#5
月明かりが当たりを照らす。
真夜中の中心街センタボルタの端。
フクロウの鳴き声が不気味に響いた。
住宅街の一角に何でも屋の看板をかけた建物が現れる。
何でも屋……
本当に何でもしてくれそうなウェルカムな見た目のその建物の前で月宮が立ち止まる。
「着いたよ」
月宮が入口の前まで来るとポケットに手を入れたまま振り返った。
暗い夜道にぼんやりと月宮が微笑んだ気がした。
「ここが……」
セトが建物を少し離れたところから見上げる。
そして深くため息をついた。
「ようやく諦めが着いたかい?」
月宮が不敵に笑みを浮かべ、風が嫌に吹き荒れた。
セトが目を逸らしもう一度分かりやすくため息をつく。
そして唇を尖らせた。
「だって月宮さん、すぐ気づくじゃねえか……」
そんなセトを見て月宮は満面の笑みを浮かべ振り返った。
うどん屋からここに向かうまでの道中のことだ。
前を行く月宮の背中にやたらと警戒しながら少し後ろをゆっくりと歩くセト。
息を殺す。
次の瞬間、さっと横の路地に逸れた。
「よし!」
建物の壁越しに月宮が追ってこないことを確認すると安心したようにガッツポーズを静かに掲げた。
「よし!」
しかしそんなセトの表情が固まる。
いつの間にか目の前に現れた月宮が顔を覗かせた。
「ひぇぇえ!」
セトは驚きのあまり大きな声を上げて道を飛び出した。
またしばらく進んで夜の賑やかな人混みにセトがひとり。
酔っぱらいの集団にキラキラした集団。
ここなら……
完全に月宮が見えなくなるとセトがまた安堵のため息をこぼす。
「今度こそ……!」
しかしまた月宮が後ろに現れた。
「そっちじゃないよー」
思い出し何度目かの溜息をつき悔しそうに歯を食いしばるセト。
もはや何も言えない。
「諦めたみたいだね。じゃあはい、今日からここが、君の拠点。」
月宮が勝ち誇る訳でもなくはいはいと何でも屋、ヒルガオの扉を開けて中を指さす。
その中は、真夜中だと言うのにシャンデリアやライトの穏やかな明かりで照らされていた。
月宮が入り扉を抑えてセトを見る。
ここが拠点……
仕方なくセトもその玄関をくぐった。
ガチャ
扉を抑えていた月宮がゆっくりと閉めた。
ロビーは狭くもなく広くもなく。西洋のアパートを感じさせる。
観葉植物やライト。清潔感のあるロビーにはソファがこちらに背を向けて置いてあった。
「部屋が一室空いてるから、自由に使っていいよ」
月宮がそう言ってセトに向かって何かを投げる。
「っと」
それをセトが慌てつつも受け取る。
じゃらりと手の中で音を立てた。
ゆっくりと手を開く。
鍵だ。
そんなセトをお構い無しに月宮が歩き出す。
「そこの階段上がって五階の一番突き当たりの部屋。明日起きたら二階の扉開けて入ってきて。」
そう言いながらそのまま、こちらに背を向けたソファの向かいにある別のソファにドカッと体を預ける。
「まあ僕は多分まだ寝てるだろうけど」
怠惰な、眠そうな顔でセトを見た。
シャンデリアのその明るさに反して建物内はやけに静かだった。
セトが少し戸惑う。
「え、っと……」
いきなりの説明の少なさにセトが少しの怒りと諦めと疑問を混ぜ合わせたようななんとも言えない引きつった顔をする。
そして鍵を持ったまま扉の前で立ち尽くした。
「セト君が来ることはみんな知ってるから、名前言えばわかるよ」
月宮が起き上がり座ったままテーブルの上の酒の瓶を開ける。
セトのことはもう見ていない。
セトがふと口を開く。
「今日は……」
「おやすみ!子供は寝なさい」
子供は寝なさいという言葉に似合わない遊び人の悪い大人の顔で笑みを浮かべ月宮が手を振った。
(多分この人に何を言っても——無駄だ……)
セトはため息をつき諦めたように歩き出した。
歩く度に足音が小さく響く。
階段へと向かう途中ソファの方をちらりと振り返る。
月宮の向かいのソファ。
先程までは背を向けたソファで見えなかったがそこには一人の片目に眼帯をした少女がだらっと深く座っていた。
と言うよりは寝ていた。
「……」
セトがあっと小さく驚く。
少女がぱちっと静かに目を開く。
目が合った。
「……」
しばらくその表情のない顔でセトを見つめると少女はそのまま何を言わずに目を閉じてしまった。
「……」
セトは何だ?と首を傾げる。
「ん?」
酒を注いだグラスを片手に月宮がセトに視線だけを向けた。
「いや……その人は……?」
月宮がセトの視線を追うように目の前を見る。
「ああー、相変わらずだらしないよね」
月宮はあまり気にしていないようでサッと冷たく言った。
「ほら、いったいった。」
月宮が酒を片手にセトに向けてしっしっと手を振った。
セトは特に何も言わずに不満そうな顔をしたまま階段を上がった。
セトが階段をあがっていく音が段々と遠くなりやがて消えると、月宮が酒の入ったグラスを片手にソファに背を預けた。
「何か言ってやればよかったのに」
目の前の少女を見ることもなく言う月宮に少女が静かに目を開ける。
「別に必要ない」
小さく呟く少女に呆れたような顔で月宮がグラスを置いた。
そのグラスを少女が横目で見る。
相変わらず表情は無い。
ふと少女がそのグラスに手を伸ばす。
「は?」
月宮が目を細め少女を睨みながら、少女の手が届く前にグラスを取り上げた。
「何?」
止まった少女の手を見て月宮が冷たく吐き捨てる。
「くれないんだ」
少女が手を戻し月宮の持つグラスを見た。
「当たり前。子供は黙って寝てなさい」
月宮が先程セトに言ったのと同じように酒を飲みながら特に表情を変えることなく言った。
「……」
しかし目の前の少女は目を閉じたまま背もたれに寄りかかっていた。
「……それ、寝てるの?そこで?」
月宮がまた呆れたように冷たく言い放った。
階段を上がり五階に顔を覗かせるセト。
一階と違い最低限のあかりだけがついていた。
(突き当たり……)
静かな空間にセトの足音が響く。
幾つもの扉が並ぶ中やがて突き当たりまで来る。
セトがゆっくりと鍵を差し入れ回した。
そして扉を開けて中へと入っていった。
#6
六年前
広大な草原にポツポツと小さな家が立つ田舎町、リンラード。
柔らかな風が吹き草木を揺らす。
「もーいーかいー?」
木の前で目を伏せているのは幼い頃のセト。
ぎゅっと見えないように目を瞑りながらありったけの声を出す。
しかし返事はなく草木の揺れる音が大きくなるだけ。
「もう待ちきれないよ。探しに行く。」
日が沈みかけている。
夕日がセトの背中を赤く照らす。
セトはうーんと悩みながら草原を見渡した。
そしてなにか思いついたかのように小屋の方へと走りだす。
「兄ちゃーん!どこー?」
小屋の扉の前。セトは手をメガホンのようにし、思いっきり叫んだ。
しかし声は風に乗って空へと消えていく。
「俺の負けでいいからさ!あーでも俺今日一回も勝ってない……でも兄ちゃんそろそろ帰らないとご飯の時間だよ!」
言葉が響き渡る。
しかし小屋の中から返事は無い。
小屋の扉の向こうからガタッと何かが落ちる音がした。
「ここだ!!」
笑顔で扉をギィィと開ける。
猫が棚の上から飛び降りるように出てきて走り去って行った。
セトはわっとその猫に驚いて一歩退く。
「もしかして帰っちゃったの?」
ムッと頬を膨らませ呟くと、セトは家の方へと駆け出した。
明かりの灯った小さな木の家。
夕日がいつもより不気味に影を落としていた。
「ただいま!」
扉を開ける。
静まり返った家の中、誰からも返事はない。
セトが少し不安そうに顔をしかめる。
「あれ?お母さん?」
家の中へ入りキョロキョロと見回しながらも廊下を進む。
裏口の扉が空いていた。
セトは不安げにその扉の方へ駆け寄る。
そこに知った人影を見るとセトは安心したように笑った。
「ああ……おかえり……」
裏口の扉の前、疲れ果てたような目をした母親が立って外を覗いていた。
「ただいま!兄ちゃんもう帰ってる?かくれんぼで俺がもういいかいって聞いても全く返事してくれなかったんだ。きっとまた俺を放って帰っちゃったんだ。」
セトが笑ったり頬を膨らませたり表情豊かに母に向かって説明する。
しかし母は遠くを見てこちらを見ない。
まるで、聞こえていないみたいに。
「……そう……」
「何見てるの……?」
自分の話が母親の耳に届いていないことを悟ったセトは首を傾げる。
そして母親の視線の先へ、外へ目を向けた。
「……?」
そこには、こちらに背を向けた父親が立っていた。
そしてその足元には、赤い水たまりができていた。
その液体は土へと染み込むことなくその鮮やかさを保ち続けている。
日が沈みやがて辺りを影が飲み込む。
返事は無い。
「ねえ、兄ちゃんはどこに行ったの?」
セトが純粋な顔でハテナと首を傾げた。
「……」
「ねえ、兄ちゃんは——っ!?」
とたん、セトの体が宙に浮き、地面へと打ちつけられる。
「さあな。」
父親が蹲るセトをただ見下ろす。
息子を殴った手と反対側には包丁が握られていた。
しかしどこにも兄はいなかった。
#7
翌朝、ヒルガオ二階の扉の前にてセトは一人立っていた。
朝だと言うのに廊下には人の気配はなく昨日と変わらず静かだ。
昨日は少ししか寝れなかった。
とはいえいつもの事であって、いつもどおりなにかに怯え朝は早く起床。
(またあの夢……)
今朝の夢が離れないセトは扉に手をかけため息をついた。
そしてきっとと顔を上げ目の前を睨む。
(こうなったら仕方ない)
そしてドアノブを回す。
(なるべく忠順にして——)
勢いよく扉を開けた。
(なるべく多くの情報を得る——!)
扉を開けると先程の廊下の静けさをかき消すようにそこから朝日の光が溢れ出した。
セトが眩しさに目を細める。
すると早速声がかかった。
「あ!おはよ〜」
どこか気の抜けたふんわりとした青年の声。
目の前には制服を着た青年。
彼がほわほわした空気を漂わせながら手を振った。
にこにこと優しく笑いかけられセトが少し戸惑う。
月宮とはまた違う笑いだ。
「おは——」
セトが口を開く、がそれを遮るように別の声が飛んだ。
「進藤ー!」
セトの声を閃光のように駆け抜け遮った大きな声。
セトが驚き一瞬固まる。
「ねえ、ここにあったクッキー知らない?」
進藤がええーと振り返る。
セトもそちらを見た。
キャスター付きのチェアに腰掛け机の上を制服を着た少女が荒らすようにものを探していた。
乱雑に散らかしては中を除き、ないーと苛立っているようだ。
「ねえ進藤聞いてる!?」
ふと顔を上げ少女が怒ったように進藤の方へ振り返り睨んだ。
ピリっとした空気が流れる。
「!?」
進藤と呼ばれた青年と、なぜかセトもその声に驚き肩を震わす。
なんだか随分久しぶりなきがした。
低い声ではない、高い声の怒りを聞くのは。
「知らないよ〜、自分で食べたとかじゃないの?」
やれやれと進藤が頭を掻きながら少女を見る。
しかし少女は納得がいっていないようだ。
「絶対に違う!」
頬をふくらませながら進藤を睨む。
「えっと……」
セトが戸惑いながらさっと辺りを見回す。
これだけの乱闘が繰り広げられているというのに、他の人間は全く気にしていないようだ。
机と椅子が並んでいる奥にあるふたつのソファ。
そこには若い男が二人向かい合って座っていた。
「師匠!今日のお弁当はなに入ってるんですか!」
一人は目を輝かせながら目の前の相手に話しかけている。
「……」
対するもうひとりは無表情でもぐもぐと弁当を食べていた。
「……」
そしてその奥では軽快そうな赤髪の男が手を頭の後ろに回し眠っている。
すると突然、セトの肩にポンと手が触れた。
セトが猫がけを逆立てるように驚き素早く振り返る。
「!?」
「あ、ゴメン驚いた?」
ぼぅっとしてたから……と進藤がゆっくり笑った。
「……いや、別に——」
その笑みに、セトが申し訳なさそうに笑った。
「君がイザナミ君だよね。社長から聞いてる」
「社長……?」
セトが首を傾げる。
すると先程のクッキーを探していた少女の声がこちらに向かう。
「ちょっとあなた、私のクッキー知らない?やっぱり進藤が食べてたでしょ?」
そこにいつの間にか立ち上がっていた少女が腰に手を当てもう片方の手でセトを指さし疑いの目を向ける。
呆れ気味に疑う少女にセトはありのままに伝える。
「いや、知らない……」
「本当にー?」
セトに指を指したまま少女が進藤の方を見る。
「だから食べてないって!」
「ていうか誰?」
慌てて弁解しようとする進藤を他所にいきなり少女が体勢を整え、ん?とセトを見る。
「言ってたでしょ、イザナミ君。社長が言ってた」
進藤がむすっとしながらも説明する。
セトがえっとと人差し指で頬をかいた。
「あーー!なるほど!」
さっきまでの疑いや怒りはどこへやら、少女が納得した顔で指を立てた。
感情がジェットコースターみたいだ。
「イザナミね!私は辻村 文。よろしく!」
にへっと笑みを浮かべた少女……辻村が少し上半身を前へとたおしイザナミに言った。
「俺は進藤 文也。よろしく」
その隣でほわほわと進藤が笑う。
が、辻村の視線が進藤を突き刺す。
「クッキー」
「えぇ……」
「よ、よろしく……?」
セトがそんなふたりに割って入るようにまた首を傾げた。
そしてずっと抱えていた疑問を投げる。
「なあ、社長に聞いたって……俺は今どういう状況……?」
セトが少し不貞腐れた顔をしながら聞いた。
辻村が驚いた顔でこちらを見ていた。
まるでなんで知らないの?とでもいいたそうな瞳で。
「そうだ!じゃあ詳しく話そう」
いまだ!と焦ったような顔で辻村をチラチラと横目に進藤が言った。
クッキーの話から逸れるチャンスなのだろう。
しかしそんな進藤に相変わらず辻村はムスッとした。
「詳しく」
それを察したのかセトがその提案にのる。
進藤が良かったと笑いながらチラッと辻村をまたみた。
「カフェで」
進藤がそう言った途端、ムスッとしていた辻村の表情がぱぁっと明るくなった。
そしてそのまま扉の方まで元気に向かう。
髪の毛と制服のスカートがふわりふわりと揺れる。
「何してるの?早く行こうよ」
振り返る辻村。
進藤はこっそりと言うようにセトに顔を近づけ横から言った。
「アヤの機嫌も治りそうで良かったー……」
「確かに、少しおっかなかった……」
同じくこっそりと怯えたふうに同情の瞳でセトが言った。
「ちょっと!何よ二人して」
辻村が再び頬を膨らまし腕を組む。
「えぇー、何も言ってないって」
あははと薄く笑う進藤。
ぷいっとこちらを見ない辻村。
「あ、拗ねた?」
「進藤のばか!あほ!」
いきなり辻村が進藤に向かって叫ぶ。
セトは口を挟めない。
彼らはどういった関係なのか。
そんなの問わなくても誰もがわかる、普通の学生カップルである。
「アヤ、僕は馬鹿じゃないよ?」
とぼけた顔でわざと真剣な顔して言う進藤。
「……ッあーーー!もういいから、ほらさっさと行くよ!」
はぁーと盛大に溜息をつき頭に手を当てたあと辻村が進藤とセトの腕を掴む。
「ちょっえ??」
驚くセト、驚き痛がる進藤。
「痛い!アヤ痛い!!」
二人は辻村に半ば強引にひっぱられ事務所を後にした。
#8
ヒルガオ社を出てすぐ近く。
暖かな日差しがさすその場所は、カフェれいん。
気に包まれた店内はまず、温かさと居心地の良さを客な提供した。
「お待ちどうさまでーす!」
店員の少女がテーブルの上にことっと注文の品を丁寧に並べる。
進藤、セトの前にはサンドウィッチのセット。そして辻村の前にはプリンにケーキ。
テーブルにソファの席で、辻村と進藤が隣同士、その向かいにセトが座っていた。
「ここ、近いからみんなよく行くんだ。美味しいし」
進藤がサンドウィッチを頬張りながらセトに頷き説明する。
「んー!」
その隣で辻村がケーキを口に運ぶと溢れんばかりの幸せを表情に出し目を瞑る。
「ミク姉ー!今日もサイコーにおいしい!」
「ありがとうございますっ!」
辻村が店員の少女に向けて笑顔で手を振った。
店員も振ると、ぱあっと優しい笑みを浮かべた。
そんなふたりを他所に進藤がそういえばとセトを見る。
「カゲツキについては知ってるんだよね」
「まあ、有名な話でだいたいこことは聞いたことが……」
それはこの国に伝わる有名な御伽噺である。
カゲツキ
ある日、それは現れた。
黒い影。
それらは最初、溜まり溜まった人間の負の感情が擬態化し生まれたものと言われている。
そしてそれらは人間を攻撃し——
人間を飲み込む。
全てを飲み込みやがて影に飲み込まれた人間は同じ影となりさらに別の人間を飲み込んだ。
そしてそれらはやがてカゲツキと呼ばれるようになった。
人々はただ、その驚異から逃げるしか無かった。
セトが知っている限り呟く。
すると進藤が口を開く。
「それには続きがあるんだよ」
ある日、希望の光が差し込んだ。
その光はやがてカゲツキを倒す力を一人に与えた。
女神のようなその存在の名はカミツキ。
カゲツキに対抗するように生まれた存在である。
そしてその後続々と現れたのは、様々な能力を持つものたち。
巫女を中心として現れた小さな光たち。
彼らによって世界が完全に影に飲み込まれるのが防がれたのであった。
「それが——ラズライト」
「それの事だったのか——」
そう言うと隣で美味しそうにプリンを頬張る辻村を見るように頬杖を着きながら進藤は続ける。
「カゲツキになってしまったらあとはひたすら人間を喰らう化け物になる。だからそれを止めるために僕らラズライトが居るんだってー」
「ゾンビみたいだよね」
辻村が食べ終わったスプーンを片手に持ちながら肘を着いてもう片方の手で頬杖をついた。
ああ、なんかしっくりときた。
「あ、確かに」
それだ!と言わんばかりの納得とそれに対する驚きで少し目を見開いたままセトが頷く。
「イザナミ君の話をする前に、このヒルガオ社の立ち位置から説明するね」
再びサンドウィッチを頬張りながら進藤が言った。
「長くなるから食べちゃいな」
辻村がセトを促す。
セトが元気に食う!と言い目の前のサンドウィッチを食べ始める。
「まず前提、ラズライトは必ず国が把握していなければならない」
「それは聞いた、反乱したらやばいんだろ?」
サンドウィッチに齧り付くセト。
「そりゃあ能力者だもんね」
「ね。」
進藤が続ける。
「まず、カゲツキに対抗する勢力として、もう既に国として組織を形成してる。カゲツキ特殊部隊。」
「通称影特隊って言ったら聞いたことあるでしょう?」
影特隊……。
時々街で聞こえるその言葉。
「あー、なんとなく?」
「あなた本当になんも知らないのね」
辻村が不思議がって目を見開いた。
「その影特隊は全部ラズライトで形成されていて、総大将っていう王族の次に偉い人が軍と一緒にまとめてる。で、全部で五つの部隊がある。」
セトがまたサンドウィッチをひとかじりする。
じゅわっとトマトの汁が溢れた。
「まあ元々七つあって、そのうちの一つが今は軍として動いてる。軍だったら割と身近だろ?」
「たしかに……」
身近もなにも、先日捕まりそうになった……。
「まあもうひとつは宵闇っていう組織になったんだってさ。」
進藤が食事を終え背もたれにもたれかかりながら少し目を瞑る。
「宵闇?」
セトがまたひと齧りする。
「あんまいい噂聞かないけど一応もと影特隊だしカゲツキ退治してるみたい」
辻村がアイスコーヒーに刺さったストローを頬杖を着きながらクルクル回す。
「はあ……」
「まあ一旦置いといて、」
目を開けてすこし起き上がる進藤。
「さっき影特隊から軍になったって言ったよね?」
「ああ」
「てことは文化的に軍にはラズライトもまだ何人かいるんだよね」
「そこから派生した何でも屋がヒルガオ社!」
辻村が進藤の説明を遮る。
ん?
「なんでそこでいきなり何でも屋!?」
セトがツッコミを入れる。
セトは頭の中で一度整理する。
王が偉いのは誰もが知っている。
その次に偉いのが総大将らしい。
そしてその総大将がまとめるのがカゲツキに対抗する勢力、カゲツキ特殊部隊、通称影特隊。
元々は七つあったけどいまは第一から第五部隊まであって……
離脱したうちの一つが宵闇というよく分からない組織。
そのうちの一つが軍に……
そして、そこから派生した何でも屋、ヒルガオ……
何でも屋……?
ややこしさにセトが頭を抱えた。
「軍とか隊とか色々大変だから一般人のちょっとした困り事にもラズライトとしての能力を使えたら!てきな発想らしいわよ」
辻村がストローからコーヒーを飲む。
容量がオーバーしたセトは最終の答えを導き出す。
もはや、もう訳が分からないが分かったと言わんばかりにすこし死んだ目で頷く。
「めっちゃいい人じゃん……」
それを見て進藤がぷっと吹き出し笑った。
「適当にまとめやがった」
「まあ表向きは何でも屋、実際は中央軍からの派生で軍じゃ自由聞かなくてどうしようもない問題を請け負うだよね」
辻村がずずっとコーヒーを最後まで飲みきり説明した。
進藤もさっきまでの笑いの余韻を残しつつ口を開く。
「結構ラズライトとしてはここだと自由きくんだよね。ほら、現にイザナミ君」
進藤がセトを指さした。
横から辻村が頷く。
「社長が軍とか隊に追われてたイザナミを拾ってくれたんだよー」
「……でもなんで?」
セトが険しい顔で手を返す。
「えーっと……その辺は特に聞いてないから俺たちからは何も……」
まさかの質問に進藤があははと苦笑いした。
「……」
少し驚いたあと、セトが仕方ないかという顔で二人を見た。
辻村がふと進藤を見る。
「そういえば進藤、明日提出の課題って——」
辻村のその言葉に進藤があっ、と目と口を見開く。
「やっば、忘れてたー……」
ちょうどそこで、ガチャっと扉が開いた。
チリンと扉についていたベルが可愛らしい音を鳴らす。
「いらっしゃいませー——あっ、社長さん、おはようございますー」
カウンターの奥からちらっと顔を出しながら先程の店員が言う。
その客の顔を見るなり店員があっと驚きながら客の元へと歩み寄る。
「課題……あっ、セト君まさに今きたのヒルガオの社長だよ」
どうしようかと顔を顰めながらも進藤がそれに気が付き説明した。
「……社長……?」
「ああ。いつものを頼む」
若い男の声。無表情の顔の客が腕を組みながら立っていた。
「いつものって、どのいつものですかー?」
店員が相変わらず愛想のいい顔で指を頬に当て首をかしげる。戸惑う様子は見せない。
「……ん?」
背中越しに聞こえるその会話にセトが違和感を覚え顔を傾げる。
「いつもの……」
客は頑なに真面目な声を張る。
「じゃあサンドウィッチにしちゃいますね」
指で天井を指す客の言葉を遮るように店員はとっとと厨房へと戻って行った。
その客はあげていた腕を下げて顎の位置まで手を持ってくる。
そして何事も無かったかのように頷いた。
「うむ……」
「いや何がしたかったんだよッ!」
セトが思わず立ち上がって振り返った。
そんなセトをよそに客はこちらに気づいておらず目が合わない。
「……」
しばらくの沈黙の後、さっと目が合った。
「なんだ、騒がしいぞ」
手を顎に付けたまま客がしれっと言う。
「……」
しばらく目が合うふたり。
「なあ本当にあれがさっき言ってた社長!?」
そしてセトが振り返りその客を指さしながら辻村と進藤に向けて聞いた。
「え?そうだよ」
「うん」
当たり前だろと二人がきょとんと頷いた。
「なるほど。君が昨日月宮が連れてきたラズライトか。」
先程の客がいつの間にか納得したようにふむとそのまま頷きセトを見る。
セトは呆れた様子で疑いの目を向けながら振り返る。
「まあ……」
不審なものでも見つめるような目のセト。
その客はしばらくそのまま動かない。
「では早速、ひと仕事してきてもらおう」
よし、とひとりでに相変わらず無表情な顔で真面目に言い出す社長と呼ばれた客。。
「えっ?ちょ、話を聞きた——」
疑いの目のセトが突然の指示に驚き目を見開く。
「またねー」
「がんばれー」
助けを求めに後ろを振り返るが二人は相変わらずだらけながらセトに手を振った。
「ちょっ……」
「あ、ついでに。」
無表情のまま口を開いた社長。
セトがん?と振り返る。
「余はヒルガオ社の社長、夜刀だ。」
夜刀がさらっと自己紹介をした。
今更かよ……
セトが不安そうにため息をついた。

