透明に堕ちるわたしの輪郭

「これとかどう?」

 放課後、約束通り鮎人と一緒に駅前にあるおしゃれな雑貨屋さんに来ていた。ちいさなお店ではあるが入り口がガラス張りな為、陳列されている小物が外からでもよくみえた。以前から気になっていたのだ。鮎人が手に取ったのは葉っぱのかたちの透明なお皿だった。それを私にみせてくる。葉脈まで描かれた繊細なデザインではあったが「うーん。この葉脈が嫌かな」と私は元の場所に戻した。

「葉脈が嫌って事は、一切デザインも何もされていない透明なものがいいってこと?」
「うん。この世に存在しているのか、していないのか。そんな風に存在すらもあやふやにみえる、限りなく透明なやつがいい」

 夜の私には細かい注文をされていなかったが、恐らく私と同じ感性であろうと好みそうなものは大体予想がついた。お店のなかにある棚には木製の置き物や透明な食器や小物が並んでいた。けれど、一通り店内を歩いたが目当てのものは無かった。店の扉の方へと身体を向けた時、鮎人が「あっこれは?」と声を上げた。ちょうど入り口に設けられた棚の一番下の段にあるものだった。腰を下ろし、手に取る。それは、透明な球体だった。限りなく丸みを帯びた、一切のデザインもされていない少し大きめのミニトマトくらいのものだ。

「待ってこれは良すぎる!」

 天井から吊るされているライトに向けてそれをかざし、透明な球体から透けてみえるひかりをみて「わあ、きれい」と思わず感嘆の溜息を溢してしまう。鮎人はそれを手に取って「じゃあこれな?」と風のような速さでレジに向かった。結果、鮎人がそれを買ってくれた。私は何度もお金を払うと言ったけど「いいって」と受け取ってくれなかった。

 透明な球体は茶色のちいさな紙袋に入れてもらった。「ありがとうございます」と店員さんに笑みを向けられる。その女性の笑顔と鮎人の優しさに胸が温かくなり、満ち足りた気持ちで店を出た。

「鮎人、ほんとにありがとう。ずっと大切にする」

 紙袋を胸に抱きよせた時、自然と笑みが溢れていた。鮎人は「おう」と照れくさそうに笑って家まで送ると言ってくれた。途中の防波堤に二人で座り、遠くにみえる水平線をぼんやりと眺めた。海に溶けるように沈んでいく夕日がもうじき日が沈むことを優しく教えてくれる。

「路花が喜んでくれて良かった」
「うん。めちゃくちゃ嬉しかった」

 さっき買って貰った透明な球体を袋から取り出してみる。指先で挟んだそれは空から降り注ぐひかりを透かし、きらきらと瞬いている。まるで星を手に取ったみたいで思わずそれを空にかざしてみた。やっぱり、と思う。隣にいる鮎人に「ねえ」と呼びかける。

「みてこのひかりが透けた透明な感じ。なんか星みたいじゃない? しかも今気付いたんだけどさ、太陽って捕まえられるんだよ。ほら」
「ほんとだな」

 鮎人が顔を寄せてくる。身体が近くなったせいか、鮎人の制服から香る柔軟剤の匂いにやさしく包まれているみたいだった。身体がゆっくりと熱を持ち始めているのが自分でも分かった。気温のせいなんかじゃない。もし、こんな近くで肌が触れたら、と考えた時、肌が汗ばんでるなんて思われたくないと羞恥に駆られた。でも実際は、肩から先の肌がみえている鮎人と違って私な長袖を着ている。每日長袖を着ていて良かったと改めて思う。「なあ、路花」と鮎人がぽつりと言った。
 
「今日は楽しかったか?」
「うん。もう最高だった!」

 笑みを向けると、そっかと一度白い歯をみせて笑ったがなにか思い詰めたような表情をみせた為「どうしたの」と問いかける。だが、鮎人は言葉を発しようとする度にすぐにそれを呑み込んでいる様子だった為にもう一度問いかけた。すると、意を決したように鮎人が私をみつめてくる。

「あのさ、ずっと聞きたかったことがあるんだよ」
「うん」
「俺ってその、路花の支えになれてんのかな」

 私は間髪入れずに「なってるよ」と答えた。

「そっか、なら良かったよ」

 鮎人がそう呟いた時、一瞬視界の端にずっと差していたひかりが強くなった気がした。どうやら沈みかけていた夕日が最後に強いひかりを放ったようだった。みながら、ひとつだけずっと気になっていたことを聞きたくなった。

「ねえ、私も聞いていい?」

 鮎人がちいさく頷いた。

「どうして鮎人っていつも私に優しくしてくれるの?」
「え?」
「いや、違う。ただ優しくしてくれてるんじゃないよね。なんか凄く気を使ってくれてる感じ? いつだって優しくて、全部私の意思や意見に合わせてくれてるせいかな。なんか他の人といる時と違って、私といる時の鮎人って透明人間みたい」

 鮎人が意を突かれたような顔をした。それから「そんな風にみえた? 俺」と申し訳なさそうに目を伏せた。そんなつもりで言った訳ではなかったので慌ててしまう。

「いや、違うの。悪い意味じゃなくて」

 顔の前で必死に手を振る。だが、鮎人はそれを否定しなかった。

「いや、その通りだよ。路花の言う通りだ」

一段と暗くなった世界の中で、私はまただと思った。表面上は無理に笑みを溢してはいたが、鮎人は泣きそうな顔をしていた。