放課後のジントニック、美術室の魔法

水族館での一件から数日後。水曜日の仕事帰りに待ち合わせた駅前の居酒屋で、席に着くなり沙耶が呆れたように私の顔を覗き込んできた。
「えっ……そんな顔、してた?」
「してた。あの『お堅い佐倉先生』の仮面が完全に剥がれ落ちてる。……さては、結果はどうだったのよ。あの経済学部くんとは」
沙耶がメニューを持ったまま、ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべる。突っ込まれた瞬間、私の顔は一気に熱くなった。冷たいおしぼりを両手で握りしめ、視線を泳がせる。
「……その、上手くいった、よ?」
「上手くいったって、付き合うことになったってこと?」
「……うん」
恥ずかしさのあまり、蚊の鳴くような声で頷くと、沙耶は「マジで!?」と本気で目を見開いた。
「やるじゃん!上手くいったってことは自分から言ったってこと?」
「……言った。水族館の帰りに、その……他の人に取られたくない、って、全部」
「へぇー!あの結衣がそこまでストレートに!で、経済学部くんはなんて?」
「……『俺も好きです』って、手繋いでくれて…」
そこまで答えるのが精一杯だった。私はこれ以上話すことができず、運ばれた烏龍茶のグラスに慌てて口をつけた。
あの薄暗いスロープでの、私の必死の告白を受け止めてくれた、彼の真っ直ぐな瞳。私の震える手をそっと包み込んでくれた、少し硬くて温かい手のひらの感触。思い出すだけで胸の奥がキュンと甘く疼いて、これ以上はとてもじゃないけれど言葉にして沙耶にのろけるなんて無理だった。
「何よそれ、完全に当てられちゃった。まぁ、あの完璧主義でお堅いあんたがそこまで顔真っ赤にしてるんだから、相当いい雰囲気だったんでしょうね」
沙耶は満足そうに笑い、届いたジョッキを私のグラスにカチンと勢いよくぶつけた。
「何はともあれ、おめでとう。お姉さんの本気の恋、応援してあげる!」
「……ありがとう」
親友に祝福され、胸の奥の幸福感がじわりと広がっていく。
年の差も、お互いの立場も、最初はあんなに不安だったのに。彼が私を選んでくれたという事実が、今の私に、何も怖くないと思わせてくれるほどの勇気を与えてくれていた。

***

そこから始まった恋人としての日常は、ただただ目をくらむような嬉しさと幸せで満たされていた。
毎晩のように繰り返される、深夜の通話やメール。