放課後のジントニック、美術室の魔法

「こうして、いつものバーで、いつもの席に座っているのに。昨日までとは、全然違うお店みたいに見える」
「……そうですね。俺も、さっきからグラスを落としそうなくらい緊張してます」
俺の本音に、結衣さんはパッと花が咲いたような笑顔を浮かべた。その無邪気な信頼の光が、今の俺には眩しすぎて、そして胸を刺すように痛かった。
その夜の帰り道。駅前のロータリーへと続く、少し薄暗い並木道の下。
週末の帰宅を急ぐサラリーマンたちが行き交う人混みの中で、結衣さんがふと歩調を緩め、俺の斜め下から上目遣いに覗き込んできた。
「航平くん。……手、繋いでもいい?」
「え……あ、はい。喜んで」
俺が差し出した大きな手のひらに、結衣さんの細くて柔らかい指先が、すんなりと滑り込んでくる。ぎゅっと、恋人らしく指を絡め合わされるたび、俺の耳の裏は火が出そうなほど熱くなった。
「航平くんの手、冷たい。あんなに大人っぽいこと言うのに、やっぱり緊張してたんだ」
「……そりゃあ、大好きな人と手を繋いで歩いてるわけですから。これでも必死に平静を装ってます」
大学生のフリをして口にしたその言葉は、俺の十七歳の本気そのものだった。
結衣さんは一瞬だけ不意を突かれたように目を丸くして、それからじわじわと顔を真っ赤に染め上げた。
「……航平くんって、本当にずるいよね。そういうことさらっと言うんだから」
繋いだ手を嬉しそうに少しだけ揺らしながら、一歩一歩、俺の歩調に合わせて歩いてくれる結衣さん。
その眩しい横顔を見つめながら、俺の胸の奥には、天に昇るような幸福感と、底なしの底へと沈んでいくような罪悪感が、同時にドロリと渦巻いていた。
この柔らかい手の温もりは、本物だ。だけど、この手を握っている俺は、全部、嘘のメッキで塗り固められた偽物なんだ――。
駅の改札前で別れる時、結衣さんはいつまでも名残惜しそうに俺の手を握り直し、「じゃあね、航平くん。また、金曜日ね」と何度も振り返りながら人混みへと消えていった。ポケットの中のコインロッカーの鍵が、俺の歩みをどこまでも重く引きずっていた。

***

「ちょっと結衣、何そのわかりやすくニヤニヤした顔。まだお店入って一杯目も頼んでないんだけど?」