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結野さんの音色の余韻が頭に残っていたからか、具体的な思考もなく、僕は音楽系の本が並ぶ書架に向かった。
木製の書架の中で、出番を待つ本たちが静かに座っている。このエリアはいつも人が少ない。
僕自身、小学生の時に彼女と一緒に来て以来数回しか来ていなかった。
音楽系の雑誌でも読もうかと隣の書架に向かってすぐだった。体が硬直する。
一人の女性が、クラシック音楽の本を立ち読みしていた。
髪はセミロングのブラウンで、髪先は少しカールしている。
色は白く、体を細いけれど、凛とした力強さを帯びている。
陽気な音色を周りに響かせているような、明るい雰囲気。でもどこか、底知れない、壊れかけの人形のような哀愁も匂う。
白のブラウスの上に掛けられた、ペールブルー色の楽器ケース。
多分、いやきっと、フルートの……。
「結野、さん?」
頭の中で言葉が出来上がったのと同時に、意思を介さず口からこぼれ落ちた。
成長していても、大人っぽくなっていても、すぐにわかった。
彼女はこちらにゆっくりと首を巡らせ、少し僕を凝視した後、驚きと喜び、いろんな感情を織り交ぜたような表情を浮かべた。
「りん…くん?」
哀願するような彼女の表情。黙って頷いた。
彼女は本を急いで戻すと、僕の元に駆け寄った。
「りんくん! 久しぶり! また会えるなんて、思ってなかった……。嬉しい、本当に、嬉しい!」
目は潤んでいて、でも表情は喜びに満ちていた。
「結野さん、なんでここに……?」
結野さんは顔を近づけてきて、「実はね、」と言ったところで、
「図書館では、大声は慎んでください」
と、重々しい声が背後から聞こえて、僕は身が竦んだ。
気づけば、結野さんの背後に見える席に座る利用者が、こちらをチラチラと見ていた。
結野さんも気まずそうな顔をしている。
恐る恐る後ろを振り返ると、やはり中川さんだった。
変わらずここで司書をしているけれど、今は主任司書とやらになって、少し偉くなったらしい。
元々厳格な人だったけれど、最近は貫禄も出てきた。
「って、直人くんじゃない。珍しいわね、図書館のマナーを破るなんて」
炯々とした目つきに、一層体が強張る。
小さい頃から両親と変わらないくらいに接してきた人だ。言い訳なんて、一切通じない。
「すみません。久しぶりに友達と再会して、つい……」
「お友達?」
中川さんは結野さんに気づくと目を丸くした。結野さんも「すみません」と申し訳なさげに頭を下げた。
「間違ってたらごめんなさいだけど、もしかして、栞ちゃん?」
小学生の時、結野さんが僕と図書館によく来るようになってから、彼女は中川さんともすぐに打ち解けていた。
中川さんの休憩時間の時に、何度も三人で館内のカフェで過ごした。結野さんの顔が、みるみる明るくなる。
「はい! 覚えていてくださってたんですね! 実はっ……」
中川さんはまた鋭い目つきになって、右手の人差し指を口の前に持ってくる。
その姿に、僕と結野さんは再び「すみません」と謝った。
「嬉しいけど、話はまた今度ね、栞ちゃん。で、直人くん?」
鋭利な視線が僕にぶつかる。だから怖いって、中川さん。
「きょ、今日はもう帰ります。結野さん、行こ」
「う、うん! 中川さん、また来ます!」
結野さんは自分の大声に蓋をするように、口を手で塞ぐ。中川さんはため息を漏らした。
「だから、お静かに。それに別に帰れってことではなかったんだけど、まあいいわ」
結野さんの手を引いて中川さんの横を通りすぎた時、
「二人とも。またいらっしゃい。その時は、カフェで話そうね」
と、朗らかで柔和な微笑を湛えて言った。
僕と結野さんは、小声で「はい!」とお辞儀をして、図書館を後にした。
結野さんの音色の余韻が頭に残っていたからか、具体的な思考もなく、僕は音楽系の本が並ぶ書架に向かった。
木製の書架の中で、出番を待つ本たちが静かに座っている。このエリアはいつも人が少ない。
僕自身、小学生の時に彼女と一緒に来て以来数回しか来ていなかった。
音楽系の雑誌でも読もうかと隣の書架に向かってすぐだった。体が硬直する。
一人の女性が、クラシック音楽の本を立ち読みしていた。
髪はセミロングのブラウンで、髪先は少しカールしている。
色は白く、体を細いけれど、凛とした力強さを帯びている。
陽気な音色を周りに響かせているような、明るい雰囲気。でもどこか、底知れない、壊れかけの人形のような哀愁も匂う。
白のブラウスの上に掛けられた、ペールブルー色の楽器ケース。
多分、いやきっと、フルートの……。
「結野、さん?」
頭の中で言葉が出来上がったのと同時に、意思を介さず口からこぼれ落ちた。
成長していても、大人っぽくなっていても、すぐにわかった。
彼女はこちらにゆっくりと首を巡らせ、少し僕を凝視した後、驚きと喜び、いろんな感情を織り交ぜたような表情を浮かべた。
「りん…くん?」
哀願するような彼女の表情。黙って頷いた。
彼女は本を急いで戻すと、僕の元に駆け寄った。
「りんくん! 久しぶり! また会えるなんて、思ってなかった……。嬉しい、本当に、嬉しい!」
目は潤んでいて、でも表情は喜びに満ちていた。
「結野さん、なんでここに……?」
結野さんは顔を近づけてきて、「実はね、」と言ったところで、
「図書館では、大声は慎んでください」
と、重々しい声が背後から聞こえて、僕は身が竦んだ。
気づけば、結野さんの背後に見える席に座る利用者が、こちらをチラチラと見ていた。
結野さんも気まずそうな顔をしている。
恐る恐る後ろを振り返ると、やはり中川さんだった。
変わらずここで司書をしているけれど、今は主任司書とやらになって、少し偉くなったらしい。
元々厳格な人だったけれど、最近は貫禄も出てきた。
「って、直人くんじゃない。珍しいわね、図書館のマナーを破るなんて」
炯々とした目つきに、一層体が強張る。
小さい頃から両親と変わらないくらいに接してきた人だ。言い訳なんて、一切通じない。
「すみません。久しぶりに友達と再会して、つい……」
「お友達?」
中川さんは結野さんに気づくと目を丸くした。結野さんも「すみません」と申し訳なさげに頭を下げた。
「間違ってたらごめんなさいだけど、もしかして、栞ちゃん?」
小学生の時、結野さんが僕と図書館によく来るようになってから、彼女は中川さんともすぐに打ち解けていた。
中川さんの休憩時間の時に、何度も三人で館内のカフェで過ごした。結野さんの顔が、みるみる明るくなる。
「はい! 覚えていてくださってたんですね! 実はっ……」
中川さんはまた鋭い目つきになって、右手の人差し指を口の前に持ってくる。
その姿に、僕と結野さんは再び「すみません」と謝った。
「嬉しいけど、話はまた今度ね、栞ちゃん。で、直人くん?」
鋭利な視線が僕にぶつかる。だから怖いって、中川さん。
「きょ、今日はもう帰ります。結野さん、行こ」
「う、うん! 中川さん、また来ます!」
結野さんは自分の大声に蓋をするように、口を手で塞ぐ。中川さんはため息を漏らした。
「だから、お静かに。それに別に帰れってことではなかったんだけど、まあいいわ」
結野さんの手を引いて中川さんの横を通りすぎた時、
「二人とも。またいらっしゃい。その時は、カフェで話そうね」
と、朗らかで柔和な微笑を湛えて言った。
僕と結野さんは、小声で「はい!」とお辞儀をして、図書館を後にした。
