透明に堕ちるわたしの輪郭

 その日、登校したばかりの私たちはすぐに外に出るようにと担任教師から促された。全校集会があるとは誰も聞いていない。理由を問い詰めても担任教師は「校長先生からお話があるからとにかく行きなさい」と言うばかりで、何も教えてくれない。私たちは訳も分からず外に連れ出された。

 夏の空は触れてしまっただけで割れてしまいそうな程に青く、透き通っていた。けれど、千切れた曇の隙間からひとたび太陽が顔を出すと、一気にうだるような暑さに襲われる。

「あっつ」

 手をうちわ代わりにしながら私はクラス毎に分けられている列に並んだ。運動場は生徒たちで溢れかえっていて、空から降り注ぐ陽の光で身に纏っているワイシャツが漂白されたみたいに白く輝いてる。まぶしくて思わず目を(すが)めてしまう。それから舌打ちをした。まじでだるいわ。なんでこんな日に全校集会なんか、と胸のなかで毒づく。至るところから今年の蝉の産声が聞こえてきて、より暑さを増幅している気がしてうんざりした。ため息が自然と漏れ、更にもう一度周りにも聴こえるくらいの大きなものをわざとらしくしてみせた。すると、私の隣に立つ女の子の視線を感じた。

「なに? なんかついてる?」

 つめたく言い放ってやった。

「いや、なんでもないよ」

 女の子は早口でそう口にすると、前に立つ女子の制服の裾を掴んだ。掴まれた子が反射で振り返る。怪訝(けげん)そうな顔を浮かべたが、女の子が横目でみる視線の先に私がいることを確認すると納得したような顔をする。

「そっとしときなって」
「私だってそうしたいんだけど向こうから話しかけてきたんだもん」

 小声で話しているつもりなのだろうか。こっちまで丸聞こえだ。一連のやり取りをみながら、私はまたちいさく舌打ちをした。周りを見渡す。クラスメイトたちの顔からは覇気が消え失せていた。たぶん全員考えてることは同じだったのだと思う。何でもいいから早くしてくれ。暑いんだよ。数列先にいる男子二人が列からはみ出し、誰もいない壇上を食い入るようにみつめていた。私たちの祈りが通じたのか、それから程なくして名前も知らない教師が壇上にあがった。

「では、今から校長先生からお話があります。皆、静かにするように」

 入れ替わるように校長が壇上にあがった。一体何なんだと皆が静まりかえる中、校長はゆっくりと口をひらいた。

「今日みなさんに集まってもらったのは残念なお知らせがあるからです。昨夜、いえ、まだ断定は出来ませんね。訂正致します。昨夜から今朝方までの間に我が校の壁に落書きをした者がいます」

 その瞬間、高一から高三までの全クラスの大半の生徒が呆れたような、小馬鹿にしたような笑い声をあげた。しょうもな。そんなことで私ら呼び出したの? まじでだるいんだけど。あちこちから飛び交う言葉は、「黙りなさい!!」という校長の声で一瞬にして掻き消された。マイクを通したことにより声量があがっているのもあるが、その声色から確かに怒りが伝わってきたからだ。

「ただの小さな落書きなら皆に集まって貰ったりなんかしません。生徒のイタズラだろうと笑って見過ごします。ですが、この件は違う。その文章から明らかな敵意を感じたからこの場を設けた訳です」

 校長はそれから校舎裏の壁一面に書かれていたという文章を読み上げた。

『いつかクジラがぼくの世界を壊してくれる。そしたらぼくは、お礼にぼくを含めた全員を天国に連れて行く。何故なら全員がこの世界で生きるに相応しくないないからだ』

 それは、赤い絵の具で、大きな刷毛(はけ)を用いて書かれていたそうだった。校長が文章を読み上げた直後から、特に私のクラスメイト達は誰一人として笑っていなかった。どよめきと、ちいさな悲鳴が夏の空に吹き上がった。

「勿論、外部の者がやったという可能性も捨てきれません。ですが、書かれていた字体をみる限り恐らくは子どもです。我が校の生徒が書いたと考える方が自然なんです。いいですか? これはイタズラじゃ済まされません。明らかに限度を超えています。我が校の方針としては警察にも介入して貰うつもりでいますが、せめてもの慈悲(じひ)で今日から一週間は待とうと思います。あれをやった生徒がもしいるならば、その間に名乗りなさい。以上です」 

 校長はちいさく頭をさげると、壇上から降りていった。その背を皆がみつめたまま、誰も口を開かなかった。その日の気温は午前九時の時点で二十八度を越えていた。けれど、恐らく私を含めたあの場にいた全員が、身体の内側から這い上がってくるような薄ら寒さを感じたのではないだろうか。