その年の冬が訪れても、路花の症状が良くなる事は無かった。鮎人と一緒に路花を家まで送り届けたあとの帰り道だった。
「なあ、路花がずっとあのままだったらどうする」
潮の香りを孕んだつめたい風が吹き抜けて私たちの髪が持ち上がった時、ふいに鮎人がそう言ったのだ。もしかしたら鮎人はその言葉を深い意味で言って無かったのかもしれない。だけど、私は一瞬で頭に血が昇ってしまった。
「どうするってなに? もしあのままだったら路花を見捨てるって事? 友達辞めるって事? そんな覚悟だったら、もう二度と路花に近付くなよ!」
そう吐き捨てただけで終われば良かったのに、私は踵を返し振り返っていたところから再び鮎人の前まで歩いていった。きっと、私も限界が近かったのだと思う。
「この際だから言っとくわ! ねえ、あんたさ路花のこと好きだよね?」
問いかけると、鮎人はちいさく頷いた。
「私もなの。友達としてじゃないよ? 女性として本気で好きなの。だから、あんたみたいな中途半端な奴に路花に近付かれたくないの。私が絶対に路花を取り戻す。それまであんたはもう二度とあの子に近付かないで」
最後にそう言い残して私は背を向けた。私はいつからか路花のことを女性として本気で好きになっていた。名前を呼ばれただけでくすぐったくなるようになってからか、路花の全てが美しく思えるようになってからか、それは分からない。けれど、傍にいるだけで私のなかから湧き上がってくる感情や胸の高鳴りは確かにそう告げていた。私は、路花のことが好きだと。
好きだから、好きだからこそ絶対に諦めたくなった。きっと良くなる。路花ならまた以前のように戻れるはずだ。傷が深すぎるなら私が癒やそう。その為なら、どんな労力だって惜しまない。私が、路花を支える。その覚悟を持って私は毎日路花の家に通った。数ヶ月だった。その年の冬の終わり、医師の治療も功を奏し、ついに路花が現実を現実として受け入れてくれた。元を辿れば、家族が亡くなった事実を受け入れることが出来なくて分裂した人格たちだった。路花がそれさえ受け入れてくれれば大きな前進ですとは以前から言われていた。私は泣きわめく路花を胸に抱き、何度も何度も「大丈夫だよ」と声をかけ続けた。ああ、これで大丈夫だ。ようやく帰ってきてくれた。その安心感と路花の痛みを受け止めた結果、私も一晩中泣いた。
だが数日後、路花は再び朝と夜と昼間に分かれていた。それだけならまだ良かった。私があの決断を下す事は無かった。三つに分かれた路花の人格はまるでリセットされたかのように人物に関する全ての記憶を失っていた。けれど、残った者もいた。それが路花のおばあちゃんと鮎人だった。
今年の、二月の事だった。
「なあ、路花がずっとあのままだったらどうする」
潮の香りを孕んだつめたい風が吹き抜けて私たちの髪が持ち上がった時、ふいに鮎人がそう言ったのだ。もしかしたら鮎人はその言葉を深い意味で言って無かったのかもしれない。だけど、私は一瞬で頭に血が昇ってしまった。
「どうするってなに? もしあのままだったら路花を見捨てるって事? 友達辞めるって事? そんな覚悟だったら、もう二度と路花に近付くなよ!」
そう吐き捨てただけで終われば良かったのに、私は踵を返し振り返っていたところから再び鮎人の前まで歩いていった。きっと、私も限界が近かったのだと思う。
「この際だから言っとくわ! ねえ、あんたさ路花のこと好きだよね?」
問いかけると、鮎人はちいさく頷いた。
「私もなの。友達としてじゃないよ? 女性として本気で好きなの。だから、あんたみたいな中途半端な奴に路花に近付かれたくないの。私が絶対に路花を取り戻す。それまであんたはもう二度とあの子に近付かないで」
最後にそう言い残して私は背を向けた。私はいつからか路花のことを女性として本気で好きになっていた。名前を呼ばれただけでくすぐったくなるようになってからか、路花の全てが美しく思えるようになってからか、それは分からない。けれど、傍にいるだけで私のなかから湧き上がってくる感情や胸の高鳴りは確かにそう告げていた。私は、路花のことが好きだと。
好きだから、好きだからこそ絶対に諦めたくなった。きっと良くなる。路花ならまた以前のように戻れるはずだ。傷が深すぎるなら私が癒やそう。その為なら、どんな労力だって惜しまない。私が、路花を支える。その覚悟を持って私は毎日路花の家に通った。数ヶ月だった。その年の冬の終わり、医師の治療も功を奏し、ついに路花が現実を現実として受け入れてくれた。元を辿れば、家族が亡くなった事実を受け入れることが出来なくて分裂した人格たちだった。路花がそれさえ受け入れてくれれば大きな前進ですとは以前から言われていた。私は泣きわめく路花を胸に抱き、何度も何度も「大丈夫だよ」と声をかけ続けた。ああ、これで大丈夫だ。ようやく帰ってきてくれた。その安心感と路花の痛みを受け止めた結果、私も一晩中泣いた。
だが数日後、路花は再び朝と夜と昼間に分かれていた。それだけならまだ良かった。私があの決断を下す事は無かった。三つに分かれた路花の人格はまるでリセットされたかのように人物に関する全ての記憶を失っていた。けれど、残った者もいた。それが路花のおばあちゃんと鮎人だった。
今年の、二月の事だった。
