放課後のジントニック、美術室の魔法

「歳の差も、立場の違いも、航平くんの大学の周りにはもっと明るくて楽しい子がたくさんいることも、全部わかってる。お酒の席で知り合って、いつも仕事の愚痴ばかり聞いてくれる航平くんに、こんなこと言っちゃダメだって、何度も自分にブレーキをかけようとしたよ。でもね……嫌なの。他の誰かに、航平くんを取られたくない。私を何度も救ってくれたその優しい声を、私に向く真っ直ぐな瞳を、誰にも渡したくないの」
結衣さんの声が、かすかに震えていた。薄暗いスロープの静寂の中で、大人の女性としての遠慮やプライドを全てかなぐり捨てた彼女の言葉が、俺の胸にダイレクトに飛び込んでくる。
「航平くん……私、あなたのことが好きなの。ただの相談相手じゃなくて、一人の男の子として、大好きなの。……私と、お付き合い……してくれませんか……?」
心臓が、鼓動の打ち方を忘れたかのように、完全に動きを止めた。
俺が男を見せて告白するなんて大それたこともできずに立ち尽くしていたこの帰り道で、結衣さんの方から、今にも泣きそうな顔をして自分に思いをぶつけてくれている。
「……っ」
歓喜の波がドッと押し寄せ、頭が真っ白になる。他の誰にも取られたくないと焦っていた俺の胸に、彼女の純粋な「好き」という言葉が、この上ない幸福として満たされていく。
だけど、高校生としての俺の理性が、その瞬間に冷や水を浴びせてきた。
(俺はこの人に、本当の自分を何一つ明かしていない…ただの十七歳なんだ――)
天に昇るような嬉しさのすぐ裏側で、ドロリとした戸惑いが首をもたげる。本当の自分を何一つ明かしていない、嘘の身分のまま、こんなにも真っ直ぐな彼女の想いを受け取ってしまっていいのだろうか。俺の脳細胞が一周んだけ躊躇し、言葉が喉に引っかかる。
そんな俺のほんの小さな『間』を結衣さんは別の意味に捉えたのだろう。彼女の瞳に、サッと絶望の色がよぎった。
「…ごめん。困らせるつもりなかあったの…急にこんなこと言って――」
「違います!」
大学生の航平のトーンを維持する余裕なんて、もうどこにもなかった。ここで手を伸ばさなければ、一生後悔する。嘘の重たさに潰されそうになりながらも、俺の全細胞が、目の前の大好きな人を求めて叫んでいた。