目を覚ました時、お母さんはハンドルを握ったまま車の中から空を見上げていた。
「もう着いたよ。さあ、すぐに晩御飯にしよう」
「うん」
今夜の晩御飯は鮭の塩焼きとほうれん草のおひたし、それからお味噌汁だった。然程会話もないまま二人でテレビをみながら夕飯を食べる。時折、「美味しいかい?」と聞いてくるので、私はちいさく頷いた。頷きながら、死にたいと思った。テレビでは北海道の動物園特集をやっていて、ついさっきからアザラシばかりが映っていた。器用にカラフルな玉を口にのせたり、手のヒレを使って拍手のような動きをする。なにか一つする度に飼育員さんがご褒美で魚をあげている。女性のリポーターが飼育員さんにこの子は一日にどれくらい魚を食べるんですかと問いかけた時、私は魚になりたいと思っていた。もし私が魚なら、今頃このアザラシに咀嚼され喉元を通り、あとは胃液で溶かされてこの世から消え去ることを待つだけだったかもしれないのになんて考えた。そんたことばかりが頭に浮かぶものだから、あー私何馬鹿なことばかり考えてんだろって手にしている箸で両目を突きたくなった。ため息をつき、ごちそうさまと声をかける。居間からキッチンは目と鼻の先にある為、お皿を下げるなんて一瞬だけれど、その距離ですら今日は歩くのがしんどくてお皿は残して二階にあがった。
私の部屋は簡素な部屋だ。ベッドと学習机、それから部屋の中央にひかれた白いラグの上に置いているガラス製のテーブルしかない。ベッドに身体を預け、部屋のなかにある窓に目を向けた。既に陽は落ち、外の世界は闇が充満している。
「お姉ちゃん」
ふっと声がして目を向けると、テーブルのところに悠が座っていた。ちいさな身体を強張らせて心配そうな顔をしてこちらをみている。すぐに駆け寄った。
「どうしたの。お腹空いた?」
問いかけると、ちいさく頷いた。「分かった。じゃあ冷蔵庫に何かないかみてくるよ」と階段をおりていった。台所のところでは腰の曲がったお母さんが洗い物をしていた。目があって、どうしたんだい、と笑みを浮かべた。
「お腹空いてるらしいから」
冷蔵庫を開けた。卵にちくわ、それから納豆。前日の夕飯の残り物もある。さあどれを食べさせてあげようか、と物色していると冷蔵庫を突然閉められた。扉があったところにはお母さんが立っていた。
「お腹空いてるって路花がかい?」
お母さんが初めてみるような顔つきで私をみていた。
「いや、私じゃないよ。悠がねお腹空いてるんだって」
「な、に」
「だから悠が」
そう訴えかけると、お母さんは口元に手をやり室内に静寂が降りた。閉めたばかりの蛇口から滴った水が、私とお母さんの間を控えめな音で満たしてくる。
「路花、上にあがりなさい」
「えっ? でも悠がお腹空いてるって」
「もう時間も時間だし今からあげることないよ。とにかく……今はもう、上に上がって。お願いだから」
苦しそうな表情でそう切願されたので、私は渋々二階にあがった。部屋の扉を開けるとさっきと全く同じ体制で悠が座っていた。ごめんね、と呼びかける。
「お母さんがさ、もう時間も遅いから食べちゃ駄目だって。だから我慢してくれる? どうしても我慢出来ない時はこないだみたいにお母さんが寝てから取ってきてあげるから」
笑みを向けると、鏡に映ったみたいに悠も笑った。
「もう着いたよ。さあ、すぐに晩御飯にしよう」
「うん」
今夜の晩御飯は鮭の塩焼きとほうれん草のおひたし、それからお味噌汁だった。然程会話もないまま二人でテレビをみながら夕飯を食べる。時折、「美味しいかい?」と聞いてくるので、私はちいさく頷いた。頷きながら、死にたいと思った。テレビでは北海道の動物園特集をやっていて、ついさっきからアザラシばかりが映っていた。器用にカラフルな玉を口にのせたり、手のヒレを使って拍手のような動きをする。なにか一つする度に飼育員さんがご褒美で魚をあげている。女性のリポーターが飼育員さんにこの子は一日にどれくらい魚を食べるんですかと問いかけた時、私は魚になりたいと思っていた。もし私が魚なら、今頃このアザラシに咀嚼され喉元を通り、あとは胃液で溶かされてこの世から消え去ることを待つだけだったかもしれないのになんて考えた。そんたことばかりが頭に浮かぶものだから、あー私何馬鹿なことばかり考えてんだろって手にしている箸で両目を突きたくなった。ため息をつき、ごちそうさまと声をかける。居間からキッチンは目と鼻の先にある為、お皿を下げるなんて一瞬だけれど、その距離ですら今日は歩くのがしんどくてお皿は残して二階にあがった。
私の部屋は簡素な部屋だ。ベッドと学習机、それから部屋の中央にひかれた白いラグの上に置いているガラス製のテーブルしかない。ベッドに身体を預け、部屋のなかにある窓に目を向けた。既に陽は落ち、外の世界は闇が充満している。
「お姉ちゃん」
ふっと声がして目を向けると、テーブルのところに悠が座っていた。ちいさな身体を強張らせて心配そうな顔をしてこちらをみている。すぐに駆け寄った。
「どうしたの。お腹空いた?」
問いかけると、ちいさく頷いた。「分かった。じゃあ冷蔵庫に何かないかみてくるよ」と階段をおりていった。台所のところでは腰の曲がったお母さんが洗い物をしていた。目があって、どうしたんだい、と笑みを浮かべた。
「お腹空いてるらしいから」
冷蔵庫を開けた。卵にちくわ、それから納豆。前日の夕飯の残り物もある。さあどれを食べさせてあげようか、と物色していると冷蔵庫を突然閉められた。扉があったところにはお母さんが立っていた。
「お腹空いてるって路花がかい?」
お母さんが初めてみるような顔つきで私をみていた。
「いや、私じゃないよ。悠がねお腹空いてるんだって」
「な、に」
「だから悠が」
そう訴えかけると、お母さんは口元に手をやり室内に静寂が降りた。閉めたばかりの蛇口から滴った水が、私とお母さんの間を控えめな音で満たしてくる。
「路花、上にあがりなさい」
「えっ? でも悠がお腹空いてるって」
「もう時間も時間だし今からあげることないよ。とにかく……今はもう、上に上がって。お願いだから」
苦しそうな表情でそう切願されたので、私は渋々二階にあがった。部屋の扉を開けるとさっきと全く同じ体制で悠が座っていた。ごめんね、と呼びかける。
「お母さんがさ、もう時間も遅いから食べちゃ駄目だって。だから我慢してくれる? どうしても我慢出来ない時はこないだみたいにお母さんが寝てから取ってきてあげるから」
笑みを向けると、鏡に映ったみたいに悠も笑った。
