※
音が、埋もれている。風に、乗ってくれない。
上手く、吹けない。けれど、みんな褒めてくる。
すごい演奏だったって。天才だって。
賞状を渡してくれる人の笑顔が、気味悪くすら感じてしまう。
私の感情なんて、いつも置いてけぼりだ。
ママがフルート奏者で、パパは官僚。
官僚って小さい頃はわからなかったけれど、とにかく偉い人ってことだけは感じていた。
幼少の時から二人とも厳しくて、パパはとにかく外聞を気にする人だった。
人前で泣いたり、ごねたり、思いっ切り笑ったりすると、低く冷たい声で「みっともないから、やめなさい」と言われ続けてきた。
私はいつも、どんな時も、音が一番に心に浮かぶ。
音符が生まれ、胸のうちで奏でられる瞬間が何より好きだった。
でも……。
父方の祖父が亡くなった時、本当に悲しくて、悲しみの音符が心に浮かび上がって、つぶやくように斎場で即興のメロディで歌ったことがあった。お葬式が終わった後、見たいことのないくらいの剣幕でパパに叱られた。
「みんなが悲しんでいる時にあれは何だ⁉︎ 二度とするな!」と。
あの時から、音が心地よくなくなった。
誰も、音の先にある思いをわかってくれない。
ただそれでも、音を感じている時だけは、自分が自分でいられた。
フルートが上手くなるにつれて、みんな私から自然と距離を空けるようになった。無視された? 違う。「栞ちゃんってすごいね」って言われることが、私が勝手に距離を作られていると感じていただけ。でも、すごいねって言われて、みんな私と自然に遊んではくれなくなった。おしゃべりしてても、会話がどこか噛み合わない。私はもっと話したいのに、「すごいね」でいつも会話が途切れる。
すごくなんかない。
みんながゲームとかドッジボールとかに夢中になるように、私はそれがフルートだっただけ。
そこに優劣なんかないのに、なぜ、みんな距離を作るの?
私が悪いの?
りんくんのことは、転校してからずっと気になってた。
私になんて全く目もくれずに、教室の隅で本を読んだり、何かをノートに書いていた。
隠れてやってるみたいだけど、バレバレだった。勇気を出して話しかけて、勢いで演奏を聴いてもらった。
初めてだった。ママにも言われたことはない。私の音を、その先に乗せた私の感情を、見抜いてくれたのは。
フルートが好きかもわからなくなって、寂しさが重なる日々の中にいた。
でもりんくんと会話して久しぶりに楽しくて、その両方を音に乗せた。
彼は私を、見てくれた。
私の音は、感情は伝わるんだ。
小学二年生の時の小さな演奏会。その記憶が、私の拠り所だった。
パパの都合でまた転校になって、掴みかけたりんくんという安心は手からこぼれ落ちた。
あの時ほど、パパを憎んだことはない。親の庇護の下でしか生きていけない自分を恨んだことも。
中学、高校と、私は寂しさを押し潰すようにフルートに明け暮れた。
年を重ねるにつれて、私を見る人の視座も上がっていく。
雑誌に特集される、メディアのインタビューを受ける、賞をいくつも受賞する。
その度に、自分という存在が朧げになっていく。その度に、りんくんの顔を思い出す。
大丈夫。私は私。音こそが私。私の音は、ここにいる。
音が、埋もれている。風に、乗ってくれない。
上手く、吹けない。けれど、みんな褒めてくる。
すごい演奏だったって。天才だって。
賞状を渡してくれる人の笑顔が、気味悪くすら感じてしまう。
私の感情なんて、いつも置いてけぼりだ。
ママがフルート奏者で、パパは官僚。
官僚って小さい頃はわからなかったけれど、とにかく偉い人ってことだけは感じていた。
幼少の時から二人とも厳しくて、パパはとにかく外聞を気にする人だった。
人前で泣いたり、ごねたり、思いっ切り笑ったりすると、低く冷たい声で「みっともないから、やめなさい」と言われ続けてきた。
私はいつも、どんな時も、音が一番に心に浮かぶ。
音符が生まれ、胸のうちで奏でられる瞬間が何より好きだった。
でも……。
父方の祖父が亡くなった時、本当に悲しくて、悲しみの音符が心に浮かび上がって、つぶやくように斎場で即興のメロディで歌ったことがあった。お葬式が終わった後、見たいことのないくらいの剣幕でパパに叱られた。
「みんなが悲しんでいる時にあれは何だ⁉︎ 二度とするな!」と。
あの時から、音が心地よくなくなった。
誰も、音の先にある思いをわかってくれない。
ただそれでも、音を感じている時だけは、自分が自分でいられた。
フルートが上手くなるにつれて、みんな私から自然と距離を空けるようになった。無視された? 違う。「栞ちゃんってすごいね」って言われることが、私が勝手に距離を作られていると感じていただけ。でも、すごいねって言われて、みんな私と自然に遊んではくれなくなった。おしゃべりしてても、会話がどこか噛み合わない。私はもっと話したいのに、「すごいね」でいつも会話が途切れる。
すごくなんかない。
みんながゲームとかドッジボールとかに夢中になるように、私はそれがフルートだっただけ。
そこに優劣なんかないのに、なぜ、みんな距離を作るの?
私が悪いの?
りんくんのことは、転校してからずっと気になってた。
私になんて全く目もくれずに、教室の隅で本を読んだり、何かをノートに書いていた。
隠れてやってるみたいだけど、バレバレだった。勇気を出して話しかけて、勢いで演奏を聴いてもらった。
初めてだった。ママにも言われたことはない。私の音を、その先に乗せた私の感情を、見抜いてくれたのは。
フルートが好きかもわからなくなって、寂しさが重なる日々の中にいた。
でもりんくんと会話して久しぶりに楽しくて、その両方を音に乗せた。
彼は私を、見てくれた。
私の音は、感情は伝わるんだ。
小学二年生の時の小さな演奏会。その記憶が、私の拠り所だった。
パパの都合でまた転校になって、掴みかけたりんくんという安心は手からこぼれ落ちた。
あの時ほど、パパを憎んだことはない。親の庇護の下でしか生きていけない自分を恨んだことも。
中学、高校と、私は寂しさを押し潰すようにフルートに明け暮れた。
年を重ねるにつれて、私を見る人の視座も上がっていく。
雑誌に特集される、メディアのインタビューを受ける、賞をいくつも受賞する。
その度に、自分という存在が朧げになっていく。その度に、りんくんの顔を思い出す。
大丈夫。私は私。音こそが私。私の音は、ここにいる。
