放課後のジントニック、美術室の魔法

結衣さんは、自分の知らない『大学生の航平くん』のことを、大切な親友に嬉しそうに話してくれたんだ。もしその嘘がバレたら、彼女にどれほど惨めな思いをさせてしまうだろう。俺はネイビーのカーディガンの袖をぎゅっと握りしめ、必死に『大学生の頼りがいのある微笑み』を貼り付けて言葉を返した。
「ううん、全然怒ってないですよ。むしろ、結衣さんが俺のことを友達に話してくれたの、すごく嬉しいです」
「本当……? よかった」
結衣さんは本当にホッとしたように、パッと花が咲いたような笑顔を浮かべた。その無邪気な信頼の光が、今の俺には眩しすぎて、直視するのが苦しかった。
それから、人混みの中で、結衣さんのほうから「……航平くん、手、繋いでもいい?」と、少し上目遣いで袖を引いてくる。細くて柔らかい彼女の指先が、俺の手のひらに滑り込んでくるたび、俺はあまりの気恥ずかしさと愛おしさで、耳の裏を赤く染めた。繋いだ手を嬉しそうに少し揺らしながら歩く結衣さんの横顔は、本当に眩しかった。
季節は九月から十月、そして十一月へと移り変わり、少し厚手のウールコートが必要な季節になっていた。
そんな、付き合って二ヶ月ほどが経ったある土曜日の放課後。部活の居残り練習を終え、夕暮れのベンチで大輝と二人で給水ボトルを傾けていた時のことだった。
「航平さ、最近本当に金曜と土曜日、お洒落して消えるよな」
大輝がボトルの水を喉に流し込み、グラウンドの端を眺めながら、ぽつりと呟いた。その横顔には、いつものからかうような笑みはなく、どこか苦々しい、複雑な色が混ざっている。
「……悪い。でも、本当に必死なんだよ」
「分かってるよ。お前がその先生にガチなのは。でもな、残された側の気持ちも、少しは考えてやれよ。毎週毎週、あいつがどんな顔して俺のところに来るか、お前知らねえだろ」
大輝のその言葉に、俺はボトルを握ったまま、ハッと動きを止めた。
あいつ……夏海のことだ。夏海は大輝のことが好きだから、大輝と二人きりになると緊張して喋れなくなるし、三人での大切な日常が壊れそうで寂しいと言っていた。だから、俺がいないマックで焦っていたのだと、部室の裏の自販機前で赤くなって白状してくれた。
だけど、今の大輝の言い方は、なんだか妙だった。まるで、俺が別の女の元へ行くせいで、夏海が傷ついていると言いたげな――。