ことばにおとをー君の死を、僕の最高傑作の燃料にー

卒業式当日までは、格別の出来事もなく時間は過ぎていった。
事が起こったのは卒業式が終わった後で、
本田に挨拶をしようと、彼の取り巻きがいなくなるまで体育館横に立って待っていた。

花冷えに時折体を震わせながら、桜の木に身を任せて俯いていると、二足のローファーが視界に入った。
顔を上げると、僕より少し背の高い宮野が、光のない目で上から僕を見ている。

遠くの春雷が耳に便りを届ける。
朝から曇っていたから、にわか雨がくるのかもしれない。
彼の目が生み出す沈黙と、冷え切った無音。うすら寒い空気を打ち消したくて、頭の中で関係のない思考を巡らせる。

「何してんの?」

お腹の底まで響くような低音。友好の兆しなど、微塵も感じさせない、僕への拒絶の音。

「いや、特に、何も」

何かの勘か、本田を待っているとは言えず、咄嗟に嘘をつく。

「なんだそれ。前から思ってたんだけど、いつも教室の隅にいて、楽しいわけ?」

「楽しくは、ないけど」

宮野はあからさまなため息をつく。

「中身のねーやつ。部活も入ってないし、親も呆れてんだろ」

「どうだろう。好きにしなさいって、よく言われるからわからない」

宮野の顔が硬直した。なぜかはわからない。
急に光を失った瞳で何も無い場所を見つめている。けれど、すぐに顔を上げて僕に視線を戻した。
何だろう。一瞬、彼から荒涼とした、ヴァイオリンの弦が切れたような音が聞こえた。

「温室育ちはいいもんだな。こちとら色んな悩みを抱えながら、生きてるってのに。お前は閉じこもってれば、なーんにも言われねーんだもんな」

宮野の家は両親とも教師と聞いたことがある。厳しい家庭なのだろうか。
俯き言い返せないでいる僕に、舌打ちが飛んできた。宮野は半歩前に出て、

「俺さ、お前みたい能天気に過ごしてる奴が、一番嫌いなんだよ」

と、言った。いや、吐き捨てた。温度を全く持たない、僕を人間と認識すらしていないような、空虚な彼の目。
彼の周りには、いつも音がない。
いや、音がないんじゃない。異様なまでに、音が抑えられている。
まるで、自身の中に眠る、周りの人の鼓膜を破裂させてしまうほどの荒れ狂う爆音を、悟られないようにしているように。

普段は快活な笑顔で周りを惹きつけている彼の変わり様に、いつも以上に当惑して言葉を出せなかった。
しばらくの沈黙を経て、彼は大きな嘆息を漏らした。

「本当に何もない人間だな。早く帰れば?」


ーー何もない? 何もないことの方が幸せだよ。君は知らないんだ。胸のうちに化け物が住んでいる苦痛を。


怒りとか、恐怖とか、そういった負の感情は、ここまで言われても不思議と湧き立たなかった。
それよりも、関わりの薄い僕になぜ宮野はここまで突っかかってくるのだろう。その疑問が強く胸のうちにこびりついた。
彼にとって僕が嫌いな人種だということだとは思うけど。

宮野との思い出なんて、高一で同じクラスになった時、笑顔で「林道くん。これからよろしくね」「うん。よろしく」と会話したことと、その時は予定があって参加できなかったけれど、放課後の遊びに一度だけ誘われて、断った会話があっただけ。
予定があったのは事実だった。

でも、普段から彼の笑顔があまりに人工的に見えて、胸のうちで悪寒が広がっていた。
深く関わりたくないと思っていたのも本音だ。だからといって、彼相手に無下な対応をしたことはないし、そもそも関わることを避けていたから、なぜ攻撃的な態度を取られるのかわからなかった。

いつだったかは覚えていない。
急に、無反応から攻撃的な態度になった。

何も言い返せず、僕は黙って地面に置いていた学生鞄を取り、足早に宮野の横を通りすぎた。
背後から冷笑が聞こえてくる。振り返ることは到底できなかった。