透明に堕ちるわたしの輪郭

 辿り着いた先は家だった。扉を開け、なだれ込むように入るとお母さんの声が鼓膜に触れた。はい、……え、はい。申し訳ありません。あっちょっと待ってください。今帰ってきたみたいです。路花? 路花かい? 背中にお母さんの声が刺さったが私は無視して階段を勢いよく登り、そのまま二階にある自分の部屋の扉をあけた。

 見慣れた、いつもの部屋だ。本棚とベッド、それから机。扉を開けた先にある正面の窓からは透明なひかりが差していた。真っ先にクローゼットを開けた。ハンガーにはこれまで私が買って貰った洋服がかかっており、それらをひとつひとつ確認してからベッドに投げ捨てていった。そんなはずはないと思っていた。だが、私にはあり得ないと言い切る自信がないのも事実だ。

 もし、私の頭のなかで記憶の改ざんが起きていて、每日決まった時間に登校していなかったら。もし、浅川さんが言ったように水槽の魚を殺したのが私なら。魚の目玉に花を突き刺して教室内に置いたのも、校舎裏の壁に落書きをしたのも私かもしれない。だとしたら、なにか痕跡があるはずだ、とクローゼットの中身を片っ端からベッドに投げ捨てていった。これは、自分の罪を探す為じゃない。無実だと、証明する為だ。既に息があがっていた。プラスチックの引き出しに指をひっかけて人さし指から血が出た。

「路花っ!」

 ようやく全ての物を出し終えた時、お母さんが悲痛な表情を浮かべ部屋のなかに入ってきた。目が合う。その瞬間、頬を打たれた。

「なんてことをしたんだい! お前……お前、学校の魚を殺したのかい? 見たって言う子がいたみたいだよ? 先生が学校に来なさいって」

 左の頬が火傷したみたいに熱を持っていた。思わず手で押さえた時、ベッドの引き出しが目に入った。そこには私がこれまで集めてきた、部屋のなかには置ききれない透明な置き物やネイル用品、普段は使わない小物を入れている。まるで猫が餌に飛びつくみたいに私はお母さんの前を横切り、引き出しを開けた。路花、お前一体なにをしてるんだい! とお母さんの声が鼓膜に触れたが無視した。片っ端から中身を出していく。手を伸ばし、奥にあるものも全部。そうしているうちに、入れた覚えのない布の感触を指先から感じた。勢いよく引っ張りだしてそれが目に入った瞬間、笑いがこみ上げてきた。あははって渇いた笑いが不自然なくらいにこみ上げてきた。

「なんだい……それ」

 私は普段、手首の傷を隠す為に長袖しか着ない。だけど、それは半袖だった。血飛沫(ちしぶき)を浴びたみたいに赤いなにかが至るところについた学校の制服だった。お母さんにもみえるようにと、宙に浮かせた時だった。なにかが落ちた。一冊のノートだった。普段日記を書いているものとは違う。中身を確かめようと手に力を込めた時、自分の指先が震えてることに初めて気付いた。

「え」

 目に飛び込んできた文章は、私が書くはずがない内容だった。けれど、その筆跡は明らかに私だった。私は每日日記を書き、每日自分の文章を目にしている。見間違うはずがない。

『 ぼくは、生まれた時からお姉ちゃんの影でした。年が七つも離れているので、ぼくが生まれた頃にはお姉ちゃんは家族のかたちのなかのでも重要な要素のひとつでした。太陽を中心にくるくるまわる惑星みたいに、ぼくたちは軸となるお姉ちゃんの外側にいて、お姉ちゃんの天使のような柔らかい笑顔と空気感はぼくたち家族のひかりでもありました。


 それは、ずっと下まで続いていた。一人称は、ぼく。私、ですらなかった。

「おか、あさん、私って一体誰なの」

 絞り出すようにそう呟いた時、一筋の涙が頬を伝った。