透明に堕ちるわたしの輪郭

 私と路花は中学二年の時から同じクラスだった。でも、今のように仲が良かった訳じゃ無かった為に、路花は私のことを凪と下の名前で呼ばず、神島さんと呼んでいた。当時の路花はいつも誰かの視線や人間関係ばかりを気にしていて、元来のひかえめな性格も相まってかいつもおどおどとしていた。クラスのカースト上位に位置する女の子達は、そんな路花の性格をいいように利用し面倒事を全て押し付けていた。掃除の当番、係の取り決め、前日の宿題が出来なかったからと休み時間にやっといてと頼む子までいた。

 路花はそれに常に従っていた。嫌われたくない。その一心だったのだと思う。だが、路花がそんな風に甘い面をみせるものだから女子達が押し付ける事柄はどんどんエスカレートしていき、やがてはいじめに変わった。ストレスのせいか路花は日に日に痩せ細っていった。

 私はそれをみながら胸のなかで起き上がる怒りを抑えきれなくなっていった。いじめをする女子達には勿論の事だが、なにも言い返さずただ黙って従う路花自身にもだ。なんでだよ。嫌なら嫌って言えよ。自分で言えないなら、せめて誰かに助けを求めろよ。教師でも親でも誰でもいいじゃんか。

 私は元々必要以上に人間関係を築きたくないと思っている一匹狼タイプだった為に、路花がどんな目に遭わされていようが私には関係ないと横目にみているだけだったが、もう我慢の限界だった。顔を伏せたまま机に座る路花の元まで真っすぐに歩いていき、「ねえ」と肩を叩いた。一瞬びくっと顔を揺らしたが叩いたのが私だと分かると安心したような顔をする。舌打ちをしてしまいそうになるのを必死に抑え「あんたさ、何でやり返さないの?」と問いかけた。路花は黙ったままだった。

「この数ヶ月、ずっとあんたをみてた。いつやり返すんだろうって。でも、一向にそんな気配もないし、それに」と一度そこで言葉を切り、腰を屈めて路花の目をみながら続けた。  

「あんた、もう限界なんてとうに越してるんじゃない? 目を見たら分かるの。私には弟とお兄ちゃんがいた。今は弟だけ。なんでか分かる? 今のあんたと同じように、いじめられて自殺したの。今のあんたはその時のお兄ちゃんと同じ目をしてる。正直に答えてよ」

 肩に手を置いた。

「なんでやり返さないの」

 教室の奥では路花をいじめている女子たちが両手を叩き笑ってるのがみえた。

「……あの人たちには勝てないから」

 その瞬間、私は自分の顔が引きつるのが分かった。

「なんで?」
「え、なんで? 住む世界が違うから」
「どう違うの」
「あの人たちは、私よりいい世界にいる」
「じゃあさ、あんたの住む世界を変えなよ」

 路花を首を横に振った。

「無理。もう、死ぬから。なんでもいいの」

 気付いた時には路花の頬を打っていた。乾いた音が教室に響き渡ったのか、クラス中の視線が私に向けられた気がした。でも、そんな事はどうでも良かった。

「いい? これが最後の質問。あんたは、あいつらにやり返せる?」

 問いかけて、路花が頬を手で抑えたまま再び首を横に振るのを見たのと同時に、私は風のような速さで教室の真ん中を突っ切っていた。その先には路花いじめていた女子たちがいる。

「ねぇ」

 声をかけた先から一人ずつ頬を打ってやった。確か私は二度とあの子に近付くなとか、今度一度でも傷付くようなことしたら顔の形が変わるまで殴ってやるとか、そんな風な事を言ったと思う。元々私はカーストで言うところの高い位置にはいたが、クラスでは誰も寄り付かせないような浮いた存在だった為に私と一緒にいることで路花はそれ以来いじめられなくなった。

 本来の路花の良さに気付けたのはその数ヶ月後だったと思う。極度に他人から嫌われる事を恐れてしまうあまりに自分の本心を言えないという事はあったが、仲が深まれば深まる程に路花はとても明るく人懐こい性格をしていることが分かった。登下校を共にし、学校終わりは毎日何かしらをして遊んだ。私は兄が亡くしてからというもの、人間が嫌いだった。表面上は綺麗に取り繕ってはいても、なかには残酷で醜い悪魔を飼っている、兄を自殺にまで追い込んだそんな人間が大嫌いだった。でも、路花は心配になる程に純粋で、綺麗な心を持っている女の子だった。路花は違う。他の誰とも違う。特別だ。それに気付いた時には、私は彼女の傍にいるだけで自分の傷が癒えていくのを感じた。そんな日々を過ごすうち、いつしか私たちは親友と呼べる存在になっていた。