。
 
 「できるわけ、ねえんだよ——」
 
 (結局父親無しでは何も出来ない。用済みの俺は死ぬんだ。)
 
 はは、なんか笑えてくる。
 
 セトが不気味に、そして静かに笑った。
 
 カゲツキはすぐそこまで迫ってきている。
 
 セトが顔を上げ目を瞑った。
 
 ピチャ
 
 突然、頬に液体が降りかかった。
 
 「!?」
 
 (冷たい……)
 
 上を向いたまま恐る恐る目を開ける。
 
 足元に先程襲いかかってきていたカゲツキが血飛沫を上げ倒れていた。
 
 飛んできた液体を手で拭い見ると、黒っぽい汚い血が着いている。
 
 「冷たい……」
 
 今度は口を開き呟く。
 
 「カゲツキの体温は外気温と同じ。」
 
 スタッと人影が静かに着地し少女の声が聞こえる。
 
 セトがゆっくりと声の聞こえてきた方を見る。
 
 拳銃を片手に持った、右目に眼帯をし、茶色の髪の毛を編み込みと一緒に下の方でふたつに結んだ少女が立っていた。表情はない。
 
 昨日の……
 
 昨日、ロビーにて月宮の前にいた、あの眼帯の少女だ。
 
 天芽はセトをチラッと横目で見たあと、持っていた拳銃を顔の横まで持ち上げ口を開く。
 
 「もう少し加勢したらどうだい?少年。」
 
 一言、少し目を細め揶揄うような瞳でセトを見て少女は言った。
 
 「だって俺は——」
 
 セトが視線を逸らし地面を見つめる。
 
 (人を殴れない。殴られる側でいつも防戦一方で。)
 
 (無力だって先程分かった——)
 
 「大丈夫か!?」
 柴田が敵を払い除け急ぎセトに駆け寄ってくる。
 
 「大丈夫。少年は弱くない。」
 
 少女はどこか威厳を漂わせながらそう言い、軽快な動きで銃を撃ち敵を次々と倒していった。
 
 柴田は戸惑った様子を見せたが、うなずき、
 「ほな、頑張れセト。」
 と軽く言い、再び敵の方へ攻撃を仕掛ける。
 
 しかしセトは走り出した。
 
 体が勝手に逃げ出したように、歯を食いしばり。
 
 後ろで柴田が何か言っている。
 
 (そういえばいつも逃げてばかりだ。)
 
 走っているセトの顔にまた諦めの笑みが浮かぶ。
 
 「結局——」
 
 路地を抜ける手前で足を止めた。
 
 「うぅ……」
 
 あ……
 
 突然聞こえた鳴き声にセトがふと顔を向ける。
 
 泣き叫ぶ小さな男の子が、両手の拳を強く握り立っていた。
 
 そして男の子の目の前には一体のカゲツキがいた。
 
 今にでも目の前の男の子に食らいつこうとしている。
 
 それを怯えた目で見ながらセトはまたその場から逃げようと足を動かす。
 
 すれ違う際、泣きじゃくる男の子と横目で目が合った。
 目が合ってしまった。
 
 (俺の、存在する意味なんて……)
 
  ふと、かつての記憶がよぎる。
  
  昔、兄が言ってくれた言葉。
  
 『誰かを助けるヒーロー……いい夢だな。その時は僕も応援しに行くさ。約束。』
 
 
 「……」
 
 セトが下を向く。
 
 (約束——したのにな。)
 
 「——ッ」
 
 立ち止まり、もう一度男の子の方を見た。
 
 (俺は弱いままだ。)
 
 セトが男の子のいるほうに向かって走り出す。
 
 今日はやけに風が強い。
 
 (あの頃も、今だってきっと。)
 
 そのまま走り続ける。
 
 (でもこの子はそんな自分よりもずっと弱い。)
 
 男の子とカゲツキの間に入り立ち止まり、カゲツキから男の子を庇うように手を伸ばしカゲツキを睨む。
 
 (弱くたって、強くなれる。)
 
 セトが目をかっとかっぴらく。
 
 「……ッうりゃぁぁぁぁあ!」
 
 そして男の子に襲いかかろうとするカゲツキに向かって殴りかかった。
 
 誰かを守りたいという心の現れの炎。
 
 拳が炎をまとう。そしてカゲツキへと直撃する。
 
 その衝撃でカゲツキは勢いよく回転し黒く冷たい血を流しその場に崩れ落ちた。
 
 拳があたり、纏った炎は舞い踊るように空中へと消えていった。
 
 カゲツキは糸の切れた操り人形のようにピタリと止まって動かなくなった。
 
 はぁと息を少し切らしながらセトは自分の拳を見る。
 
 (俺にだって、生きていていい理由がきっと——)
 
 そして目を瞑る。
 
 (きっと誰もがヒーローになれる。)
 
 奥を見れば向こうも戦闘が終わったようで、空へと消えていくカゲツキたちの死骸を背に柴田と少女がこちらに向かってきた。
 
 おお!と笑う柴田の横で少女は欠伸をした。
 
 「セトお前強いんやなー……ってあ!」
 
 はっとなにか思い出したかのように柴田が男の子を指さす。
 
 男の子は涙を拭いはてなと見上げる。
 
 「猫探しの依頼主の男の子や」
 
 柴田がセトの方を見た。
 
 「ええっ!?」
 
 セトが大袈裟に驚きその男の子を見る。
 
 「っ……うぅ……」
 
 堪えようとして唇を噛み締めているが男の子の目からは涙がこぼれ落ちる。
 
 カタン
 
 セトのすぐ側のからのドラム缶に何やら小さな影が音を立てて乗る。
 
 猫がこちらを見ていた。
 
 セトがそれに気が付きそっと猫に近づく。
 
 「っと」
 
 首を傾げる猫を慎重に素早く捕まえる。
 
 そして猫を抱えたままゆっくりと泣いている男の子の前で目線を合わせるようにしゃがむ。
 
 「ほら、もう大丈夫」
 
 珍しく優しい声でセトがにっ、と笑った。
 
 男の子が涙を拭いながら恐る恐る目を開ける。
 
 そして顔が一気にぱぁあっと明るくなった。
 
 セトが猫を引き渡す。
 
 「お兄ちゃんありがとう!——かっこよかった!!」
 
 泣き止んだ男の子が嬉しそうに猫を抱えながらセトの方を見、そう言った。
 
 「ッ!」
 
 セトがその言葉に大きく瞳をひらいた。
 
 「ありがとう!」
 
 男の子が猫を抱えながら手を振った。
 
 「……ああ、またな!気をつけて帰れよ」
 
 大通りの方へ走っていく男の子にセトが笑顔で手を振って見送った。
 
 男の子の姿が見えなくなるとセトの顔が不安に変わる。そして下を向く。
 
 「でも俺は……」
 
 「それは——」
 
 そんなセトを横目で見て、少女は静かに口を開く。無表情には近いが、少し優しく笑っていた。
 
 「素直に喜んでいいところだよ」
 
 穏やかな風が吹いた。
 
 太陽の光が大通りの方から差し込む。
 
 「……素直に——」
 
 顔を上げ、少女の方を見る。
 
 大人っぽい顔にいたずらっぽく笑う口。
 
 「十分強かった。確かに君は逃げたし、影特隊としてはまだ序の口かもしれない。でもさっきの子は君に救われた。」
 
 そして少女はセトの方へと歩き出す。
 
 セトの横を通り過ぎようとした時、ちらっと目が合った。
 
 「もっと胸を張って生きていいんだよ。世の中そんなに厳しくない。」
 
 そう言うと少女は何事も無かったかのようにすました顔でセトに背を向けながら歩き出す。
 
 空は青い。
 
 「せやな。」
 
 柴田が頭の後ろに手を組み少女を追うように歩き出す。
 
 「……」
 
 静かに自分の拳を見るセトの顔には年相応の無邪気な笑みが浮かんでいた。
 
 (初めて自分を認めて貰えた。
 そして初めて自分を認めた。)
 
 そしてセトも二人の後を追って歩く。
 
 三人は大通りへと出た。
 
 「あ、そういえば誰?」
 
 人々の流れに乗りながら少女に続き歩く。
 
 そういえばとセトは柴田に聞いた。
 
 「ああ確かに言ってない。あいつがアカリや。さっき言った天芽存花梨(あまめ あかり)。ヒルガオの社員。」
 
 柴田が前を歩く少女、天芽の背中を横目に見る。
 
 「迎えに来てあげたんだよ。少しは感謝したら?」
 
  前を歩いていたはずの天芽が気づけば目の前に居た。
  
 「!?いつの間に……?」
 
 セトが大袈裟に驚き顔を少し後ろにひく。

 「せやな、ありがとな。」
 
 相も変わらずへらへらと笑う柴田。
 
 信ぴょう性の欠けらも無い。
 
 「あ、ありがとう……」
 
 セトが驚きながらも素直に言った。
 
 「それでよし。」
 
 表情は小さいが満足気にうなずき再び歩き出す天芽。
 
 無表情だったりたまに威厳が現れたりかと思えばマイペース。
 
 よく分からない。掴めない。
 
 「そういや、アカリは何しとったん?」
 
 ふと柴田が聞く。
 
 「宵闇が一般人も殺してないとか殺してるとか。」
 
 天芽が歩きながら後ろのふたりを目を細め横目で見る。
 
 「宵闇?」
 
 はてなとセトが聞き返す。
 
 「宵闇部隊。影特隊離脱部隊。カゲツキを抹消することに変わりはないんだけど、私たちとはやり方が違う。」
 
 行き交う人々の隙間から見える表情を一切変えない天芽。
 
 いくつなのだろうか。
 
 だいぶ大人びている。
 
 セトとほんの少ししか変わらない気がするのに。
 
 「やり方が違う……?」
 
 「なんでも、一般人にも危害を加えてるっちゅう噂があるんや。」
 
 柴田が疑問を浮かべるセトに説明を付け足す。
 
 「一般人にもって……」
 
 「ラズライトへの規則が幾つかある。一つ、影特隊の上からの司令は絶対。一つ、カゲツキに関する新たな情報は上に報告すること。一つ、カゲツキはどんな理由があれそれ以上被害を増やさないため抹消すること。一つ、カゲツキでない一般人に決して危害を加えてはならない。」
 
 天芽は立ち止まらず歩き続ける。
 
 「そんなのがあったのか……」
 
 セトがほう、と頷く。
 
 「聞いてないの?」
 
 「聞いてない。」
 
 「まじかよ!?」
 
 柴田が驚きセトに体ごと向ける。
 
 「まあいいや。」
 
 「まあいいの!?」
 
 大袈裟に驚く柴田を横目で見、それはさておきと天芽が続ける。
 
 「この後二人暇?」
 
 はてなと天芽が問う。
 
 「悪いわ、俺この後多分もう一度さっきの現場に招集される。」
 
 柴田が申し訳なさそうに手を合わせ片目を瞑る。
 
 「もう一度?」
 
 セトがどうしてと首を傾げた。
 
 「影特隊の調査班が向かってるっぽいけど、状況説明した方がええやろ?もうカゲツキは黒い血痕に似たものだけ残して跡形もなく消えた訳やから。」
 
 柴田がほら、と手を振りながら説明する。
 
 「なら俺らも……」
 
 「アカリは仕事が残ってるし、それにそっちは人手不足なんやろ?セトを貸したる。」
 
 にへっと柴田が笑う。
 
 「なるほど。じゃあイザナミだけ借りてく。」
 
 天芽が手を顎に当て頷く。
 
 セトを置いて話が進み続ける。
 
 「ほな、俺は戻るで。くれぐれも死ぬなよ。」
 
 柴田が軽く手を振った。
 
 死ぬなよ……?
 
 「死ぬ?死ぬって——」
 
 「じゃあな!」
 
 「ちょっ、柴田さん!?」
 
 柴田はこちらも振り返らず早々に歩いて先程の現場へと歩いて向かってしまった。その背中に呼びかけるも帰ってこない。
 
 「死ぬ……?」
 
 「行くよ。」
 
 気づけば天芽も歩き出していた。
 慌ててセトも後を追う。
 
 「どこに……?」
 
 天芽が振り返る。髪の毛がふわっと膨らんだ。
 
 「街の外れ。」