透明に堕ちるわたしの輪郭

 もう二度と会うことはないと思っていた。なのにあの日、路上ライブをしていた私の前に突然路花が現れた。数人の観客の後ろの方で、制服姿の路花が立っていたのだ。最初は見間違いかと思った。けれど、ちょこんと路上に座ってまで私の歌を聞き入ってくれているその姿をみて、間違いないと確信した。私は動揺を隠せなかった。初めて言葉を交わした時、もしかしたら私のことを思い出してくれたのかもしれないと間を置いてはみたが、どうやらそういう訳では無さそうだった。

「あなたって高校生?」

 無意識に声をかけていた。

「そうです。今、高二で今年十七歳」
「十七?」

 路花の年齢なんて知ってるに決まってるだろ。何知らないふりしてる、と私のなかから自制しようとする声が鳴り響く。

「私、凪。あんたの名前は?」
「私の名前は、美藤路花です」
「みち、か?」
「変な名前かもなんですけど、道路の路に花でみちかって読むんです」
「へー綺麗な名前だね。ってかさ、タメなんだから敬語やめてよ。私なんかずっとタメ口だしさ。じゃあ、よろしくね路花」

 手を差し出した。路花が戸惑いながら握手をしてくる。やめろ、やめろ、と私のなかのそいつは叫んでいた。また同じ事を繰り返すだけだと諭してくる。でも、もう抑えがきかなかった。

 正午を告げるチャイムが鳴ってからしばらくして、人格が切り替わったのが分かった。突如としてあたふたとし始め、路花は鞄から日記を取り出した。

「えっ、なにも書いてない。なんで? ここどこ? えっ、わたし、あれ?」

 私はすぐに察した。私が路花を支えていた時はそうでは無かったが、恐らく今は時間帯で切り分けた人格がそれぞれ引き継ぎすべき事を日記に留めているのだと。呼吸が荒くなり始めている路花の肩に手を添えた。

「ねえ落ちついて。まず私の名前は凪。凪ね」
「な、ぎ」
「そう。あなたとタメだからタメ口でいいよ。で、ここはあなたの家から三つ隣の駅。時間はほら、あそこに時計みえるでしょ?」

 路花はちいさく頷いた。

「あなたは今、学校でクラスメイトと喧嘩して飛び出して来ちゃったみたい。ゆくあてもなく歩いていたら、たまたま私の歌声を聞いた。それで今仲良く話してたところだったの。分かった?」

 路花が再び頷いた。それからほっとしたような笑みを浮かべる。

「あーなんだ三つ隣かー。確かに降りた事はないけど、この駅名みたことあるもん。私、全く知らないところだったらどうしようかと思った」

 この声、この笑顔。全て、私が好きだった路花の一つだ。その路花が目の前にいる。なんの警戒もしてない笑顔を、私に向けてくれている。咄嗟に顔をあげた。そうしなければ泣いてしまいそうだった。