それから数日後、路花が鮎人を連れてライブにきた。その前に連れてきてくれた路花のおばあちゃんの顔を見た時も泣きそうになったが、鮎人の時はそれがより強かった。途端にきゅっと喉が締まり、うまく声が出せない。とてもライブなんて出来る状態じゃないと早々にライブは切り上げた。
路花が鮎人のことを紹介してくれた時、私は初対面を装った。「で、こちらの方は?」とよそよそしく振る舞うと、鮎人は戸惑いながらも「えっ、ああ俺か。朝倉鮎人っていいます。路花とは友達でその」と私に合わせてくれた。路花が携帯を持っていない為に鮎人と連絡先を交換するフリはしたが、私たちはもう随分前から互いの連絡先を知っていた。でも、長い間連絡はとっていなかった。月日が経てば経つほど今更なんて声をかけたらいいか分からなかったのだ。
連絡先を交換するフリをしたその日の内に、鮎人から電話がかかってきた。正直怒鳴られても仕方ないと思っていた。自分から路花の前から去ったくせに何近づいてんだよ、という風に。携帯の指を滑らせ、それを耳に押し当てた私の手は震えていた。もし鮎人から二度と路花に近付くなと言われたら私には返す言葉がない。だから、それを言われるのが怖かったのだ。怖くて、怖くて仕方が無かったのだ。けれど、鮎人はまるで何事も無かったかのように「よっ、久しぶりだったな」と優しい言葉をかけてくれた。私は電話越しに泣き、どうして怒らないの、と問いかけた。すると、少しの間があってから鮎人がこう言ってくれた。
「お前も路花も、どっちも俺の大切な友達だからだよ。怒るわけないだろ? カフェではごめんな。ちょっと俺冷たかったよな? あれさあ、腹が痛くて我慢してたのと凪が初対面の感じで来てたから路花にバレないようにしなきゃってちょっと緊張しちゃってんだわ。まあ、とりあえず久しぶりに会えて良かったよ。凪、今度こそ一緒に路花を支えよう」
私はその瞬間、まるで生まれたての赤子のように声をあげて泣いた。ありがとう、ありがとうって何度も呟いた。
それからというもの、私と鮎人は密に連絡を取るようになった。その日に起きた出来事、路花の様子まで、鮎人は毎日欠かさず送ってきてくれた。だからこそ、三人で海辺に訪れた時、路花の手首に傷があることを気付いた私は家に帰ってからすぐに鮎人に報告した。どうするべきかと二人で相談した結果、既に真夜中だったがすぐにでもどちらかが家にいこうという結論に達した。恐らく手首を切っているのは一番誰の目にも入らないその時間帯だろうという私たちなりの推察だった。だが、時間帯も時間帯な為にさすがに異性である鮎人が家を訪れる訳には行かない。だから、私が出向いた。夜の路花とは初対面ではあったが打ち解けられたと思う。
路花を支える為、再び私たちの築いた歯車が動き始めたあの日、それは突如として訪れた。まず連絡が入ったのは路花と同じクラスの浅川さんからだった。彼女と私と路花は一年の時に同じクラスだった。浅川さんは人付き合いが苦手でいつも本と向き合っていた。だから一年の時はそんな浅川さんのことをからかう女子や男子が多かった。路花は、その場面に出くわす度に庇っていた。いつかの私を凪が守ってくれたみたいに、私も浅川さんのことを守ってあげたいの。路花は、そんなことを言っていた。浅川さんはその時のことを恩義に感じていたのかもしれない。あの日の昼、突然浅川さんから私の元へとLINEが届いたのだ。
〈突然でごめんなさい。朝倉くんを探したんだけど見つけられなくて、もう神島さんしかいないって思ったの。さっきクラスメイト達が話してるのを聞いた。たぶん、これからとんでもない事を美藤さんにするつもりだと思う。お願い。助けてあげて!〉
その文面を読んだ瞬間、私は駆け出していた。バスに乗り込み、それからまた駆け出した。久しぶりに吸い込む校舎の香りを懐かしんでいる暇なんか無かった。教室に入った時には遅かった。路花がみたこともないくらいに取り乱していた。呼吸が荒い。また過呼吸かとは思ったが、すぐに対処する程では無かった。鮎人が傍にいたから恐らく鮎人が事前にしてくれたのだろう。鮎人に感謝を伝えてから、私は凪の身体を支えながらゆっくりと階段を降りていった。一階の、食堂の隣で路花を座らせる。呼吸はまだましだか「あぁぁぁっいやっいやっ」とかなり取り乱している。私はそんな路花の前で携帯を取り出した。指を滑らせ、耳に押し当てる。
「もしもし、凪です。今からすぐに学校に来てください。路花が数人の生徒のせいで大変なことになってます。私だけではもうたぶん対処出来ないと思うので。はいっ、あっはい。待ってます」
呼び出したのは路花のおばあちゃんだ。あの日からずっと、路花は実のおばあちゃんをお母さんとして認識していた。無闇に真実を伝えることは分裂した人格を更に確立化してしまう恐れがあると言われ、私も鮎人もずっと話を合わせていた。電話番号は、以前に緊急連絡先として教えて貰っていた。
「なんでっ、いやあっぁあぁ」
大粒の涙を流し泣きわめく路花の身体をそっと抱き締めた。大丈夫、大丈夫だから、と声をかけ続ける。私は、無力だ。路花のおばあちゃんにすぐに助けを求め、声をかけ続けることしか出来ない。でも、もう逃げない。自分が無力な事はもう十分に分かってる。だから、私は私にしか出来ないことだけをする。
「路花、聴こえる? ゆっくり息を吸おうか? ねっ、ここは安全。安全なの。ほら手をここに当てて。温かいでしょ? 私は傍にいる。だから大丈夫。大丈夫だから」
髪に手を添え、締め付けないように緩く身体を抱き締める。そうこうしてる内に路花の声を聞きつけた教師たちが駆けつけてきた。
路花のおばあちゃんが学校に到着したのは、それから更に三十分後のことだった。
路花が鮎人のことを紹介してくれた時、私は初対面を装った。「で、こちらの方は?」とよそよそしく振る舞うと、鮎人は戸惑いながらも「えっ、ああ俺か。朝倉鮎人っていいます。路花とは友達でその」と私に合わせてくれた。路花が携帯を持っていない為に鮎人と連絡先を交換するフリはしたが、私たちはもう随分前から互いの連絡先を知っていた。でも、長い間連絡はとっていなかった。月日が経てば経つほど今更なんて声をかけたらいいか分からなかったのだ。
連絡先を交換するフリをしたその日の内に、鮎人から電話がかかってきた。正直怒鳴られても仕方ないと思っていた。自分から路花の前から去ったくせに何近づいてんだよ、という風に。携帯の指を滑らせ、それを耳に押し当てた私の手は震えていた。もし鮎人から二度と路花に近付くなと言われたら私には返す言葉がない。だから、それを言われるのが怖かったのだ。怖くて、怖くて仕方が無かったのだ。けれど、鮎人はまるで何事も無かったかのように「よっ、久しぶりだったな」と優しい言葉をかけてくれた。私は電話越しに泣き、どうして怒らないの、と問いかけた。すると、少しの間があってから鮎人がこう言ってくれた。
「お前も路花も、どっちも俺の大切な友達だからだよ。怒るわけないだろ? カフェではごめんな。ちょっと俺冷たかったよな? あれさあ、腹が痛くて我慢してたのと凪が初対面の感じで来てたから路花にバレないようにしなきゃってちょっと緊張しちゃってんだわ。まあ、とりあえず久しぶりに会えて良かったよ。凪、今度こそ一緒に路花を支えよう」
私はその瞬間、まるで生まれたての赤子のように声をあげて泣いた。ありがとう、ありがとうって何度も呟いた。
それからというもの、私と鮎人は密に連絡を取るようになった。その日に起きた出来事、路花の様子まで、鮎人は毎日欠かさず送ってきてくれた。だからこそ、三人で海辺に訪れた時、路花の手首に傷があることを気付いた私は家に帰ってからすぐに鮎人に報告した。どうするべきかと二人で相談した結果、既に真夜中だったがすぐにでもどちらかが家にいこうという結論に達した。恐らく手首を切っているのは一番誰の目にも入らないその時間帯だろうという私たちなりの推察だった。だが、時間帯も時間帯な為にさすがに異性である鮎人が家を訪れる訳には行かない。だから、私が出向いた。夜の路花とは初対面ではあったが打ち解けられたと思う。
路花を支える為、再び私たちの築いた歯車が動き始めたあの日、それは突如として訪れた。まず連絡が入ったのは路花と同じクラスの浅川さんからだった。彼女と私と路花は一年の時に同じクラスだった。浅川さんは人付き合いが苦手でいつも本と向き合っていた。だから一年の時はそんな浅川さんのことをからかう女子や男子が多かった。路花は、その場面に出くわす度に庇っていた。いつかの私を凪が守ってくれたみたいに、私も浅川さんのことを守ってあげたいの。路花は、そんなことを言っていた。浅川さんはその時のことを恩義に感じていたのかもしれない。あの日の昼、突然浅川さんから私の元へとLINEが届いたのだ。
〈突然でごめんなさい。朝倉くんを探したんだけど見つけられなくて、もう神島さんしかいないって思ったの。さっきクラスメイト達が話してるのを聞いた。たぶん、これからとんでもない事を美藤さんにするつもりだと思う。お願い。助けてあげて!〉
その文面を読んだ瞬間、私は駆け出していた。バスに乗り込み、それからまた駆け出した。久しぶりに吸い込む校舎の香りを懐かしんでいる暇なんか無かった。教室に入った時には遅かった。路花がみたこともないくらいに取り乱していた。呼吸が荒い。また過呼吸かとは思ったが、すぐに対処する程では無かった。鮎人が傍にいたから恐らく鮎人が事前にしてくれたのだろう。鮎人に感謝を伝えてから、私は凪の身体を支えながらゆっくりと階段を降りていった。一階の、食堂の隣で路花を座らせる。呼吸はまだましだか「あぁぁぁっいやっいやっ」とかなり取り乱している。私はそんな路花の前で携帯を取り出した。指を滑らせ、耳に押し当てる。
「もしもし、凪です。今からすぐに学校に来てください。路花が数人の生徒のせいで大変なことになってます。私だけではもうたぶん対処出来ないと思うので。はいっ、あっはい。待ってます」
呼び出したのは路花のおばあちゃんだ。あの日からずっと、路花は実のおばあちゃんをお母さんとして認識していた。無闇に真実を伝えることは分裂した人格を更に確立化してしまう恐れがあると言われ、私も鮎人もずっと話を合わせていた。電話番号は、以前に緊急連絡先として教えて貰っていた。
「なんでっ、いやあっぁあぁ」
大粒の涙を流し泣きわめく路花の身体をそっと抱き締めた。大丈夫、大丈夫だから、と声をかけ続ける。私は、無力だ。路花のおばあちゃんにすぐに助けを求め、声をかけ続けることしか出来ない。でも、もう逃げない。自分が無力な事はもう十分に分かってる。だから、私は私にしか出来ないことだけをする。
「路花、聴こえる? ゆっくり息を吸おうか? ねっ、ここは安全。安全なの。ほら手をここに当てて。温かいでしょ? 私は傍にいる。だから大丈夫。大丈夫だから」
髪に手を添え、締め付けないように緩く身体を抱き締める。そうこうしてる内に路花の声を聞きつけた教師たちが駆けつけてきた。
路花のおばあちゃんが学校に到着したのは、それから更に三十分後のことだった。
