毎晩の深夜の通話も、週末のデートで触れる細くて柔らかい指先の温もりも、すべてが夢みたいに幸せだった。だけど、彼女との距離が縮まれば縮まるほど、学校で大輝や夏海と過ごすこの騒がしい日常に戻ってきたときの反動が、どんどん大きくなっていく。
「……なぁ、大輝。最近、ちょっと怖いんだよ」
「怖いって、何が?」
「結衣さんと話してるとき、時々、自分が高校生だってことを忘れそうになる。……いつか、本当に些細な一言で、全部バレて終わっちゃうんじゃないかって」
大輝は階段の手すりに背中を預け、残りのパンを口に放り込むと、少しだけ真面目な顔になって俺を見た。
「まぁな。お前、嘘つくの絶望的に下手だしな。それか、もう正直に話しちゃえば?」
「…え?」
「正直に話すんだよ。だって高校生であることを隠して、大学生のフリしてあの先生のこと揶揄ったりしてたわ毛じゃなくて本気で好きだったんだろ?それにさ、航平がそんなに本気で好きなった人なら本当のこと話したところで、航平のこと嫌いになったりするような人じゃないだろ。……ほら、そろそろチャイム鳴るから行くぞ」
それだけぶっきらぼうに言うと、大輝は先に階段を下りていってしまった。
背中を強く押されたわけじゃない。だけど、あいつの静かな言葉が、俺の胸の奥の臆病なブレーキを確かに緩めてくれた。
そうだ。結衣さんは、自分が美術部の顧問として悩んで今にも泣きそうな顔をしていたとき、拙い俺の言葉に何度も『ありがとう』って優しく笑ってくれた人だ。俺の泥臭いサッカーの話だって、自分のことみたいに真剣に聞いてくれた人だ。
お前が本気で好きになった人は、お前を嫌いになったりしない。
あいつの言葉が、胸の奥で静かに熱い火を灯していた。これ以上、大好きな結衣さんに最低な大嘘を突き通したまま、自分だけが恋人の幸せを貪るわけにはいかない。
***
――そして迎えた、金曜日。
大この言葉を胸に、俺は嘘の仮面を剥ぎ捨てる覚悟を決め、あのいつものバーのドアを押し開けた。
カラン、と繊細なガラスの鈴が鳴る。
しかし、カウンターのいつもの席に腰を下ろして、辛口のジンジャーエールを口に含んでも、夜の涼しい風と一緒にあの柑橘系の甘い香りが店内に流れてくることはなかった。
十分が経ち、三十分が過ぎ、一時間が丸々消えても、ドアの鈴は鳴らない。
「……なぁ、大輝。最近、ちょっと怖いんだよ」
「怖いって、何が?」
「結衣さんと話してるとき、時々、自分が高校生だってことを忘れそうになる。……いつか、本当に些細な一言で、全部バレて終わっちゃうんじゃないかって」
大輝は階段の手すりに背中を預け、残りのパンを口に放り込むと、少しだけ真面目な顔になって俺を見た。
「まぁな。お前、嘘つくの絶望的に下手だしな。それか、もう正直に話しちゃえば?」
「…え?」
「正直に話すんだよ。だって高校生であることを隠して、大学生のフリしてあの先生のこと揶揄ったりしてたわ毛じゃなくて本気で好きだったんだろ?それにさ、航平がそんなに本気で好きなった人なら本当のこと話したところで、航平のこと嫌いになったりするような人じゃないだろ。……ほら、そろそろチャイム鳴るから行くぞ」
それだけぶっきらぼうに言うと、大輝は先に階段を下りていってしまった。
背中を強く押されたわけじゃない。だけど、あいつの静かな言葉が、俺の胸の奥の臆病なブレーキを確かに緩めてくれた。
そうだ。結衣さんは、自分が美術部の顧問として悩んで今にも泣きそうな顔をしていたとき、拙い俺の言葉に何度も『ありがとう』って優しく笑ってくれた人だ。俺の泥臭いサッカーの話だって、自分のことみたいに真剣に聞いてくれた人だ。
お前が本気で好きになった人は、お前を嫌いになったりしない。
あいつの言葉が、胸の奥で静かに熱い火を灯していた。これ以上、大好きな結衣さんに最低な大嘘を突き通したまま、自分だけが恋人の幸せを貪るわけにはいかない。
***
――そして迎えた、金曜日。
大この言葉を胸に、俺は嘘の仮面を剥ぎ捨てる覚悟を決め、あのいつものバーのドアを押し開けた。
カラン、と繊細なガラスの鈴が鳴る。
しかし、カウンターのいつもの席に腰を下ろして、辛口のジンジャーエールを口に含んでも、夜の涼しい風と一緒にあの柑橘系の甘い香りが店内に流れてくることはなかった。
十分が経ち、三十分が過ぎ、一時間が丸々消えても、ドアの鈴は鳴らない。


