カランカラン、と勢いよく氷の音が、金曜日の居酒屋の喧騒に混ざって響く。
数ヶ月前、あんなに幸せな報告をした同じ席で、私は再び沙耶と机を挟んでいた。けれど、今日の私の手元にある烏龍茶のグラスは、ひどく冷たく、重かった。
「……沙耶。ちょっと変なこと相談してもいい?」
「何よ、改まって。経済学部くんと喧嘩でもした?」
私は冷たいグラスを両手で包み込み、視線を落としたまま、喉の奥に引っかかっていた違和感をぽつりぽつりと口にした。
「そうじゃなくて……航平くんのことではあるんだけど。彼、ときどき大学の話をしてるはずなのに、よくよく考えると辻褄が合わないことを、すごく普通に話すの。この前お茶した時は『月曜の一限は席が一番後ろの窓際だから、先生に隠れて買い食いするには絶好のポジションだ』って言ったり、古着屋でコートを勧めたら『まだ冬物の着用期間に入ってないから』って言ったり……」
「……席が窓際? 着用期間?」
沙耶はピタリとジョッキを置いた。その聡明な瞳が、何かを捉えるように細められる。
「大学の講義室って毎回座る場所なんて自由だし、アウターの着用を学校に指定される期間なんてないよね。それって……」
「うん。高校の、教室と校則の話だよね。……極めつけは、この前の電話。バタバタしてるって言うからどうしたのか聞いたら、『配られたプリントをルーズリーフに糊で綺麗に貼って明日の朝提出しなきゃいけない、忘れたら居残りさせられる』って、必死にやってて」
「大学の教授がプリントのスクラップ提出なんて求めるわけないじゃん。居残りってあんた……」
沙耶が絶句する。私は縋るような思いで、親友の目をまっすぐ見つめた。
「沙耶、どう思う……?私の考えすぎかな。流石に、違うよね?」
「結衣、あんた……それ、完全に現役高校生の習慣だよ」
沙耶の引き攣った声が、居酒屋のガヤガヤした雑音を一瞬で消し去った。
心臓が、冷たく、激しく脈打つ。
さらに脳裏をよぎるのは、うちの美術部にいる立花くんが、練習試合のハーフタイムに『他校のクソ真面目なサッカー部員に、先生の鼻を明かしてこいって言われた』と尖っていたあの言葉。航平くんも、サークルでサッカーをやっていて、ポジションはフォワードで、性格はひどく真面目だ。
(航平くんは…二十歳の大学生なんかじゃなくて、現役の高校生なんじゃないか――)
「流石に、違うでしょ。私、何馬鹿なこと考えてるんだろ」
私は自分を笑うようにして、小さく首を振った。だって、もしそれが本当なら、私は学校の先生で、彼は未成年の高校生で、絶対に許されない関係になっちゃう。そんな現実、受け入れられるはずがないもん。……何より、もしそうだとしても、私はもう、航平くんのことが……どうしようもないくらい、大好きなのだから。
***
沙耶と別れた後も、胸のざわつきは一向に収まらなかった。
数ヶ月前、あんなに幸せな報告をした同じ席で、私は再び沙耶と机を挟んでいた。けれど、今日の私の手元にある烏龍茶のグラスは、ひどく冷たく、重かった。
「……沙耶。ちょっと変なこと相談してもいい?」
「何よ、改まって。経済学部くんと喧嘩でもした?」
私は冷たいグラスを両手で包み込み、視線を落としたまま、喉の奥に引っかかっていた違和感をぽつりぽつりと口にした。
「そうじゃなくて……航平くんのことではあるんだけど。彼、ときどき大学の話をしてるはずなのに、よくよく考えると辻褄が合わないことを、すごく普通に話すの。この前お茶した時は『月曜の一限は席が一番後ろの窓際だから、先生に隠れて買い食いするには絶好のポジションだ』って言ったり、古着屋でコートを勧めたら『まだ冬物の着用期間に入ってないから』って言ったり……」
「……席が窓際? 着用期間?」
沙耶はピタリとジョッキを置いた。その聡明な瞳が、何かを捉えるように細められる。
「大学の講義室って毎回座る場所なんて自由だし、アウターの着用を学校に指定される期間なんてないよね。それって……」
「うん。高校の、教室と校則の話だよね。……極めつけは、この前の電話。バタバタしてるって言うからどうしたのか聞いたら、『配られたプリントをルーズリーフに糊で綺麗に貼って明日の朝提出しなきゃいけない、忘れたら居残りさせられる』って、必死にやってて」
「大学の教授がプリントのスクラップ提出なんて求めるわけないじゃん。居残りってあんた……」
沙耶が絶句する。私は縋るような思いで、親友の目をまっすぐ見つめた。
「沙耶、どう思う……?私の考えすぎかな。流石に、違うよね?」
「結衣、あんた……それ、完全に現役高校生の習慣だよ」
沙耶の引き攣った声が、居酒屋のガヤガヤした雑音を一瞬で消し去った。
心臓が、冷たく、激しく脈打つ。
さらに脳裏をよぎるのは、うちの美術部にいる立花くんが、練習試合のハーフタイムに『他校のクソ真面目なサッカー部員に、先生の鼻を明かしてこいって言われた』と尖っていたあの言葉。航平くんも、サークルでサッカーをやっていて、ポジションはフォワードで、性格はひどく真面目だ。
(航平くんは…二十歳の大学生なんかじゃなくて、現役の高校生なんじゃないか――)
「流石に、違うでしょ。私、何馬鹿なこと考えてるんだろ」
私は自分を笑うようにして、小さく首を振った。だって、もしそれが本当なら、私は学校の先生で、彼は未成年の高校生で、絶対に許されない関係になっちゃう。そんな現実、受け入れられるはずがないもん。……何より、もしそうだとしても、私はもう、航平くんのことが……どうしようもないくらい、大好きなのだから。
***
沙耶と別れた後も、胸のざわつきは一向に収まらなかった。


