けたたましく鳴り響く目覚まし時計の音で目を覚ました。ベッドのうえで背骨をぽきぽきと鳴らしながらぐっと背伸びをした時、あまりの眩しさに目を眇めた。部屋のなかには溺れそうになる程の光が満ちていたのだ。目を擦りながら、それをひどく疎ましく思い一度舌打ちをした。
「あいつ、まじでカーテンは閉めてから寝ろって何回言わせんの」
カーテンを急いで閉め、それから左手を持ち上げた。首を傾け、ぽんぽんと髪に触れる。すると、触角みたいに束になった髪の感触を手のひらに感じた。また舌打ちをする。くそが。胸のなかで更に毒づき、制服に着替えようとクローゼットを開けると、いつもはあるはずのワイシャツが無かった。制服は替えも含めて全部でワイシャツが三着あるが每日洗濯をする為、必ず一着は乾燥まで終えた状態でここに入ってないと困るのだ。
すぐさま一階に降りお母さんに場所を聞いたが、確かにあたしはクローゼットに入れたはずだよ、とそればかりだった。でも、確かに私はないことを確認してる。どれだけ探してもみつからず、これでは学校に遅れてしまうと前日着ていたワイシャツを洗濯籠から取り出し着るしかなかった。洗濯籠にはその先日に着ていたワイシャツも入っており、明らかに一着足りてなかった。
ちゃんと洗濯しとけよ、と毒づき、着替えてから洗面所の鏡の前に立った。ちいさく束になった髪が、まるでヘビが鎌首をあげた時みたいにくにっと曲がってる。目より少し上の辺りで切り揃えている前髪とか、胸元まで流した髪はすとんと真っすぐに垂れているのに、ちょうど耳の辺りだけが駄目だった。やっぱり。また、あいつのせいだ。思わずため息が漏れる。
切れ長の大きな目にすっと伸びた鼻筋。白のワイシャツとプリッツスカートの先から伸びる手足は細く、肌は異常な程に白い。鏡に映る私はなんだか雪女みたいだった。
「お母さんー! 寝癖直しのスプレーどこにあるか知らない?」
洗面所の鏡の隣の棚にいつもはあるそれが今日は無かったのだ。次は寝癖直しかよ、と何度も舌打ちをする。しかも呼びかけたが返事がない。あれがあればすぐに直るのに居間へと向かった。白い蛍光灯の下で、お母さんはカタツムリみたいに背中を丸め、まな板にのせた何かを切っていた。
「ねえ、お母さん」
とん、とん、とん、と小気味のいい音だけが部屋のなかに響いている。もう一度声をかける。聞こえてない。だから、ねえってばと肩に手をやった。
「ああ、路花」
「あのさ、私の寝癖直しのスプレー知らない?」
「寝癖?」
「いや、それはどうでもいいから。とにかくスプレー! 洗面台のところにいっつも置いてたんだけど」
お母さんはぽかんと宙を見上げ、それから「ああ、あれ」と眉をさげた。
「もう中身が入ってなかったから捨ててしまったよ」
「えっ、まだちょっと残ってたじゃん」
確かにお母さんが言うように中身はほとんど入っていなかった。でも、確かにまだ残っていたのだ。ほんの数センチだが少なくとも今日一日をやり過ごせるだけの量はあった。
「分かったもういい! じゃあ新しいやつは?」
「まだ買ってないよ」
「はあ? ちょっと……なんで? 制服のこともそうだしさ、歯磨き粉とかヘアスプレーとか私の備品系は無くなりかけたら買い足しといってって前言ったよね? ねえ、言ったよね?」
そうだねえ。あたしが悪かったねえ。路花が学校に行ってる間に買っとくからね。などと、ぽつぽつと呟きながらお母さんはまな板の上にあるネギを刻み始めた。つん、と目と鼻を刺激してくるような独特の青臭さが沸き立った。思わず顔の前で手を振ると、切り終えたネギがお鍋のなかへと素早く入れられた。むかつく。なにもかも。私の周りに取り巻く環境全てに反吐が出そうだった。
「いいよ、お母さん。帰りに薬局行って買ってくるから今月のお小遣いちょうだい」
花柄のエプロンで手を拭いたあと、お母さんは「はいはい」と和室に消えていった。財布を手にしたまま戻ってくると五千円札を一枚渡される。ありがとう、と一応お礼を言う。お母さんは「満足かい?」と頬を緩めている。いつもそうだった。些細な事でイライラし、自分のなかから湧き上がる感情をどうにも抑えがきかない私は毎日のように当たり散らしているのにお母さんはいつもにこにことしている。だからそれもむかつくんだよ、と朝食に出された味噌汁を啜った。あたしに当たってくんなって怒鳴れよ。たかたが十七歳のクソガキにビビってんじゃねぇよ。ついさっきお母さんが切っていれたばかりのネギを歯で噛み切った時、強い辛味で目の奥がじんとした。
「ごちそうさま。学校行ってくるよ」
席を立ち、そのまま家をあとにした。結局寝癖は直さなかった。
「あいつ、まじでカーテンは閉めてから寝ろって何回言わせんの」
カーテンを急いで閉め、それから左手を持ち上げた。首を傾け、ぽんぽんと髪に触れる。すると、触角みたいに束になった髪の感触を手のひらに感じた。また舌打ちをする。くそが。胸のなかで更に毒づき、制服に着替えようとクローゼットを開けると、いつもはあるはずのワイシャツが無かった。制服は替えも含めて全部でワイシャツが三着あるが每日洗濯をする為、必ず一着は乾燥まで終えた状態でここに入ってないと困るのだ。
すぐさま一階に降りお母さんに場所を聞いたが、確かにあたしはクローゼットに入れたはずだよ、とそればかりだった。でも、確かに私はないことを確認してる。どれだけ探してもみつからず、これでは学校に遅れてしまうと前日着ていたワイシャツを洗濯籠から取り出し着るしかなかった。洗濯籠にはその先日に着ていたワイシャツも入っており、明らかに一着足りてなかった。
ちゃんと洗濯しとけよ、と毒づき、着替えてから洗面所の鏡の前に立った。ちいさく束になった髪が、まるでヘビが鎌首をあげた時みたいにくにっと曲がってる。目より少し上の辺りで切り揃えている前髪とか、胸元まで流した髪はすとんと真っすぐに垂れているのに、ちょうど耳の辺りだけが駄目だった。やっぱり。また、あいつのせいだ。思わずため息が漏れる。
切れ長の大きな目にすっと伸びた鼻筋。白のワイシャツとプリッツスカートの先から伸びる手足は細く、肌は異常な程に白い。鏡に映る私はなんだか雪女みたいだった。
「お母さんー! 寝癖直しのスプレーどこにあるか知らない?」
洗面所の鏡の隣の棚にいつもはあるそれが今日は無かったのだ。次は寝癖直しかよ、と何度も舌打ちをする。しかも呼びかけたが返事がない。あれがあればすぐに直るのに居間へと向かった。白い蛍光灯の下で、お母さんはカタツムリみたいに背中を丸め、まな板にのせた何かを切っていた。
「ねえ、お母さん」
とん、とん、とん、と小気味のいい音だけが部屋のなかに響いている。もう一度声をかける。聞こえてない。だから、ねえってばと肩に手をやった。
「ああ、路花」
「あのさ、私の寝癖直しのスプレー知らない?」
「寝癖?」
「いや、それはどうでもいいから。とにかくスプレー! 洗面台のところにいっつも置いてたんだけど」
お母さんはぽかんと宙を見上げ、それから「ああ、あれ」と眉をさげた。
「もう中身が入ってなかったから捨ててしまったよ」
「えっ、まだちょっと残ってたじゃん」
確かにお母さんが言うように中身はほとんど入っていなかった。でも、確かにまだ残っていたのだ。ほんの数センチだが少なくとも今日一日をやり過ごせるだけの量はあった。
「分かったもういい! じゃあ新しいやつは?」
「まだ買ってないよ」
「はあ? ちょっと……なんで? 制服のこともそうだしさ、歯磨き粉とかヘアスプレーとか私の備品系は無くなりかけたら買い足しといってって前言ったよね? ねえ、言ったよね?」
そうだねえ。あたしが悪かったねえ。路花が学校に行ってる間に買っとくからね。などと、ぽつぽつと呟きながらお母さんはまな板の上にあるネギを刻み始めた。つん、と目と鼻を刺激してくるような独特の青臭さが沸き立った。思わず顔の前で手を振ると、切り終えたネギがお鍋のなかへと素早く入れられた。むかつく。なにもかも。私の周りに取り巻く環境全てに反吐が出そうだった。
「いいよ、お母さん。帰りに薬局行って買ってくるから今月のお小遣いちょうだい」
花柄のエプロンで手を拭いたあと、お母さんは「はいはい」と和室に消えていった。財布を手にしたまま戻ってくると五千円札を一枚渡される。ありがとう、と一応お礼を言う。お母さんは「満足かい?」と頬を緩めている。いつもそうだった。些細な事でイライラし、自分のなかから湧き上がる感情をどうにも抑えがきかない私は毎日のように当たり散らしているのにお母さんはいつもにこにことしている。だからそれもむかつくんだよ、と朝食に出された味噌汁を啜った。あたしに当たってくんなって怒鳴れよ。たかたが十七歳のクソガキにビビってんじゃねぇよ。ついさっきお母さんが切っていれたばかりのネギを歯で噛み切った時、強い辛味で目の奥がじんとした。
「ごちそうさま。学校行ってくるよ」
席を立ち、そのまま家をあとにした。結局寝癖は直さなかった。
