放課後のジントニック、美術室の魔法

もしあの時、結衣さんが店内に一歩踏み込んで俺の顔を覗き込んでいたら、俺の正体は完全に終わっていた。そう思うと、いまさら背筋に冷たいものが走る。
だけど、嘘をつき通せた安堵なんて、一瞬でどこかへ吹き飛んでしまった。
それよりもずっと強烈な衝撃が、胸の奥を激しく殴りつけてくる。
結衣さんは、あのガラスの向こうで立ち尽くしながら、俺が自分の知らない女の子と仲良くしているのを見て、あの瞬間から今日までずっと、一人で勝手に傷ついて、嫉妬して、苦しんでいたのだ。
「大学生の藤代航平」が、別の若い女の子の隣で笑っていると思って。
俺のついた最低の嘘一つに、こんなにも分かりやすく救われている。
(嫉妬してくれていた…ということなのだろうか…)
その考えが脳裏をよぎった瞬間、心臓が今度は嬉しさで爆発しそうなほどのビートを刻み始めた。
嘘をついて申し訳ないという罪悪感を、好きな人が自分を求めてくれていたのかもしれないという剥き出しの喜びが、容赦なく塗りつぶしていく。
嬉しい。真面目な理性がどれだけブレーキを踏もうとしても、現役高校生としての俺の全細胞が、カウンターの下で思いきりガッツポーズをキメたいくらいに歓喜している。大人の女性であるはずの結衣さんが、自分という存在にそこまで激しく感情を振り回されているという事実が、狂おしいほど愛おしかった。
俺はジンジャーエールのグラスをコースターに戻し、少しだけ声を低くした。必死にニヤけそうになる口元を抑え込み、大学生のフリをした、でも、十七歳の俺の精一杯の意地悪と本気を混ぜ込んで、彼女の顔を覗き込む。
「もしかして。俺が他の女の子とお出かけでもしてると思って……嫉妬、してくれてたんですか?」
「えっ……!?」
突き放すような俺の言葉に、結衣さんは目を見開いた。
自分がとんでもない本音を漏らしていたことに今更気づいたように、みるみるうちに耳の裏から、白い首筋までを真っ真っ赤に染め上げていく。
「な、違くて…。その…………ああもう!しました!ちょっぴりやきもち妬いちゃいました!」
慌ててジントニックを口に運ぶ彼女が、今の俺にはたまらなく愛おしくて、最高に可愛く思えた。